第19話 懸念
サンドイッチに挟んだ肉は少し焦げていたけど塩コショウのおかげで万事問題なかった。
昼食後、モニカは屋敷の前で木材の乾燥作業に入る。
俺は畑だ。
彼女の気遣いで魔力は未だ全開。ちょっと間が空いてしまったけど、この機会にやれるだけやってしまおう。
最初にサツマイモの残りを掘り返し、畑のスペースを空ける。
これで現在畑で生育しているのはトマトとキュウリだけになる。
小麦? 小麦は根っこから刈り取って家の倉庫に置きっぱなしになっているんだよ。小麦は穂以外でも乾燥させたら藁として使う事ができるしさ。
刈り取っておけば乾燥させることができるだろ?
トマトとキュウリは4束ずつ植えただけだから、畑のスペースにそれほど影響がない。
一気に行くぞ。
キャベツ、レタス、大麦、茶、大豆、小豆、ゴボウ、ニンジン、玉ねぎ、カリフラワーを少量ずつ種を撒いていく。
これくらいの量なら、ジョウロで水をやって下準備完了だ。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
目を閉じ、祈りを捧げると撒いた種の全てが収穫可能なまでに成長する。
うむ。よかよか。
他にも育てておこうと思っていた野菜があったような気がするけど、まあいい。
あと二本、できれば三本の樹木を育成したいから、残りは後日としよう。
「モニカ、どこに木を植えよう?」
少し大きめの声を出して、風の精霊術で木材を乾燥させているモニカへ問いかける。
俺と彼女の距離は15メートルほどしか離れていないからな。
横柄をした俺とは異なり、モニカはその場から立ち上がり俺の方へやって来る。
「お見事です。もう畑ができたのですか。見事なレタス。瑞々しく美味しそうですね」
「魔力が残ってさえいればすぐだよ。モニカが魔力を温存させてくれたからな」
「恐縮です。そうですね。屋敷の裏手とかいかがでしょうか? もしくはアンズの木と並べますか?」
「並べて木同士の生育の邪魔になったら問題だよな。俺としては並んでいた方が便利だけど」
「なるべく安全を取られたほうがよろしいかと」
「だな、じゃあ裏手に行ってくる」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
モニカがお腹の真ん中あたりに両手を添え、会釈した。
送り出されているけど、同じ屋敷の玄関側とその反対側という超至近距離なんだけどね。
コショウの木から行ってみようか。
土に種を埋め、目を閉じる。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
七回目で見事なコショウの木となった。
ふう……樹木はやはり手強いな。
次はコーヒーだ!
疲労感を覚える前に聖魔法を連打するのがコツだ。休み休みやると一回やるたびに「もうゴールしていいかな」と邪な考えが浮かんでしまう。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
こちらは八回でヒールを打ち止めとした。既に実は成っていたんだけど、ある程度大きくなった方が収穫量も増えるし扱いやすいと思ってね。
よおっし。
あと一つはブドウを試してみようと思ったけど、蔓が伸びて行くみたいだし添え木とか準備したほうがいいのかどうかなど不安が残った。
だから、これにすることにしたんだ。
俺やモニカは食べないけどさ。
ここだと邪魔になりそうだし、別のところにしよう。
屋敷を挟んで畑と反対側にあるボロボロになった小さな飼育小屋の脇にどんぐりを埋める。
クヌギの木を切り倒した時に拝借したものだ。ハムスターならどんぐりとか大好物だろうと思ってさ。
勘違いしないで欲しいのだが、俺がわざわざニクのためにクヌギの木を育てようとしているわけじゃあない。
あいつに麻袋を破かれないようにするためだ。
「……まあいい……」
ぶんぶんと首を左右に振り、目を瞑る。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
六回目でさすがに疲れが……はあはあ。
え、ええい。まだ行ける。俺の魔力量を舐めるんじゃねえ。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
これで、十回だああ。
「ぜえはあ……」
足元がおぼつかなくなり、くらりとバランスを崩す。
ぽふん。
しかし柔らかな何かが俺の体を支えてくれた。
「モニカ、いつの間に」
「魔力切れです。ソウシ様のおっしゃるように無理はしませんでしたよ」
「そっか」
いつまでも支えてもらっているわけにはいかねえな。
足に力をふんぬと込め、体勢を立て直そうとするがモニカが自分の胸で俺の後頭部を支えたまま腕を伸ばす。
そのまま後ろから俺の体を抱きしめ、つ、強い。こ、こんな細い腕にどんだけ力があるんだ?
丸い木材を持ち上げることができなかったというのに……。
「ご無理をするなとわたしにおっしゃって、ご自身がご無理をされるとは……」
「ご、ごめん。ついさ」
「ニクのためを思ってのことだとは分かっております。ソウシ様はお優しい方ですので」
そいつは違う。ニクのためなんかじゃねえし!
つい意地になって丁度いいサイズになるまでやってしまっただけだからな。
「いや」
「ご無理をなさらないでください。ここにはソウシ様とわたししかいないのですよ。ソウシ様に万が一があっては」
「そうだな。ごめん。心配させて」
「リグリア王国に参られて以来、ソウシ様はずっとご無理をなさっておいでです。もうご無理をされずともいいのですよ」
「だな。ゆっくりとのんびりと暮らしていくつもりだよ」
「はい」
ようやくモニカが俺を開放してくれた。
一部不本意な勘違いがあったけど、モニカを不安にさせたことは事実だ。
自分で無理するなと言っておいてさすがにこれはないよな。
「それにしても大きく育ちましたね。クヌギの木」
「だろ? どんぐりもわんさかあるぞ」
青々とした葉が生い茂ったクヌギの木を二人で見上げる。
彼女のさりげない話題転換が嬉しかった。
「少し休んでから散歩でもしようか」
「はい。お供させていただきます」
「ゆっくりと歩こう」
その場で腰を降ろし、クヌギの幹に背を預ける。
モニカも俺の隣に腰かけ、落ちてきたどんぐりを一つ拾い上げた。
◇◇◇
夕焼け空の中、モニカと二人で打ち捨てられた誰も住んでいない住居の跡を巡る。
どれもこれもボロボロで視界を楽しませるものではないが、あることに気が付いた。
気のせいかもしれない。
「モニカ、家の様子で何かおかしいなと思ったことはなかったか?」
「一つ、気になることがございました。屋敷の整理が落ち着いた折にでもお話すべきと思っていたのですが」
「俺もなんだ。気のせいじゃないかとも思うんだけど」
「わたしもです。確信が持てませんでしたので、お話するか迷っておりました」
モニカの気づきと俺の気づきは異なるかもしれない。
だけど、二人そろって違和感を覚えたことが分かって、懸念が現実味を帯びてきた気がする。
「変なんだよ。木材の腐り具合がさ。屋敷の屋根は別として、他は特に魔法を使っている形跡はない」
「お屋敷の廊下と天井には魔法の形跡がございました。今は既に効果が切れておりますが」
「うん。屋敷の屋根と廊下には腐食から守る結界がかけれらていた」
「ソウシ様は既にお気づきになられていたのですね」
「二度目に屋敷に入った時、木製の廊下に一つたりとも穴が開いていなかったことが不思議でさ。だって、中にある家具があれだけ劣化しているんだぜ」
俺の言葉にモニカが静かに頷きを返す。
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