第30話:奴隷商の息子は食事を疑う
奴隷たちの体力作りを始めて一ヶ月。
今では敷地を走る姿も様になって来ていた。
以前は歩くだけのエルフたちも、早歩き、あるいはジョギング程度まで体力がついて来ている。
またスクワットも、百回できるようになっていた。
街の鍛冶屋に作らせた鉄アレイは、軽い物からマリレーネ用の五キロの物まで揃えた。
鉄アレイでトレーニングを続けた甲斐があり、エルフたちも小さな桶なら、何とか一人で運べるくらいになっていた。筋肉は裏切らないからね。
俺は、彼女たちの汗を流す姿と、時々見えるパンチラにご満悦だった。
ただ、筋肉の付き方がいまいち遅いことが気になっていた。タンパク質をあまり取っていないのだ。
俺もこの世界に来て三ヶ月近くになるが、肉を食っていない。
ほぼ毎日、野菜と豆、ジャガイモなどの穀物ばかりだ。最近は肉が食べたい、魚が食べたいというと街で買って来てくれるが、鳥の肉だったりする。
動物の肉、とくに牛肉が食べたくて仕方がなかった。もしかしたら、奴隷たちも昆虫のごとく野菜ばかり食べてるのではないだろうか?
「アルノルト! いるか、アルノルト!」
俺は、大声で執事を呼ぶ。この館の執事アルノルトは元の世界の俺の年齢と同じくらいの青年だ。見た目が痩せ型の長身で神経質そうな顔をしている。奴隷から俺の親父が引き立てて執事となったそうだ。
俺も、この男は有能だと思っている。他の使用人のデルトは力自慢で力仕事に長けていたし、コラウスは庭師でいつも美しい庭の整備をしてくれている。
有能な男たちは、言われたことを忠実にこなす。
「お呼びでしょうか!」
「ああ、ちょっと気になることがあるんだが……」
「な、なんでしょうか?」
また何を言い出すやらとビビっているアルノルトに、俺は奴隷の食事が見たいと告げた。
いったいどんなものを食わせているのだろうと……きっと、昔の俺が奴隷なんかその辺の草でも食わせておけと言って、そのまま粗末な食事を続けさせている気がするのだ。
「食事ですか? なぜでしょう?」
「それはだな。奴隷たちが毎日筋トレしているのに、筋肉の付き方が遅い気がするんだ。少しは引き締まって来ているようだが、あまり変わっていない者もいる。きっと、食い物が良くないと思うのだ」
アルノルトは、かしこまりましたと言うと、夕飯の準備ができたときにお呼びしますと一礼して立ち去る。
俺はそれを引き止めて念押ししておいた。
「くれぐれも、俺が見るからと今日だけ豪華な食事を出すなんてことはするなよ。いつもの料理を見せてくれ」
「はい、かしこまりました」
俺がまだ日本にいた頃、バイト先の事務所である日、社長が視察に来るからと朝から大掃除させられたことがある。社長はこういうのが嫌いなのだと、ドロワーの上にある書類を片付けたり、壁に貼ったポスターも古いものは剥がしたりしていた。
社長が来るから片付けるのではなく、社員のためにいつも綺麗にするべきだろうと俺は思ったものだが、バイト風情が意見してもしょうがないと、その時は素直に従っていた。
だから、今回奴隷たちの食事が見たいと言ったら、わざわざ普段のメニューを出さない可能性があった。誰だって、怒られたくないのだから、仕方ない。
その夜、俺たちの食事の後に奴隷たちの食事の時間ということで、俺は別館へとアルノルトと一緒に向かった。
アルノルトやデルト、コラウスが元々住んでいた別館は、今は奴隷たちの食堂兼休憩所になっている。
入り口のドアは開け放たれたままのため、近づくだけで中の様子が音でわかった。楽しそうに、笑い声までしている。
つい数ヶ月前までは、死にそうな目で床に這いつくばっていたのに、いまでは合宿所の女子スポーツ選手のような様相だ。
「ニート様が視察に参られたっ!」
アルノルトが、入り口に立って大きな声を出すもんだから、みんなが慌てて床に正座し始める。
「いいからいいから。そのまま椅子に座っててくれ。食事の邪魔をして悪いな」
俺は努めてにこやかに言ったが、なぜかアーヴィアの表情は引きつっていた。
また何か勘違いしてません?
「ニート様、どうされたのですか?」
パオリーアが笑顔で俺の前まで進みでるとぺこりと頭を下げた。犬人族で金髪の長身モデル体型のお姉さんは、近頃やたらに色気が出てきていた。あまりにも近いので、俺の方が一歩下がる。
なぜ、ぐいぐい来るんだパオリーア。
「ああ、食事風景が見たくてな。パオリーアも、気にせずに食事を取ってくれ」
「はい……あっ、もしよかったらご一緒に!」
バッとみんなの視線がこちらを向く。やはり歓迎されていない。なに、このアウェー感は。
「俺はもう食ったからいい。では、パオリーアの食事を見せてもらおうか。みんなも、気にせずにいつも通りに食事を続けてくれ」
そう言うと……誰も動かない。まぁ、そうなるよな。立場的に、俺がいたら食事なんて喉に通らないもんな。
「ニート様。本当に食べてもいいのですか? ウチすっごいお腹が空いてるんで、食べたくて食べたくて」
「ああ、どうぞ食事にしてくれ」
「いいの? 怒ったりしない?」
いや、怒るわけないだろう。俺は、フッと鼻で笑ってしまったがマリレーネがさっさと食事を口に運び始めると、次々とみんなが食事を始めた。
「パオリーア。食事は十分に足りているのか?」
「はい。いつもは、このサラダと芋を蒸した物を食べています。今日は、このスープが付いていますが……」
アルノルトが、バツが悪そうに慌ててパオリーアを止めようとしたが、もう聞いちゃったもんね!
「アルノルト……俺、言いましたよね。いつも通りにしろって……言いましたよね?」
「あああわわっ……申し訳ございません。実は、本日はスープが余るほど作ってあったので、奴隷たちにも振る舞いました。勝手なことをして申し訳ありませんでした」
俺はパオリーアに、もう一度聞いた。
「多めに作った料理が、お前たちの食事に出ることって多いのか?」
「いいえ。今日が初めてです」
首を
パオリーアの頭を撫でてやる。頬を紅潮させて喜ぶパオリーアとは対照的に、アルノルトは石化したように固まっている。
「アルノルトは、後で鞭打ち百回だ。後で俺の部屋に下半身裸で来い!」
「わあああ、申し訳ございません。お許しください、お許しください」
膝にしがみついて許しをこうアルノルトを見て、笑いが出る。いつぞやの鞭打ちコントのようだ。
この光景を見た奴隷たちも、青い顔で下を向いていた。
「みんな気にしなくてもいい。お前たちを叱ったわけじゃない。お前たちは何も悪くない。悪いのは、この男!」
俺が、指差すとヒェッ!と床にひっくり返って慌てるアルノルト。いい反応だ。リアクション芸人になれるぞ。
その後、もちろん鞭打ちの刑はしなかったが、アルノルトに卵か肉類を出すように指示をした。
牛乳も街の農家で買えるようだが、日持ちがしないため普段は買うことはないらしい。大豆が採れるのであれば、大豆もサラダと一緒に出すように指示した。
野菜と穀物、そしてタンパク源があれば少しは改善されるだろう。筋肉も育ってくれるだろうし。
「恐れながらニート様。肉は鶏肉くらいしか街では手に入りません」
「え、そうなの? 動物の肉は?」
「動物と申しますと……犬や猫などでしょうか?」
んなわけあるかっ!と怒鳴り付けようと思ったが、そこは大人の対応。優しく言った。
「牛や豚だ。もしかして……いないの?」
「おりますけれど、牛は乳を取るために育てているので、肉を売る者は見かけません。それに豚という動物はちょっとわかりませんが」
豚はこの世界にはいないの? 豚みたいな人ならいっぱい街にいたけど、豚は確かに見てないなぁ。
その後、アルノルトに牛一頭を買うことはできるかと聞くと、買えると言うことで買ってもらうことにした。
「動物を解体して肉を取り分けることができる職人も、用意してくれるかな? お前たちにはできんだろ?」
「はい。わかりました」
一礼して下がるアルノルトと一緒に食堂を出た。
あまり長居しては迷惑だろう。
ゆっくり食べて大きくなれよ。
おっぱい……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます