Episode5-C 勇者、故郷に…… ※残酷注意!

 醜い容貌。

 それゆえに”彼”は生まれ故郷の者たちより、迫害を受け続けていた。

 誰一人として彼を名前で呼ぶ者はなく……というよりも、彼を「ガマガエル」と呼び続けていた村の者たちは、彼の名前すら、とうの昔に忘れていた。


 民度が低いにも程がある村の最底辺にいた彼が”勇者”となって帰郷しても、すでに構築済の村のヒエラルキーは何一つ変わることはない。

 村に到着するなり、彼は村の男たちによって多額の報奨金のみならず、国王から授けられた勇者の勲章も取り上げられた挙句、荒んだ酒場に連れていかれ、野次とともに酒を”頭から”たっぷりと浴びせられた。

 全身びしょ濡れとなった彼に、男たちの下卑た笑い声が鞭ののごとく次々に彼を打擲する。


「ガマガエル、お前さあ、なんでこの村に帰ってきたワケ?」

「なんだかんだ言って、俺たちと”仲良く過ごしていた懐かしき日々”が忘れられなかったっていうオチかよ」

「でも、ガマガエルがまさか勇者になっちまうとは、俺たちにとっては驚天動地レベルのビックリっつうか(笑)」

「お前のことはガマガエルじゃなくて”金庫様”って呼ぶことにするか。”金庫様、金庫の鍵はいつでも開けといてくださいよ。俺たちのために(笑)”」

「どうせ、お前は自分の子供を持つことはないんだろうし、俺たちの子供にしっかり投資してくれ(笑)」

「せっかく勇者になったってのに、お前のその面相じゃあ、近寄ってくる女なんて誰一人としていねえだろ。いったい、前世でどれだけの悪業を積んだら、お前みたいに容姿の美点が皆無なほど醜く生まれちまうんだろうなあ」


 散々に彼をこき下ろした男たちのけたたましい笑い声が酒場に響く。

 同じ酒場にいる女たちはその虐めの波に積極的に乗っかることはなかったも、口元に憫笑を浮かべていた。


 彼に直接の罵詈雑言を浴びせ、暴力までをも奮う者たちの性別は、男が圧倒的多数であった。

 そして、彼と同年代もしくは少しばかり上の年代の男たちの”それ”はより凄まじかった。

 彼一人だけを標的にすることで連帯感を高めているのか、それとも彼を虐げることで自身の優越感をも高め、支配欲と嗜虐欲を満たしているかは分からないも……



「ガマガエル、お前が勇者様……いや、金庫様になった”鍵”を教えてくれよ」

「なんか”ズル”しやがったんだろ? 例えば、”人外の何か”と契約とかさあ」

「そうじゃなきゃ、チビで碌に喧嘩もできない鈍臭えお前が魔王を倒せるわけねえもんな」

「意外なことに、魔王が弱過ぎたんじゃね?」

「じゃあ、”こいつ”より明らかに強い俺たちこそが勇者になれていたかもしれねえぞ」

「ガマガエルのくせに、俺たちの”手柄”をかっさらいやがったっつうワケか!」


 一人の男が声を荒げ、彼のびしょ濡れの頭を小突いた。

 うつむいたままの彼は何も言い返すことはない。

 いや、言い返す代わりに、彼はその口元を歪めていた。

 泣いているのではない。

 彼は”笑っていた”。


 ククッと低い声を漏らした彼が、口を開く。


「……君たちの疑問に一つ一つ答えてあげるよ。魔王はそれなりに手強かったさ。その決して弱くはない魔王を”飲み込む”のに、ぼくは確かに”ズル”をした。昔からぼくに馴染みの深い”人外のもの”の力を借りた……いや、その”人外のもの”に願って、ぼくは力を授けてもらったんだ。でも、それは悪いことじゃあないだろ。結果として魔王を倒せたんだ。こういった場合は手段はどうであれ、結果が全てなんだから……それに、ぼくにとっては、魔王は単なる踏み台でしかなかった。ぼくと面識はなかった魔王などよりも、遥かに憎い者たちに……”怨み骨髄に徹するほどに憎い者たち”に思い知らせてやるためのね。なぜ、ぼくがこの村に帰ってきたのかなんてこと、聞かなくても分かるだろう? 昔から何もしていないぼくを家畜用の鞭で面白半分に追い立てたり、干からびたカエルの死骸を無理やり食べさせたりしていた君らは特にね」


 ”静まり返った酒場内”に、突然に振り出した雨が屋根と地面を打擲する激しい音が響いた。

 そう遠くはないところで轟き出した雷までもが、その響きに重なりあう。


 男の一人が彼の胸倉をガッと掴み上げた。


「調子に乗ってんじゃねえぞ! 勇者だろうが何だろうが、お前はこの村じゃ、ガマガエルなんだよ!! ガマガエルでしかないんだっての!!!」


「……そうだ、君の言う通り、ぼくはガマガエルだ。真実、”ぼくはガマガエルになれるんだよ”。村を出たぼくは、カエルの精霊の元に向かった。君たちも知っての通り、カエルは昔からぼくに”馴染みの深い”生き物だったからね。ぼくはカエルたちの話を聞くことができたんだ。気分屋で性格の悪いカエルの精霊は、”面白い騒ぎが起こりそうなら”依頼者の三つの願いを叶えてくれるってこともね。ぼくはカエルの精霊に願った。一つ目の願いは、ぼくを巨大なガマガエルに自由自在に変身できるようにしてくれ、だ。それゆえに、ぼくは魔王も魔王の配下たちも、ニュッと長い舌で巻き付けてゴクンと丸呑みできたというわけさ」


 彼の言葉を聞いた男は、彼の胸倉からパッと手を離してしまった。

 まさか、こいつ……こいつが今、言ったことが単なるハッタリじゃないとしたなら……巨大ガマガエルに変身して、俺たちをゴクンと丸呑みにする気なのか?!


 けれども、数秒後、悲鳴があがったのは当の男たちからではなく、女たちからだった。

 さらに、女たちがあげたその”潰れたような悲鳴”は人間のものではなかった。

 カエルの鳴き声だ。

 酒場内にいた女たちは皆、カエルに――可愛いと言えないこともないアマガエルなどではなく、背中に幾つものイボイボのあるカエルや毒々しく禍々しい色合いのカエルにそれぞれ、その姿を変えられていた。


「二つ目の願いはこれだよ……故郷の村の女たちを皆、”醜悪なカエル”に変えることのできる力も授けてくれ、とね。そう、この酒場にいた女たちだけじゃない。君たちの奥さんも、娘さんも……お祖母さんやお母さん、お姉さんや妹さん……今頃、皆、カエルになっているさ。カエルは蛇やゴキブリほど嫌われてはいないだろうけど、”醜悪なカエル”に変えられた女たちは、これから一体どうなるのかな?」


 男たちは酒場から逃げ出した。

 ゲロゲロゲロッッ! ゲコゲコゲコッッ! と必死で助けを懇願する”元・女たち”に目もくれることなく、雨の降りしきる外へと飛び出していった。


 だが、雨に打たれた男たちの体もみるみるうちにカエルに変わっていった。

 しかし、同じカエルに変えられたにしても、女たちとは決定的な違いがあった。

 体の大きさは人間のままに、男たちはカエルになってしまったのだ。


 そのうえ、男たちの生白い腹はみるみるうちにプクーッと膨らんでいく。

 今にも破裂せんばかりな腹をした”元・男たち”は仰向けとなって、濡れた地面でのたうち回った。

 雨が”太鼓のばち”のことく、膨れた腹を打つ。



「とうとう最後の願いについて話すことができるね。ぼくは、故郷の男たちも皆、カエルに変えることができる力を授けてくれ、とカエルの精霊に願ったんだ。でも、君たちは女たちと違って、単にカエルに変わるんじゃない。”尻から空気を入れられて、今にも破裂寸前なカエル”に変わったんだ。いつまで持つだろうね? …………君たちにぼくの残酷な復讐を責める資格なんて微塵もないさ。それに、カエルの尻に空気を入れて破裂させるなんて、ぼくへの虐めや暴力と並行して、”昔の君たち”がよくやっていた遊びじゃないか」



 勇者、故郷にカエル。

 カエルの村に故郷を変える。



――fin――

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