Subsection A05「討伐完了」

「死神……? 女神だと……?」

 老婆は絶句していた。恐れ慄き、ジリジリと後ろに下がっていく。

 ユリハは片手で、開いた黒革の手帳に視線を落とした。

「山姥カーレル・ハース……。アドラス山を根城に迷い込んだ人間を食らう悪しき妖魔──」

 カーレル・ハース──その名で呼ばれた老婆の顔が引き攣った。それがこの老婆──カーレルの本名であったからである。

「何故、貴様がそれを知っている!?」

 驚きの声を上げるカーレルの問いには答えず、ユリハは尚も手帳に視線を落としたまま言葉を続けた。

「被害に合ったのは、テッド・マーシュリー五十六歳。カレン・ケリー三十四歳。トミー・ハンクス二十二歳……」

 ユリハが名前を読み上げていくと、途端にカーレルの顔が青褪めていく。汗がダラダラと額から流れていた。

「貴様、それを何処で調べてきた!?」

 カーレルには本当に、それらの人物に心当たりがあるらしい。睨みを利かせながらユリハに向かって唾を飛ばしている。

 しかし、相変わらずユリハは耳を傾ける気がないらしい。それらの名前を告げた後、ユリハは手帳をパタンと閉じて息を吐いた。

「……以上。二十六名の人間の生命を奪った罪により、刑を執行します。冥王様からの許可は得ているので、貴方を冥界へと誘います」

「ぐ、ぐぉおぉおおおっ!」

 半狂乱に陥った山姥が咆哮を上げ、ユリハに飛び掛かった。包丁の鋭い刃を、ユリハに向けて勢いのまま振り下ろす。

 ユリハは山姥の腕を掴んでそれを止めた。胴体に蹴りを入れると老婆は後ろに吹っ飛び、背中を壁に打ち付けた。

 山姥が怯んだ隙にユリハは手を掲げ、手帳を再び黒色の炎へと戻す。

 そしてその炎に手を入れると、中から何やら棒状のものを引き出した。

 炎の中から生み出されたのは、大きな刃を持つ死神の鎌へであった──。


 暗がりの中──。興奮状態にあった老婆は、一瞬の隙にユリハが武装したことにも気付いていないようであった。

 包丁を逆手に持ち、再度無策にもユリハに向かって突っ込んで行った。

「きぇええええっ!」

「残念ね……」

 ユリハは老婆からの攻撃を、横に避けて躱す。

「その太刀は通らないわ」

 ユリハが呟いたのと同時に、山姥の胴体から首がポロリと落ちた。

「なん、だと……」

 一瞬の出来事に、山姥も目を丸くしている。当人も気付かぬ内に、いつの間にかその首が切り落とされていた。

「安心して。きちんとあの世に送り届けてあげるから」

 ユリハは羽織っていたマントを翻す。

 そして、脱いだマントに山姥の生首を丁寧に包むと、縁をしっかりと結んだ 。

 ──ドサッ!

 時間差で、生命を失った山姥の体が床に崩れ落ちた──。

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