第68話 聖女
村の広場に出て、南入口に向かう。
お、おお。馬車がこちらに向かって来ているな。手綱を握るのは、リザードマンで間違いない。
まだ顔がハッキリと見えないから、ベルンハルトかどうかまでは分からないけどあの背格好は彼のものと見ていい。
て、馬がカッポカッポしているというのに馬車から少女が飛び出してきた。
見事に地面に着地した彼女はもう待ちきれないといった様子で、馬車を追い抜きものすごいスピードでこちらまで駆けてくる。
左右に結んだ銀色の髪がぴょこぴょこ揺れ、スラリとした足が一歩地面を踏みしめるたびに、空を飛んでいるかのように彼女の体を前に動かす。
「ソウシさまあああ」
「うおっと」
少女――フェリシアは走る勢いそのままに腰にタックルしてきた。
「シア、は、はやかったな」
「一刻も早く戻るため、頑張ったんです! 褒めてください」
褒める時は、頭をナデナデするんだったな。
よおっし、いいぞおとばかりにニクにやるように彼女の頭を撫でる。
我ながら雑な撫で方だったけど、彼女は満足そうに「うーん」と頬をスリスリしていきた。
「フェリシア」
地の底から響くモニカの声。
ゴゴゴゴゴって効果音がつきそうな感じの……。
「ソウシ兄さまに久しぶりにお会いしたんですもの」
「それほど日が経っていませんよね」
俺から離れぬままつーんと口を尖らせるフェリシアに対し、モニカが腰に両手をやり頬をひくつかせる。
このままバチバチとやられたら叶わん。
やんわりとフェリシアを体から離し、不満そうに頬を膨らませる彼女に問いかけた。
「アリシアを連れて来たのか?」
「はい! 馬車に
「とんでもなく早くないか? 一旦王都まで戻ったんだよな」
「いえ、聖女パワーとベルンハルトの剛腕でごにょごにょと……ですわ」
「そ、そっか」
詳しく聞かない方が良さそうな気がしてきたぞ。
綺麗なままの俺でいたい。なあんて。
「アリシア様を馬車の中に放置して出て来るなんて、フェリシア」
「大丈夫だもん。ベルンハルトがいるんだから」
「確かに。ベルンハルト様がいらっしゃれば、でしたらフェリシアは特に必要ないのでは?」
「そ、そんなことないもん! シアがいないとダメなんだから! 純粋な魔力だって練習したの」
「そうですか。それならよいのです」
言い争うモニカとフェリシアだったが、本気で怒っているのではない。
彼女らなりの親しみの表現なんだろう。うんうん、微笑ましいぞ。お父さん、ほんわかする。
目を細めて眺めている間にも、二人が顔を至近距離になり「いーっ」とにらみ合っていた。
そこで、フェリシアが突然鼻をひくひくさせ、モニカの胸の上辺りに鼻を寄せる。
「どうしました?」
「臭う……」
「な……ちゃんとソウシ様からウォッシャーをかけて頂いております!」
「違うの。ソウシ様のかおりがどことなく」
「そ、そんなことありません」
プイっと踵を返したモニカは表情にこそ出さないが、指先が不自然な形のまま固まっていた。
「適当に言ってみただけですの。でも、その態度。ソウシ兄さまと」
「いつも通りです!」
振り向かぬままちょうど到着した馬車へ歩を進めて行くモニカ。
「ベルンハルト。ありがとう」
馬車を停車させたベルンハルトに向け右手をあげる。
彼は少しだけ首を下にやり手綱から手を離す。
「静かに暮らしておられるところ、騒がしくしてしまいましたな」
「いやいや。賑やかなのは嫌いじゃないし。アリシアをこっそり連れてきてくれてありがとう」
「礼には及びません。神官長様も聖女様も望んでおられます。もちろん、私個人としても是非にと思っておりました故」
そう言ってヒラリと御者台から降りたベルンハルトは、馬車の入り口で待つモニカの横に立つ。
「広場まで移動するか?」
「わたしがここからお運びしてもよろしいでしょうか」
「分かった。なら、後から広場へ馬車を移動させる」
「ありがとうございます」
ベルンハルトが馬車の扉を開け、中に入ったモニカは純白のローブを着た少女を姫抱きして扉から出て来た。
ローブと同じ色のヴェールを被った少女の顔はここから窺い知ることはできない。ヴェールから零れ落ちた薄紫の髪からそれがアリシアだと分かる。
異世界の人たちは髪色が様々だけど、薄紫の髪色をした人間をこれまで俺は見たことが無い。
モニカの情報によると、薄紫はとても珍しいのだそうだ。聖女という役割において、あの髪色も彼女の神秘性を高めることに一役買っていたのだろう。
「ソウシ様。このままお屋敷までお連れします」
「うん」
俺の前まで来たモニカがアリシアを抱いたまま会釈をした。
モニカが目の前に来たことで、彼女の抱くアリシアの顔がつぶさに観察できる。
眠るアリシアを見て以来、もう三年の月日が経つが彼女の時は止まったままだ。あの日の姿のまま、彼女は眠り続けている。
長い睫毛、少し大きめの口、胸の前で組まれたほっそりとした指先……この全てが動くことが無い。
声を変える魔道具で、彼女の声だというものに俺の声を変えていたが、俺は彼女の声を聞いたことが無いんだ。
彼女の目の色も見たことが無い。
呼び出された当時は彼女と同じ歳だったけど、今はもう三つも年下になったんだなあ。
それにしても……。
アリシアの顔を覗き込もうとしたことが分かったのか、モニカがアリシアの首を少しあげて顔がよく見えるようにしてくれた。
……俺に似てるってのはちょっと違うんじゃないか。
俺はこんなにきめ細かで繊細な肌をしていないし、俺はもっとこうゴツイというか、睫毛だってこんなに長くないしなあ。
「お美しいですよね。アリシア様」
「美人というよりは可愛いと表現した方がいいかも」
「そうですね」
くすりと僅かに声を出して笑うモニカに対し、目で合図を送る。
「行ってまいります。ボアイノシシのベッドに寝かせてもよろしいでしょうか?」
「うん。そこしかなくて申し訳ないけど、無いよりはマシだよな」
歩くモニカを後ろから眺めつつ、フェリシアとベルンハルトに聞こえるよう声を出す。
「俺はコアラを捕獲してくる。馬車のことを任せてもいいかな?」
「馬車は私が責任を持って移動させます。
「シアはソウシお兄さまと一緒に行きます!」
ベルンハルトとフェリシアからすぐに返事がかえってきた。
◇◇◇
ユーカリの木の枝にでろーんとしたまま、すやすやと寝ていたコアラのそのまま掴み、屋敷に連行する。
戻るとボアイノシシのベッドにアリシアが寝かされていたが、モニカとベルンハルトの姿はない。
ベッドの上にコアラを乗せて激しく揺さぶったら、ようやく目を覚ましてくれた。
「起きたか」
「何だ? オレはまだ眠い」
「ほら、この前、時が止まっている女の子を連れて来るって言っただろ」
「知らん。オレは眠いのだ」
「だああ。待て待て」
「ユーカリ」
謎の言葉を残してそのままコテンと倒れてしまうコアラ。
再度起こしたが、眠気のためゆらりゆらりと船を漕ぐコアラに寝かせた方がいいと判断した。
コアラが起きてから、アリシアを診てもらうことにしよう。
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