第49話 稲

「よし、畑に寄ってから屋敷に戻るするか」


 畑に行く途中にコアラの様子を見てみたら、まだぐっすりと寝ていた。

 枝から体が垂れてきていたけど、落ちないのかなあれ。コアラ界では普通のことかもしれないけどさ。

 なんだったか、日本にいた頃パンダがああいう感じで枝からでろーんとなっていた様子を見たことがあるかもしれない。

 もちろん写真で。

 

 これまで多くの野菜を育成してきただけに、野菜の種類は充実してきた。

 まだ全然食べきれていないから、同じものを作る必要はまだないんだよな。種を撒けばすぐに収穫できるから、ここまでストックしておく必要はなかった。

 だけどさ、畑に種を撒くのに一粒だけとか畑のイメージからやってなくて、ついつい大量に。

 保管もブリザベーションがあるから、野菜もずっと新鮮なままだからね。

 

 じゃあなんで、畑にと思うだろう。

 それはだな。

 じゃじゃーん。


「スパイスの種だー。ハーブもあるぞ」


 フレージュ村で購入してきた多数の種のうち、半分ほどはスパイスかハーブの種だったのだ。

 こいつを使って、カレールーを作る。

 すり鉢でごりごりとスパイスを潰して、ふふふ。

 もちろんカレールーだけを準備するなんて片手落ちだ。

 

「陸稲も撒くぞー」


 脱穀は小麦で使った杵と臼でなんとかなるだろ。

 ならなきゃ、風と水の精霊魔法でなんとかして、なんとしてでも脱穀して白米にする。

 

 想像するだけで口の中に涎が。

 いかんいかん。焦らず、まずは種をぱらぱらーっと畑に撒くのだ。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 きたきたああ。

 何の種か名前も分からないけど、スパイスとハーブがぐんぐんと育つぞ。

 あ、一つ分かるものがあった。

 

「唐辛子だよなこれ……」


 何で唐辛子が混じっているんだ。

 まあいい、これはこれで使えるさ。

 

 ◇◇◇

 

「遅くまでお疲れ様でした」


 屋敷に戻るなり、モニカが胸に手を当てお辞儀で迎えてくれた。

 いつもながら、メイドとしての心意義が彼女にそうさせるのだろう。

 

「ごめん、昼食には戻ろうと思ったんだけど、ついつい夢中で収穫しちゃってね」

「その袋一杯に詰め込んできたのですか?」

「うん。陸稲も一緒だけど」


 手に持った麻袋をひょいっと掲げる。

 といってもそれほど大きな麻袋じゃあないんだけど。学校のボストンバッグくらいかな。

 

「陸稲はお昼前に(種を)お持ちになっておりましたね。他にも何か育成されたのですか?」

「よくぞ聞いてくれた。ほら見てくれよ」


 麻袋を床に置いて、閉じた口を開く。

 

「陸稲……でしょうか」

「おっと」


 上から被せてしまったのか、運び方が悪かったのかちょうど陸稲しか袋の口から見えていないな。

 ささっと陸稲をよけて、目的のブツをモニカに見せる。

 

「スパイスとハーブですか。一息に育成されたんですね」

「うん。陸稲もセットで。カレーライスを作りたくてさ」

「承知いたしました。明日にでも準備いたしますね」

「俺も手伝いたい。一緒にスパイスをごりごりしようぜ」

「はい!」


 モニカにしては珍しく、微笑みを浮かべて元気よく返事をしてきた。

 袋の口を閉じ、肩に袋の口から伸びた紐を引っかけて階段の方を顎で示す。

 

「これ、置いてくるよ」

「お食事はどうされますか?」

「お昼の分がまだあるかな?」

「はい。ございます」

「じゃあ、それで」

「かしこまりました」


 お腹の真ん中あたりに両手を添え、会釈を行ったモニカが踵を返す。

 よっし、俺も二階へ行くとしよう。

 

 荷物部屋に行くと、雑然と置かれていた麻袋やらが整然と並び変えられていた。

 モニカがやってくれたんだなあ。こういう細やかなところ、俺は苦手としているから彼女のことを尊敬する。

 がさつで大雑把なんだよ、俺……。

 こんなんじゃ花嫁になれないと口を酸っぱくして言われ……いや、俺、よく考えてみなくても花嫁になることは無いからこのままでいいのか。

 どさりとその場で麻袋を降ろし、パンパンと手をはたいたところで階下から悲鳴のようなモニカの声が。

 

「コアラ様!」


 この叫び方はただ事じゃあない。

 急ぎ、階下へ滑りおりるように移動したら、コアラが窓枠の上によっこいせっとしていたところだった。

 それはいいのだが、コアラが頭の上にニクを乗せている。

 そこもまあ楽しく遊んだのかなと思えば、特に言う事はない。

 だけど、ニクの前脚と後ろ脚を紐で縛っていることで、モニカが叫んだというわけか。

 

「こら、コアラ。何してんだよ」

「ん、人間は肉食だろ?」


 何言ってんだお前って感じで鼻をふんとされても困る。


「ニクは食べないから」

「肉を食べないのか? 野菜のみなのか?」

「その肉じゃなくて、ニクってのはそのアンゴラネズミの名前だよ。家畜じゃなくてペットにしたんだよ、そいつ」

「そうだったのか。こいつ、お前がテイムしたのか?」

「俺はテイムなんてもんはできないけど、この家で飼っているんだよ」

「そうかそうか。それはすまなかった。ユーカリの葉をたくさん作ってくれたから、少しでも礼をと思って」


 コアラなりに考えあってのことだと分かったし、謝罪もしてくれたから良しとするか。

 窓枠から降り立つなり、コアラがニクを床に降ろして紐を解いてくれているし。

 足が自由になったニクは鼻をヒクヒクさせながら、俺の足元に頬をすりつけ……ない。

 俺のズボンを前歯で思いっきりガジガジしている。

 助けてやったのにその態度はねえだろ。ニク。

 

「ソウシ様にじゃれついているのですね」


 ところがモニカはこれをニクが甘えてきているというではないか。


「そうなの? 噛みついているようにしか思えないんだけど」

「うらやま……いえ、甘えているのです」


 コホンと咳をして、言いなおすモニカ。

 心なしか彼女の頬が赤いような……誤魔化したのが恥ずかしかったんだろうな。

 

「ちょうどいい。コアラに少し聞きたいことがあるんだ」

「ん、何でも聞いてくれ。ユーカリの礼はする」


 と言いつつ、懐からユーカリの葉を出してもしゃもしゃし始めるコアラである。

 毛皮の中にユーカリの葉を仕込んでくるとか、こいつのユーカリの葉に対する執着心は狂気さえ感じる。

 

「ソウシ様、夕食はどうされますか?」

「コアラと会話しながら食べようか。モニカも一緒に」

「かしこまりました」


 ペコリとお辞儀をしたモニカはキッチンへ向かう。

 俺もキッチンに行こう。

 

「コアラ、その辺でくつろいでいてくれ」

「もしゃ……」


 コアラが食べながら頷きを返す。

 キッチン横の麻袋から大麦を取り出そうとしたら、モニカから声をかけられる。

 

「ソウシ様、どんぐりを拾って参りましたので、そちらを。その隣の袋です」

「了解。毎日大麦だと飽きそうだものな」


 言ってから気が付いたが、ニクの奴、昼間はどんぐりを食べてんじゃあ……。

 ま、いいか。

 皿にどんぐりを乗せ床に置くと、すぐにニクがどんぐりを食べ始めた。

 気に入ったのか、お尻のふりふりもなかなかに激しい。

 

「お待たせ。何か飲むか?」

「……もしゃ」

 

 ボアイノシシのベッドの真ん中でユーカリをまだもしゃっているコアラに尋ねてみるが、奴は食べ続けている。


「何か喋れよ!」

「もしゃ……オレはユーカリの葉か水しか口にしない。コアラだからな」

「そ、そうか」


 折りたたみ机の前であぐらをかき、ふうと大きく息を吐く俺なのであった。

 

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