第82話 初任務 9
「貴様達はここで何をしている!」
そう叫ぶ声と共に、書庫へ入って来たのは、衛兵から報告を受けた、アイヒマンとそれより遥かに階級の高そうな初老の軍人だった。
フリッツは、帝国式敬礼を初老の軍人からアイヒマン中佐に向けた。
マイトランドもそれに習い、帝国式敬礼を向ける。
「貴様ら、自分のしたことが分っているのか?そもそも誰の許可を得てここにいる!」
アイヒマンがそう言うと、フリッツは敬礼の手を降ろし、大きな声で反論した。
「はっ、アイヒマン中佐には申し上げにくいのですが、小官に思うところがあり、ビスマルク家の権限を使い、この少年をここへ連れて参りました。」
アイヒマンは顎に手を置き、少し考える様な素振りを見せると、小さく息を吸い込むと口を開いた。
「ほーん。それで?何を思ったと言うのだ?言ってみろ。」
「はっ!この少年、マイトランド・ラッセルがアウジエット、イドリアナ、カルドナいずれかのスパイであるという可能性です。」
マイトランドはフリッツの発言に、驚き目を見開くと、フリッツに向ける。
アイヒマンは、そのマイトランドの反応を見るや、その言葉に確証を得ると、フリッツの見解を求めた。
「ほう、それは興味深い。鑑識眼のある貴官であればこそだな。で?事実はどうであったのだ?」
アイヒマンは初老の軍人の顔色を伺うようにそう言と、マイトランドに向かい歩み出す。
フリッツはマイトランドに一度目線を落とすと、”もうだめだ”と観念し、目線を床に向けるマイトランドを余所に、歩くアイヒマンに正対しながら、自身の見解を話した。
「小官の見解では、このマイトランドは帝国臣民に間違いありません。」
「ん?どういうことだ?」
「先ずは、この机の上にある本を見て頂きたいと思います。これは書庫に入るなり、このマイトランドが手に取った全ての本です。」
そう言ってビスマルクが机の上を指差すと、そこには兵法、兵站の本が積まれており、その周りに散らばるのは、新式ドルトン銃解体新書やら戦術、戦略についての本であった。
アイヒマンはその本を眺めると、本を手に取り、それを叩くとこう言った。
「これのどこがスパイではないと?どれも我ら帝国の機密文章ではないか。」
「そうではありません。スパイであれば、先に手を伸ばすのは我ら帝国軍の編成、陣容、装備などでしょう?小官はそれを、居眠りをするフリをして見ていました。」
「結果は?」
「見ての通りです。新式銃の資料は見ていましたが、それくらいでしょう。」
「新式銃!?スパイとしか言いようがないではないか。」
「新式銃の資料から目を通せばそうでしょう。この者は兵法書から目を通しました。どの国にもある様な一般的な兵法書です。スパイではないでしょう。」
ビスマルクはそう言って、マイトランドが最初に本棚から取り出した兵法書に手をかけると、それまで沈黙していた、初老の軍人が口を開く。
「アイヒマン中佐、もう良い。」
「閣下・・・。ですが・・・。」
まだ納得がいっていない様子で、初老の軍人に詰め寄るアイヒマンに、初老の軍人がため息混じりで続ける。
「もう良いと言っておるのだ。ビスマルク家は書庫を開ける権限を持っておるし、鑑識眼を持つビスマルク家の嫡子がスパイでないと言うのだ、これ以上どこを疑うのだ。好きにさせると良い。」
「はっ。ガーランド閣下がそう仰るのでしたら、閣下の仰せのままに。」
アイヒマンはガーランドの言葉にしぶしぶ納得すると、マイトランドとフリッツを睨みつけた。
ガーランドは、その視線を遮るようにフリッツに歩み寄ると、2人だけに聞こえる様な小さな声で耳打ちをした。
「父君には幾度となく世話になった。思うままにやってみよ。」
そう言い残すと、アイヒマンを連れ、書庫を後にした。
残されたマイトランドは、まだ緊張した様子のフリッツに尋ねる。
「あの、なんで帝国臣民でないと僕には言っていたのに、あの2人には帝国臣民だと言ったんですか?」
フリッツは少しの間笑うと、マイトランドに向き答える。
「マイトランド、いずれこの貸しは必ず返してもらうさ。で?実際はどこの国の人間なんだい?」
マイトランドは額の汗を拭い、これ以上身分を偽るのは非礼になると、決意を固め再度フリッツに尋ねた。
「フリッツさんは、初めから僕が帝国臣民ではないと思っていたんですか?」
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