第56話 念願のカレーを

 扉を開けると懐かしいスパイシーな香りが鼻孔をくすぐる。

 さっき二階の床をチェックしに来た時はこんなかぐわしい匂いは漂ってなかったんだけどなあ。

 もし、漂っていたらすぐに気が付くし!

 

「お帰りなさいませー」


 パタパタとやって来て、ペコリ―とお辞儀をするフェリシア。

 気分はもうすっかりウェイトレスなんだろうか。

 どっから持ってきたのか腰にヒラヒラしたエプロンを装着しているし。

 

「食事、ちっと待ってもらっていいかな」

「はい。温めておりますので問題ございません」


 キッチンの奥からモニカが声を返す。


「ベルンハルト。テーブルセットを運び込もう」

「ですな」


 ニカっと笑いあい、屋敷の外に置いてあるテーブルセットを取りに向かう。

 後ろからフェリシアもてくてくとついて来て、「手伝いますわ」と言ってくれた。

 

 ダイニングテーブル、椅子を四脚、バッチリと設置完了。

 モニカが大きな皿に入ったサラダをテーブル中央にコトリと置き、続いてフェリシアがカレーライスを運んで来る。

 

 全員が着席し、さあ手を合わせようかというところで……。

 ガサゴソ――。

 窓の方から音がした。


 雨が降っていないから雨戸は閉めていないので、大丈夫だろ。

 窓枠とレールの分、多少入り辛くはなっているだろうけど。

 

 予想通り、高さには何の問題もなく窓からニクのヒクヒクさせた鼻が見えた。

 ニクが顔を出したかと思うと、そのまま窓枠を超えべとんと床に落ちる。

 その時、床にころんとどんぐりが転がった。

 そう。ニクのほっぺはパンパンになっている。


「かわいいです!」

「否定しません」


 フェリシアがガタリと勢いよく椅子から腰を浮かせ、ニクの元へ駆けよる。

 一方でモニカは何故か得意気にふふんと鼻を鳴らす。


「抱っこしていいんですか?」

「うん。噛みつきはしないから安心してくれ」


 わああと床にしゃがみ込んだフェリシアがニクの首元に横から抱きつく。

 ニクは鼻をヒクヒクさせるだけで、特に嫌がる様子も見せなかった。

 いや、あいつ、頬っぺたがパンパンだから分かり辛いが、モグモグしてやがる。

 食べる方が優先ってのがコアラと同じだな……。

 そういや、ニクも出会ったきっかけはアーモンドを食べにきたからだっけ。

 

「あれなら、大麦は要らないかな」

「はい。いっぱい蓄えているようですし」


 モニカが自分の頬を指先でぷにっと掴み、首を僅かに傾ける。

 

 ひとしきりニクをナデナデしたフェリシアが席に戻ってきたところで、お楽しみのお食事タイムとなった。

 

「いただきまーす」


 ではさっそく。

 湯気を立てる琥珀色のカレーライスにスプーンを。

 もしゃ。

 もしゃもしゃ。

 

 お、おおお。

 まさにカレーライスだ。これだよこれ。

 すげえな、モニカ。スパイスから食べなれたカレーライスの味を再現するなんて。

 この世界のカレーライスは日本のカレーライスに味が近い。

 日本より辛めに調整することが多く、標準的なカレーライスで日本で言うところの市販カレールーの辛口くらいだと思う。

 とはいえ、市販のカレールーって辛口でもそれほど辛くないんだけどね。

 

 センザンウロコの肉もスパイスの効いたカレールーと合わさることで絶品になっている。

 この肉は淡泊な鳥のささ身のようだから、濃い味付けと合う。

 さすがの選択だぜ。

 タマネギは溶け込んで既に無く、ジャガイモはホクホク、ニンジンは多少の甘さが残りよいアクセントになっていた。

 

「おいしい!」


 この一言に限る。

 他に言葉はいらない。大満足の一品だ。

 

 ◇◇◇

 

 食後のコーヒーを楽しんでいるところで、ようやくコアラが顔を出す。

 ニクと同じで窓から。

 ニクはというと、フェリシアと一緒にボアイノシシのベッドの上で寛いでいる。

 尻尾をパタパタさせてすっかり彼女に懐いた様子だ。

 

「コアラ、何か飲むか?」

「ユーカリで」

「ユーカリを食べると、また喋らなくなるじゃないか」

「気のせいだ……もしゃ……」


 また食べ始めたよ。このコアラ。

 何のためにここに来たのか忘れていないか?

 

「ユーカリは後だ」

 

 手を伸ばし、口から出ているユーカリの葉を引っ張る。

 口を閉じ、取らせるものかとぐぐぐっと粘るコアラ。


「もしゃ……」


 結局その一枚はコアラに完食されてしまった。


「(ユーカリの葉を懐から)出すなよ。次のユーカリは話の後だ」

「分かった分かった。で、何が聞きたい?」

「シアが後でゆっくり話をしたいって言ってただろ」

「ほいほい。そこのお嬢さんか。りょーかい」

 

 てとてととボアイノシシのベッドの前まできたコアラは、そのままどーんとベッドに向けてダイブする。

 ぽふんとコアラを胸で受け止めたフェリシアがふわああっと満面の笑みを浮かべる。

 

「ひゃああ。どっちも、もふもふして幸せですわ」


 感激の声をあげるフェリシアには悪いが、暑そう……。

 このまま放っておくと、彼女の方も目的を忘れそうだ。

 

「シア、聞きたいことがあったんだろう?」

「そ、そうでしたわ! 変な生物さん、改めてお話があります」


 ぎゅーっとコアラを後ろから抱きしめ、頬をコアラの頭にこすり付けているフェリシアに改めても無いよなと思う。

 幸いコアラは特に気にした様子もなく、されるがままになっている。

 

聖女様アリシアがお眠りになったまま、目を覚まさないのです。叡智に富んだ変な生物さんなら何かお分かりになりませんか?」

「ん、ソウシから聞いた話とおんなじか? 時が止まってる上に呪いだか病だかにまでおかされているっていう」

「ソウシ兄さまもお尋ねになったのですね! やっぱりお兄様も」


 くわっと大きな目で見つめて来るフェリシアに曖昧な頷きを返す。

 彼女も同じことを考えていたのか。いろいろ知っている人なら、もしかしたらと思う気持ちは俺にも理解できる。

 

「ソウシにも説明した通りだが、時が止まっていることと、呪いだかのことは分けて考えなきゃならねえ」

「はい!」

「時を止めたのは推測だが、可能性が二つある」


 コアラは俺の時と同じように説明する。純粋な魔力でこじ開けた空間に囚われているかもしれないこと。

 もしくは、膨大な魔力の反動であるかもしれないってことを。

 

「純粋な魔力ですか……変な生物さんは習得されておられるのですか?」

「うん。ほら」


 コアラの肉球から細い針のような塊が浮いてくる。

 こらああ。

 危ないもんを気軽にポンポン出すんじゃない。

 純粋な魔力は揮発性の可燃物質みたいなもんだ。ちょっとした衝撃でぽーんとなる。


「そのまま維持していただけますか?」

「おう。いいぜ」


 フェリシアが目を細め、細い針のような純粋な魔力の塊を食い入るように見つめる。

 

「とても……複雑です……ですが、必ず習得して見せますわ」

「見たいだけ見るといい。病の方はてんで分からないからな」

「そうですの? 変な生物さんならヒントの一つくらい思い付くと思いますの」

「それは買い被り過ぎってもんだ。見てもない患者の状態が分かるわけねえだろ」

「見れば、お分かりになりますの?」

「まるで分からんか少しは分かるかは分かるな」

「承知したしました」


 純粋な魔力から目を離さぬまま、深く頷くフェリシアであった。

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