第一章・命がけのスカイダイビング
第1話 天空のダンスホール①
(※一週間前)
『最終結果を発表します!』
という司会者の声で、全国ディベート大会の決勝が執り行われている北金沢ホールはしんと静まり返った。
参加者はみな一様に唾を飲み込む。地元から金沢まではるばる応援に来た先生や生徒たちは固い表情で見守り、採点者たる来賓方は脳内でコメントを考えている。そして、我が子の勇姿を見守る親御さん方の中には、緊張のあまり泣き出している者もいた。
「鹿児島県が誇るスーパー弁論軍団、山手高校・ディベート部……94.6得点!」
山手高校は決勝で私たちが直接
「関東ブロックで優勝候補を次々と下し、金沢への切符を手に入れたダークホース、倉見高校のチーム・デカンショ……95.0得点。 東北ブロックで圧倒的成績を収めた矢賀高校の弁論部……97.5得点」
全国ブロックを勝ち抜いてきた四チーム。ついに、得点を告げられていないのは私たち――梨ヶ丘高校だけとなった。全員が息を呑み込む。
「富山が誇る名門、梨ヶ丘高校のチーム・ソフィストは97.9得点! ――おぉめでとうございます! 総合優勝は梨ヶ岡高校のチーム・ソフィストとなります‼」
その瞬間、頭の中に花火が飛び散った。予選を一緒に戦ってきたクレマンスや橙子が、シュウマイみたいな泣き顔で抱きついてきた。後日、YouTubeにアップされていた映像を確認したら、私の顔もシュウマイみたいにくちゃくちゃだった。
一年間の努力が実って、これまでの人生で一番誇らしいと感じられる瞬間だった。二度とここまで感情が動くことは無いだろうと確信するほど。
だから、こうして優勝トロフィーを貰った日のうちに、優勝の思い出も霞むほど壮大な物語が始まるなんて、夢にも思っていなかった。
このとき私はまだ予想だにしていなかったのだ。まさか自分が地上五百メートルの超高層ビルからスカイダイビングで少女を誘拐し、その少女とともにシベリア横断を目指すことになるなんて……いや、予想できるわけないわ!
私は
真っ当な両親から育てられて、至極真っ当に育ってきた。
いままで夏休みの宿題を友達から借りて書き写すより悪いことはしたことがないし、これからする予定もない。
もちろん、少女を誘拐なんてしないし、地上五〇〇メートルから飛び降りたりなんてするわけがない。いや、フリじゃないからね?
「白奈ぁぁーーー! 優勝おめでとーーーー!」
「うぁーりわとーーー‼(意:ありがとう)」
いまだ興奮冷めやまぬ観客席に走っていって、地元の富山から応援に駆けつけてきてくれた友達や両親と喜びを分かち合った。
いつも優しい子も、いつもは素直じゃない子も、口々にお祝いの言葉を掛けてくれた。駆けつけてきてくれた人の中には、今まで私とあまり交流のなかった子まで居て、インスタのフォロワーが十七人くらい増えた。
中には薄情にも「
全員と話し終わったころには三十分くらい経っていた。
「ねーねーみんな‼ 祝勝会に行こうよ‼ 優勝したら、うちのお母さんが
「こんなたくさん来るとは予想してなかったけど……」
お母さんは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……へそくりって何?」
お父さんが鋭く反応して、お母さんは気まずそうに口をすぼめる。
修羅場の予感を感じたみんなが、興味津々といった様子で両親を見ている。
この衆人環境で夫婦喧嘩するのはちょっと面白すぎるから、ぜひ続きは家でやってほしい。
「まあいいでしょう。来たい人は私の車に乗っていきなさい」
「やったーーー♪ じゃあ早速お店の予約しよっか! 何人来る〜?」
「あー、ごめんね白奈。このあとは用事があって」
友達の一人が言った。
「了解。忙しいのは仕方ないよ〜。またこんどね!」
「私も。実はまだ夏休みの宿題が終わってないの」
申し訳なさそうに呟いたのは律ちゃん。
「ちょっと、真面目すぎるでしょ‼ 始業式まであと一週間もあるじゃんか! 今日はしゃぶしゃぶでも食べてラストスパートに備えようよ~」
「しゃぶしゃぶ⁉」
お母さんが険しい顔をした。
無理もない。
奢るのなんて、せいぜいピザくらいだと思っていたのだろう。
でも、今日くらいわがまま言ってもいいでしょ?
「ごめんなさい。私も今日は都合つかなそうで……」
「私もかな。ごめんねー」
友達から口々に謝られ、気付いたらその場にいた全員に断られていた。
誰も祝勝会には参加しなさそうだった。
「え〜? いいの? しゃぶしゃぶだよ?」
「私はしゃぶしゃぶなんて言ってないよ!」
お母さんがすかさずつっこむ。
でも大丈夫。
だって、誰も来ないから……。
「そんなぁ……」
――こんなことってある?
ショックだ……。
私ってこんなに人望無かったっけ?
普通にちょっと落ち込んだ。
生まれてこのかた、友達に甘えまくってきた十七年。
私から友達を取ったら戸籍くらいしか残らないのだけど。
組木白奈。女性。六月生まれの十七歳。富山生まれの富山育ち。もちろん前科は無し――いまのところ。
「はぁー。残念。じゃあ、しゃぶしゃぶはクレマンスと橙子だけかー」
誰もついてきてくれないなら仕方がない……。
まあでも、私は一人になることはないからね。彼女たちがいるかぎり。
私は講壇のほうに走って行った。
地元のテレビカメラからインタビューを受け終わった親友を見つけたから、その肩に後ろから勢いよく飛びかかった。
「クッッレマンスぅぅぅー! 祝勝会しーましょっ♪ 」
声を掛けられた制服の女の子は、鬱陶しそうに私の腕を払いのけた。
色素の薄い髪を束ねたポニーテールの後ろ姿が振り向くと、卵型の顔の横でウェーブがかかったもみ上げが揺れた。
濃いまつ毛の下から覗く碧色の瞳は、まるでフクロウみたいに鋭い。
モデルみたいに頭身の高い体を、梨ヶ丘のクリーム色のブレザーが包む。長い脚はスカートではなく、同じくクリーム色のパンツを纏っている。平均的な体格に合わせてデザインされたスカートでは、丈が短くなりすぎて似合わないのだという。スタイルの神に微笑まれた人だけに許された贅沢極まりない悩みだ。
その見た目には自信を感じさせて、かわいいというよりは、カッコいい。男子より女子にモテそうな感じだ(実際、彼女は見た目の割りにモテない)。
彼女の名はクレマンス。この度優勝したディベート大会で私たちのチーム〈ソフィスト〉を引っ張ったエースにして、高校入学以来一年半もの付き合いになる私の親友だ。
「いこいこ」
「さっすが我が親友♪
「帰ったよ。疲れたって言って」
「ええええええ。橙子、本当に自分が優勝したってわかってるの? まさか、優勝発表を聞き逃してたんじゃ……」
「何言ってんの。一緒に喜んでたでしょ」
「確かに……。喜んだわ」
今後会うだろうからここでは詳しく説明しないが、彼女はなんというか生真面目で、とてもお堅いところがある。学校でも一番早く来て、一番早く帰る。帰りのホームルームが終わるとすぐに居なくなるから、橙子を放課後の遊びに誘うのは至難の業なのだ。
彼女は、いつものように先に帰ってしまったらしい。
さすがに、今日ばかりは違うと思っていた。優勝したのだから、喜びを分かち合うために私たちと一緒に居てくれると。
今日みたいなハレの日には、人間は浮かれて普段とは違う行動を取るはずなんだけど……。
「なんていうか、橙子だよね」
クレマンスが言った。
「うん。ブレないねー」
橙子はとても芯が強くて、ブレない軸を持っている。
その性格が災いしてぶつかり合うこともあったけど、今思えば橙子の頑固さがなかったら私たちは練習を怠けて優勝できなかっただろう。
「ねえ、白奈。二人で話したいことがあるんだけど、このあと暇?」
「なによ改まって〜。だから祝勝会がある……って、クレマンス以外誰も来ないんだったわ」
「二人でやればいいでしょ?」
「そーだね。二人でやろっか♪ どこにする? いつものとこ?」
「いつものとこって――サイ◯リヤはやだよ! もうちょっと
サイ◯リヤとは、たった三百円で本格イタリアンが食べれることが魅力な全国規模のチェーン店である。
知ってるか。
「ロ◯ホね〜。リブステーキ食べよ♪」
「サーロインじゃないのかよ」
「高いでしょ」
ワイワイ騒ぐ。
優勝した割に、なんとつつましいことだろう。
私たちらしくていいけど。
と、そんな風に話に夢中になっていたから、後ろから誰かが近づいてくることに気付かなかった。
「優勝おめでとう。梨ヶ丘高校のお二人さん」
低い女性の声。その声は、まるでスローモーションで喋ってるみたいに優雅に響いた。
声が聴こえたほうを振り返る。
そこにいたのは、優しく微笑む背の高い女性だった。
見た目は年齢不詳だが、話ぶりからして三十〜四十代くらいだろうか。白い手袋(グローブ)を嵌めた両手を軽く叩いている。
この人には見覚えがある。貴賓席に居た審査員で、大会が始まる前に自己紹介をしていた。なんだっけなぁ……。たしか夏目なんとかさんだった気が……
「夏目夏子と申します。お見知りおきください」
自ら名乗ってくれたおかげで、失礼な質問をする必要がなくなった。
ほっとする。
「はじめましてー♪ 組木白奈です!」
私が普段通りの軽いノリで返すと、クレマンスが私の腕を抓った。
痛い。何?
「は……初めまして。夏目先生に顔を覚えていただいけるなんて嬉しい限りです……!」
クレマンスはそう言って、まるで国王に謁見する平民のように深々とお辞儀をした。
ちょっと丁寧すぎると思う。
この人、王族か何かなの?
「特に最終戦で見せたシャスターさんの討論は現役の政治家も顔負けの演説でした」
「い……いえ。身に余るお言葉です」
大勢の前に立っても、普段とまったく変わらず話せるくらい肝が座っているクレマンスが、まるで借りてきた猫のように緊張している。
あら。かわいいとこあるじゃない。
「組木ちゃんも可愛かったわ」
「あ、ありがとうございま~す♪」
私にはとってつけたような褒め言葉をかけられて、複雑な気持ちになる。かわいさはディベート大会にあって一番要らないものだし。
ただ、それくらいしか褒め言葉が浮かばないのも頷ける。
たしかに、クレマンスと橙子が優秀すぎるせいで、三人組の中では一番役立ってなかったからね。
客観的に貢献度を評価すると、クレマンスが六割。燈子が四割。私が二パーセントというところだと思う。四捨五入したら消えてしまう貢献度。
「ええと、あともうひとりの子は?」
「帰っちゃったみたいです」
「あらそう。残念ねぇ。彼女もお誘いしようと思ったのだけど……。このあと時間あるかしら?」
「全然ありますよ~♪ 祝勝会に誘っても誰も来てくれないみたいなので」
「あはは。残念ね。でも、もしかするとラッキーかもしれないわよ?」
「どうしてですか?」
「今夜、〈トゥール・ドゥ・シエル〉の頂上でダンスパーティーがあるの。あなたたちも一緒に来る?」
「トゥ……トゥール・ドゥ・シエルの頂上⁉︎ あの、〈天空のダンスホール〉で、ですか⁉︎」
私が前のめりになって聞き返すと、クレマンスが耳元で抗議してきた。
「(ちょっと、白奈。私との祝勝会の約束は⁉)」
「(今度にしようよ! だって、こんな機会二度とないよ?)」
「(でも……)」
私は唇の前に人差し指を立てて、クレマンスの反駁を遮った。
この夏目さんとやらが言った〈トゥール・ドゥ・シエルの頂上〉というフレーズは聞き捨てならない。
トゥール・ドゥ・シエルとは金沢の新市街にある超高層ビルだ。
その高さは地上五三二メートルを数え、北陸の高層建築物ランキングでは二位を大きく引き離す圧倒的一位だ。歴史的景観を守るために高い建物が少ない金沢では余計に目立ち、原っぱに生えるバオバブみたいな存在感がある。トゥール・ドゥ・シエルを目印にすれば金沢で道に迷わないと言われているほどだ。
その最上層には、真っ赤な絨毯が敷かれた
その名も〈天空のダンスホール〉。
地上五百メートルに存在するその空間では、週に一度豪華なダンスパーティーが催され、芸能人や企業の重役といった面々が集まって社交ダンスを踊るといわれている。けれど、完全招待制であるためその実態は全く知られていない。
誰もが羨むような立地にありながら、観光客には一切開放されていないため、私たちのような一般ピーポーは決して入ることができない。
その名前は誰でも知っているのに、謎に包まれたダンスホール。北陸に住む女の子なら、誰しも一度はその天界のようなホールで踊りたいと願ったことがあるはずだ。
そこにいるクレマンスを除けば。
「でも、〈天空のダンスホール〉は完全招待制だから招待状が無いと入れないんですよね?」
「ええ。その招待状を頂いているから、私の付き添いとしてご一緒しないか誘っているのよ」
「そんな……。私たちでいいんですか⁉︎」
「いけないはずがないわ。今日ディベート大会で全国優勝を果たした子達なんて大歓迎されるわよ」
そういうものだろうか……。
「一生に一度の機会だと思うのだけど、迷惑だったしら」
この人が言うとおり、本当に一生に一度の機会だろう。っていうか、グイグイくるな。何か下心でもあるのだろうか。
それにしても……
「だんすぱーてぃー……」
なんて心躍るワードなのでしょう。思わず口に出してしまった。
「うんうん。ダンスパーティー。ダンスパーティーって、アレだよね。あの、トイレをお化粧室って呼ばなきゃいけないやつ。ワクワクする〜!」
「普段から呼べばいいじゃん。そのぐらい」
なぜかクレマンスのテンションはイマイチ上がっていないけど。
「行きます‼ 連れて行ってください‼︎」
ダンスパーティーに参加することには、冷蔵庫に入ってるお母さんのプリンを食べるときより迷いが無い。
「(――白奈。祝勝会はどうするんだよっ)」
「(あら。祝勝ダンスパーティーでございましょう?)」
「(調子に乗るな!)」
私の家のリビングルームより広いこのお部屋は、驚くべきことに、ただの
この場でそんな庶民的な計算を披露すれば鼻で笑われるだろうから黙っておくけど。
天空のダンスホールは、さっそくその凄まじい威容の一端を見せてきた。
本物のダンスパーティーに参加するのだから、普段着のままというわけにはいかない。それ相応の装いをしなければ白い目で見られるのだという。
そういうわけでたくさんのドレスが並ぶ衣裳室に連れてこられたわけだけれど、私とクレマンスはごく普通の高校生だから、イブニングドレスの着方もわからない。
というか、普通の高校生はわからない。
そんな私たちのために、着付師さんが一人ずつ付いてくれた。
ただの高校生に専属の着付師さんなんてやりすぎだと思うよね。
私だって成人式までは着付師さんのお世話になることなんてないと思ってたよ。
ドレスの腰をキュッと巻いてくれている着付師さんは、中年の女性。
見た目からは国籍が分からない。
試しに日本語で話しかけてみたら、理解してもらえなかった。返事は英語で返ってきた。
「Can you dance, madam?(ステップは踏めますか? マダム。)」
あらやだ。マダムなんて初めて呼ばれた。
気分はもうパリの社交界に出向くマダムである。
富山県の一般家庭出身だけどね。
「Of course!(もちろんですわ)」
もちろん、ダンスなんて踊れないけどね。
マダムなんて言われたから見栄を張っちゃったわ。てへ♪
「Brilliant. Have a fabulous time, madam(完璧ね。素敵な時間を。マダム)」
でも、少女漫画知識だけど、社交ダンスって殿方にエスコートをしてもらえればなんとかなるのでしょう?
「You’re beautiful!」
鏡に映る私が纏うのは、オフショルダーのAラインドレス。まるでアクアマリンのような水色が美しい。
着心地は、まるで空気を纏っているようだった。
きめの細かい生地は、雲のように柔らかい。
胸元には装飾として水色の宝石が散りばめられている。これはスーパーに売ってるプラスチック宝石なんかではなく、本物の緑柱石(アクアマリン)だろう。
これほど美しいドレスの価値は計り知れない。これほど立派なドレスが店頭に並べば、軽く車一台分くらいの値札がつくはずだ。
天空のダンスホールの
すべて、夏目さんの支払いだった。
彼女がどうしてここまで親身に助けてくれるのかは分からない。たぶん、資産に相当余裕があるのだろう。
着付けたあと、理容師さんは私にメイクを施し、髪の毛を結い上げてくれた。
「どんな風にしたい」と希望を訊いてくれたけれど、日本語が通じない上に、お互い英語がカタコトだったからおまかせすることにした。
理容師さんはコテやリボンを使って、テキパキとした手つきで頭を結い上げていく。
私の首から上は、まるでシンデレラの魔法にかけられたように変わっていった。
普段前髪で隠しているおでこは大胆に露出して、さっきまで適当に垂らしていた後ろ髪は、芸術品のごとく複雑に編まれていった。
熟練したメイク技術によって容貌がませて、二歳ほど大人の女性になったように見える。
あまりの変貌ぶりに、鏡に映っているのは私ではないと感じるほどだった。
あれっ、わたし意外とイケてるんじゃない? って勘違いするくらいには。
「うっわぁ~! 白奈かわいいじゃん!」
着付け個室のカーテンの中から、クレマンスがひょっこり顔を覗かせて言った。
クレマンスは素直になれない皮肉屋だから、こうやって素直に褒めてくれるのはわりと珍しい現象だったりする。
「ありがとう。私はいつもかわいいでしょ。クレマンスはどんな感じになった?」
「私のことはいいよ」
「見せてよ。気になるじゃんか!」
自分の着付けをされながらも、普段あまりフェミニンな服を好まないクレマンスがナイトドレスを着るとどれだけ破壊力があるのか楽しみだったのだ。見ないで帰るわけにはいかない。
「ほら、先に踊って来なよ。踊りたがってたでしょ」
クレマンスはそう言って、カーテンから亀のように出していた首を、ひょっこり引っ込めてしまった。
「どうしたの。恥じらうなんてらしくないじゃん。覗いちゃうよっ?」
まじでやめて! というクレマンスの悲鳴を無視して、私は個室のカーテンを開いた。
「あははははは、似合う似合う」
「馬鹿にしてるでしょ!」
クレマンスが纏うのは、背中がガバっとあいている大胆なイブニングドレスだった。
もともとスタイルのいい彼女は、大人びたドレスがアカデミー賞の花道に登壇しても違和感のないくらいフィットしていた。
薄藤色の布の隙間から見える肌は、小麦色に日焼けしている。
――ここまでは何の面白みもない綺麗な女性(クレマンス)だったのだけど……。注目すべきはその背中だった。
肩甲骨の肌に、ひときわ目立つ一筋の白いラインが入っていた。青春の勲章――日焼け跡だ。
間違いなく、このあいだ海水浴へ行ったとき水着紐の跡が残ったものだろう。
「あははは、そのまま出たら会場の注目をかっさらえるよ」
「そんで追い出されるよっ」
私は、お腹が捩れるくらい笑った。
クレマンスのドレスを選んだ着付師さんも、一瞬だけ噴き出してしまったが、すぐに真顔に戻った。プロフェッショナルだ。クレマンスはそれに目敏く気が付いて、着付師さんを恨めしそうにキッと睨みつける。着付師さんはモナリザのように見事な澄まし顔で応じた。
「ここで待っててあげるから、最高に似合うのに着替えてきなよ」
「ドレスなんてなんでもいいよ。……背中が見えなければ」
ディベート大会で自信げに演説していた姿が嘘のように弱音を漏らすクレマンスは、早速帰りたそうにしていた。
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