第44話 ユ……カ……

 5分ほど歩いたところで、急に視界が開ける。

 そこは丸い広場にようになっていて、円形のすぐ外側にはびっしりと木々が連なっていた。


「こいつは大きいな」

「はい。このような巨木、なかなか見られるものではありません」


 ほええと口を開いたまま見上げる俺。モニカは俺よりもう少しお上品に口元に手をあて大きく目を見開いている。

 広場の中央には周囲の木々と比して二倍近くの高さがある巨木がそそり立っていた。

 こいつは100メートルはあるな。地球産の木でも有数の巨木として知られるセコイアの木は、樹高80から100メートルくらいになるんだっけ。

 この木はセコイアの木と違い高さだけじゃあなく、横にも広い。

 だけど、この木……初夏に差し掛かろうというのに青々とした葉がなく、茶色い葉っぱがほんの僅か枝についている程度なんだ。

 分厚い幹もところどころにヒビが入り、この木に生命力が僅かしかないことを感じさせた。

 人間より遥かに長い期間ではあるが、木々にも寿命がある。

 この木はもう枯れ木になろうとしているのだろう。ここまで成長するのにどれだけの年月がかかったのか分からないけど、世とは無常なものなのだなあ。

 

『へるぷみー』


 変な鳥が別の言葉を喋った。

 クルクルと俺たちの前で回転した奴は、すとんとモニカの肩にとまる。

 

「この木がこいつに言葉を教えるとは思えないな」


 確かにこの巨木は放っておいたら遠くない日に完全に枯れ落ちてしまうだろう。

 だけど、植物は喋らない。


「ひょっとしたらドリアードが住んでいるのかもしれませんね」

「ドリアード?」

「木の妖精です。深い森の中に住んでいると聞きます」

「妖精か。こう小さくて背中から羽の生えた感じなのかな」

「わたしもお会いしたことはありませんので、何とも。ですが、妖精は人の言葉を解すと」


 ふむふむ。

 変な鳥を躾たのはドリアードかもしれないってことか。

 妖精が賢者ってのは、俺のイメージするファンタージ世界と少し違う。

 妖精ってこう自由奔放で天真爛漫なイメージがあるからさ。

 賢者と言われる妖精に会ってみたいことは変わりがない。俄然興味がわいてきたぞ!

 

「お前の主人はどこにいる?」

『へるぷみー』


 変な鳥に言葉は通じていないようだが、嘴は巨大な幹へと向いている。

 

 幹まで到達するものの、誰もいないな。

 妖精っ霞から突然姿を現したりるすものなのかなあ。

 

 なんて考えながら、木の幹をぐるりと回って――。

 

 何かいた。

 何かいるぞ。

 青みがかった灰色のもふもふした動物がピクリとも動かずうつ伏せに倒れ伏してた。

 手足は短く、体躯は人間の幼児くらい。毛皮も薄汚れとても弱っているように見える。

 この動物、どっかで見た事がある気がするんだよなあ。だけど、普通の動物なら大の字になって寝そべるなんてことはしない。

 無防備過ぎる。

 

「ユ……」


 うつ伏せのままうめくように灰色の動物が何かを呟いた。

 

「お、生きているのか。大丈夫か?」

「ユー……」


 とってもダメな気がする。

 こいつをこのまま放置していたら、すぐに動かぬ躯になりそうだ。

 灰色の動物を抱き起し、顔を前にくるようひっくり返した。

 

「コアラかよ!」


 大きな黒い鼻が特徴的な青みがかった灰色の毛皮を持つあのコアラそのものな見た目に思わず突っ込んでしまう。

 

「コアラとは? ドリアードではないのですか?」


 しゃがんでコアラを抱き上げる俺の後ろからモニカが覗き込んでくる。


「ドリアードって、こんな見た目なの?」

「いえ、わたしにはドリアードの見た目が分かりません」

「うーん。ドリアードでもコアラでもどっちでもいいが、こいつ、もう鼻も乾燥してヨレヨレになっているぞ」

「ソウシ様のヒールで何とかならないものでしょうか?」


 んー。

 こいつの症状を見る限り、怪我じゃあないんだよな。

 ヒールは外傷を癒すにいいが、病気だとどうしようもない。

 病気が治療できるなら、ニクをフレージュ村へ連れて行かずとも治療できていた。

 

「ユー……カ……リ」


 コアラがうめき声のように何かを喋る。

 

「このコアラ。喋ることができるのか」

「鳥に言葉を教えたのは、この方なのでしょうか」

「多分、それで間違いない」

『へるぷみー』


 俺の頭上をくるくる回り変な鳥が囀る。


「おい、コアラ。何を助けて欲しんだ」

「ユーカ……リ」

「ユーカリ? ユーカリが食べたいのか」

 

 ぶるぶる小刻みに震えながら、コアラが首を縦に振った。

 コアラの食べ物と言えばユーカリだ。

 だけど、そんな都合よくユーカリの木がこの辺にあるとも思え……いや、この枯れかけの木ってユーカリの木なんじゃ?

 こんな巨大なユーカリの木なんて聞いたこともないけど、コアラがここにいるってことはこの木がユーカリの木かもしれない。

 

「待っていろよ。コアラ。モニカ、こいつを頼む」

「承知いたしました」


 モニカにコアラを抱っこしてもらい、巨木の幹に手を当てる。

 種や苗木から育てたことは何度もあるが、枯れ木に花を咲かせた経験はない。

 うまく行けばいいが。

 

「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」


 膨大な癒しの魔力が巨木に注ぎ込まれて行く。

 や、やはり巨大に過ぎる。大海にコップ一杯の水を注いでも変化が見えないのと同じ感じか。


「ソウシ様。あれ」

「お、おお」


 枝先にちょこっとだけ、緑の葉っぱが復活しているじゃないか。

 急ぎ木に登り、ユーカリの葉を10枚ほどちぎってコアラの元に戻る。

 

「ほら、コアラ。食え」

「もしゃ……」


 もぐもぐとユーカリを咀嚼するコアラ。

 コアラは、10枚全てのユーカリの葉をすぐに食べきってしまう。

 でも、効果覿面だったようだ。

 コアラの目に光が灯り、自分から起き上がった。

 

「ユーカリ」

「お、言葉がハッキリしたな」

「ユーカリの木が限界を迎えてしまったんだ……お嬢さんがユーカリの葉を?」

「お嬢さんじゃあないんだけど、まあいい。ユーカリの葉を持ってきたのは俺だ」

「一つ、教えて欲しい。ユーカリの葉をどこから持ってきてくれたんだ? オレはユーカリが無いと生きていけないんだ」

「持ってきていない。そこに」


 顎でさきほど葉をつけた枝を示すと、コアラが勢いよく立ち上がり枝を凝視する。


「マ、マジかよ。あの木はもうダメだった。お姉さんが何かしたのか?」

「お姉さんでもお嬢さんでもないが、やったのは俺の聖魔法だ」

「お、おおおお。すげえ。すげえな。えっと、お姉さんでもお嬢さんでもないとするとお姫様か?」

「俺はソウシだ。いいか?」

「ソウシか。男みたいな名前だな。ソウシ。ユーカリの葉をありがとう。助けてもらって図々しくすまないが、一つ頼まれてくれないか」

「予想はつくけど。この巨木を復活させるのは無理だ。大きすぎる」


 枝とかほんの一部を一時的に復活させるだけなら可能だけど。

 俺の魔力を全て注ぎ込んでも、微々たるものだ。

 ヒールで良くなった箇所があったとしても、元がもうダメだからすぐに枯れてくるだろう。


「そ、そうか。多少でもいい。ユーカリの葉を復活させてくれないか? オレにできることなら礼は何だってする」

「別に礼なんて要らないさ。お前はユーカリの葉が無いと生きていけないんだろ。死活問題とありゃ、協力するさ」

「ソウシ、オマエ、そんなに人が良くて大丈夫か……」

「いいんだよ。別に俺は困らない」


 ワザとらしく肩を竦める俺であった。

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