Episode4-C 戻らぬ息子 ※容姿ネタ注意!

 俺は勇者になる。


 そう言った息子は、魔王の城へと向かった。

 そして、あの子は戻ってこない。


 おそらくもう、魔王に殺されちまっているだろうね。

 どれだけ惨たらしい殺され方をしたんだろうか。

 何より魔王を倒すことができず、あの子はどれだけ悔しかったことだろうか。

 

 たとえ骨の一かけらしか残っていなくとも、私はあの子をこの手に取り戻したい。

 あの子を褒めてやりたい。抱きしめてやりたい。

「あんたはよくやったよ。結果はどうであろうと、あんたは勇者だ。私の自慢の息子だ。だから安らかに眠りな」と。


 なんと、あの子の姉にあたる4人の娘たちも、私と同じことを考えていたんだ。

 私があの子を産んだのは結構な年になってからだったし、亭主は亭主であの子が生まれて間もなく死んじまったから、当時10代だった4人の娘たちと私とであの子を育てたようなもんさ。

 だから娘たちにとって、あの子は弟でもあり息子のようでもあるのだろう。


 

「お母さん、私たち皆で魔王の城へと行きましょう」

「ダメだよ。あんたたちまで魔王の城に行かせるわけにはいかないよ」

「私たちだってお母さん1人で恐ろしい魔王の城へと行かせるわけにはいかないわ」

「でも、あんたたちだって怖いだろう?」

「ええ、とても怖いわ。けれども、私たちは皆、家族ですもの」



 こうして私は4人の娘たちとともに、魔王に息子の骨だけでも返してもらいに行くことを決めたんだ。

 不思議なことに、私たち女が魔王の城に行くことを止める町の者は、誰一人としていなかったさ。

 それどころか、町の皆は私たちを激励してくれたよ。

 確かに私も含め4人の娘たちは皆、身長6フィート以上(約183cm以上)で、正直、客観的に見てもそんじょそこらの男よりも体格が良いさ。

 だけど、誰か一人ぐらい心配してくれる者がいてくれてもいいだろうに。



 私たちは、女5人で魔王の城へと向かった。

 そこで私たちが目にした”真実”は、私たちの陰惨な想像とは何もかも違ったものだったんだ。


 あの子は……息子は生きていたよ。

 かろうじて生かされていた、というわけじゃない。

 全くの無傷のうえに健康そのもの、ストレス皆無、”あらゆる意味で”精力旺盛といった状態だった。


 悪趣味なオブジェが幾つも飾られている魔王の城のパーティールーム。

 そこにて、息子はだらしない大股開きでソファーに身を沈めていた。

 酒に酔って酔って酔いまくったのは明らかな顔。

 いや、あの子が酔っているのは酒だけじゃないのは明らかだった。


 女だ。

 顔は綺麗ではあるも、その腕や脚どころか、両乳首や脚の付け根付近まで――つまり限界の限界まで肌を露出しまくった”アバズレ女”たちが、あの子の周りに10人近く侍っていたんだから。

 女たちの中には、背中にコウモリの羽みたいなのを生やした女や、明らかにこの国の者ではないらしい肌の色と顔立ちをした女もいた。

 なんと、その異国の女は、とても小さな赤ん坊を抱いたまま酒の匂いが充満したパーティールームでケラケラ笑っている。まったく、なんて母親なんだい。



 酒と女という快楽の海にどっぷりと浸かっている当の息子は、私や娘たちに気付きもせず、両サイドの女の剥き出しの肩に腕を回した。


「魔王の城の4姉妹がこれほどにセクシーな美人揃いだったとはね。うちの姉さんたちとはまさに月とスッポン(笑) 俺は死んだ父さんに似て、ちょっと可愛い顔しているらしいけど、うちの姉さんたちは見事に全員とも母さん似だし(笑)」


「うーん、サキュバスちゃんのおっぱいは本当に素晴らしいね。まさに至高の芸術品だ。”今夜も”ベッドの中で思う存分に、その”神おっぱい”をパフパフしたいなあ」


「もちろんウブメちゃん(漢字で書くと”姑獲鳥”。我が日本の妖怪)だって素敵だよ。異国の女っていうのもいいモンだね。それに赤ん坊を抱いた女ならではの色気には痺れちゃうよ」


「あ、他の皆も拗ねないで。嬌艶なる4姉妹やサキュバスちゃん、ウブメちゃんだけじゃなくて、俺は君たち全員を愛しているんだから。ここは魔王の城っていうよりも、まさに”この世のエデン”だね。俺は可愛い君たちのためなら、何だって出来るよ。もし、この魔王の城に攻めこんでくる者がいたとしても、俺が君たちを守ってあげる。だって、俺は君たちの勇者なんだから!」



 パーティールームに響き渡った息子の得意げな声とアバズレ女たちの拍手と歓声。

 私はもう、腹立つやら情けないやら恥ずかしいやらで、顔だけでなく全身がカアアッと熱く火照ってきた。私の側にいた娘たちだって、同様だっただろう。


 その時だった。

 後ろにヌーンという気配を私は感じたんだ。

 どんよりと暗く湿っぽいも、”ただならぬ者であるのは明らかな気配”を。


 しかし、その気配の主はしょぼくれた中年男だった。

 死人みたいに青白い顔色のうえに、体だって鶏ガラみたいにやせ細っていた。

 男の背丈は私の肩ぐらいの位置にあり、その頭髪は極めつけというべきか白髪でまだらになっていたよ。


「彼のご家族の方ですか? 私、この城の主の魔王です」


 え!? この男が魔王!?

 魔王の使用人ではなくて、魔王本人!?


「あの……申し訳ないんですが、早いところご子息を連れて帰ってくれませんか? 剣を手にいきなり城に飛び込んできたかと思えば、すっかり娘たちと意気投合してしまって……娘たちは”珍しい者”やパーティーが大好きで、世界各国より友人たちを呼びよせて夜通し騒いでいるんです。しかも、そのパーティーの後片づけは全て私なんですけどね。家内が生きていたら、娘たちにきつく言えたに違いありませんが、もう私の手には負えないものでして……」


 生活感と疲労感、そして無力感をも滲ませている魔王は重い溜息を吐く。


「ご子息を連れて帰ってくれさえすれば、私は何もいたしません。というよりも……私は確かに魔王ではありますものの、名ばかりのもので、人間たちにこれといった悪さをしたことなど皆無であったと思うのですが……」


 確かにそうだ。

 ただ”魔王というだけ”で、私たちは魔王に恐怖を抱き、敵対視し倒すべき悪の存在と見なしていた。

 だが言われてみれば、この覇気のない魔王が行ったであろう具体的な悪行はゼロに等しい。


 妻はすでに亡く、我儘放題の4人娘と傍若無人な娘の友人一同に、我が物であるはずの城を蹂躙されてしまった魔王の姿を見ているだけで、気の毒でたまらなくなったよ。

 骨と皮になってしまった魔王を私の家へと連れて行き、栄養のあるものをいっぱい食べさせてやりたいぐらいさ。



「……息子がとんだご迷惑をおかけしたようで申し訳ございませんでした。すぐに連れて帰ります」


 私と娘たちは魔王に頭を下げて詫びたよ。

 そして、私たちはあの子に――酒で顔を赤く染め、女で鼻の下をニョニョニョニョーンと伸ばしたままのあの子にズンズンと近づいて行った。


 息子はやっと私たちに気づいたようだった。

 そうだよ、バカ息子。あんたは勇者じゃなくて、単なる愚者だ。


「……かっ、母さん!!! それに姉さんたちまで!!!」


 硬直したバカ息子は、みるみるうちに青ざめていった。

 周りのチャラチャラしたアバズレ女たち――魔王の4人の娘を初めとし、サキュバスやらウブメとやらは、私たちを見てキョトンとした。

 かと思えば、一斉にブブッと噴き出し、私たちを指差してキャハハハと甲高い声で笑い出したんだ。


「うっそぉ、あの人たちがあなたが”世にも凄まじい”って言っていたお母さんとお姉さんたちなのぉ?」

「”うちのお父さんの後妻”にあんなのが来たら、私たち4姉妹も絶対にぐれちゃうわよ(笑)」

「あの体型で女なんだ。へええ(笑)」

「絶対に女装した男でしょ? それに全員、同じ顔とか相当に笑えるんだけど(笑)」

「ほんと、人間にもいろんな女がいるのねえ。ある意味、私たち悪魔や妖怪なんかよりも、畏怖の念を感じさせてるし(笑)」



 ちょっとばかし綺麗だからって人の容姿を笑いものに――しかも指差して笑いものにするなんて、なんて失礼な女たちなんだろう。

 躾がなっていないにも程があるね。

 まあ、バカ息子をきちんと躾けられていなかった私が言えることじゃないけど。


 私と娘たちの睨みを一気に受けたアバズレ女どもは、ビクッと竦みあがった。

 ふん、口ほどにもない。


「さあ、早く家に帰るよ」


 バカ息子は青い顔のまま、コクコクと頷いた。

 もう酔いはとっくにさめているだろう。



――fin――

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