Me Scold Goddess~メッスコードゴッデス~

霜月ふたご

Chapter 01「旅のはじまり」

Section 01「単独の旅」

Subsection A01「山小屋の山姥」

 夜──。

 険しい山道を一人の少女が歩いていた。

 頭にフードを被り、全身を真っ黒なマントに身を包んだその少女の風貌は、まるで周囲の闇と同化しているようだった。

 それ程に辺りは暗く、民家の明かりもなければ外灯もない。唯一の光源といえば月明かりだけである。足元も見えず、少女は草枝を掻き分けながら慎重に山道を進んで行った。

「はぁ……。どこにあるの……?」

 ついつい文句も口から漏れてしまう。

 どれ程、この山道を歩いただろうか。目的の場所に辿り着かず、いつしか日も暮れてしまっていた。

 慎重に進んでいたが、不運にも泥濘に足を取られて転げてしまう。

「うぅ〜、最悪……」

 これで何度目になるだろう。

 全身泥塗れになるし膝は擦りむくし──少女は散々な目に合っていた。


 その後も何度かぬかるむ地面に足を取られつつ進んでいると、ようやく視界の先に明かりを見つけた。

 少女は瞳を輝かせ、そちらへ向かって行った。

──あそこに家があるはずだ。

 そう思って少女が近付くと──確かにそれは夢幻の類ではなく本当に家があり、その光は中から漏れているものであった。

「良かった〜!」

 予想が当たり、少女も安堵したようだ。

 ここまで散々山道を歩き続け、ようやく休める場所に辿り着くことができた。


 しかし、人が住んでいるにしては、その民家は余りにも寂れていた。木製の壁には所々穴があいていて覗けば中の様子も伺えた。冬時には隙間風も冷たいだろうに、家主に塞ぐ気はないらしい。

 少女は入り口の戸の前に立つと、ゴホンと一つ咳払いをした。そして、脆そうな戸板を遠慮がちにトントン叩いて中に呼び掛ける。

「ごめん下さい。どなたか、いらっしゃいませんか?」

 家の中に人の気配はあるが、少女の呼び掛けには応じない。

 少女はめげずに声を上げた。

「すみませーん。道に迷ってしまって……。どなたかいらっしゃいませんか?」

 するとようやく、家の中で動きがあった。

 ドタドタと慌ただしい足音が、部屋の中からこちらに向かって近付いてきた。

 夜中の急な来客に、家主は警戒しているのだろう。扉に開いた穴から目だけを覗かせて、ギロリと少女を睨み付けた。

「なんだね?」

 穴の中から覗いた目が、舐め回すかのように少女の足先から髪の毛の先にまで動かされる。

 山道を歩いて来たにしては、少女はずいぶんと軽装だった。

 その点に関しては、家主が不審がるのにも頷ける。

「こんな夜更けに何たって、あんたみたいな娘さんが山道を歩いているのさ?」

 当然、疑いの眼差しを向けてきた。

「使いで山に入ったんですけど、道に迷ってしまって……。おまけに途中で日が暮れてしまったので、身動きも取れずに困っていたところ、この家の明かりが見えたので、こうして声を掛けさせて頂いた次第です」

 少女の説明に、老婆は「ふぅむ」と唸る。

 目深に被ったフードのせいで少女の表情は見えなかったが、声色からは疲労の色も伺えた。

 本当に心の底から困っているように見えた。

「もし宜しければ、明るくなるまで休ませてくれませんか」

 再度、少女は懇願する。

「……まぁ、確かにこんな夜更けに、娘さんの独り歩きとは危険すぎるからな」

 家主の老婆は納得したようにフムフムと頷いた。

 そして、いよいよ鍵をガチャリと開いて、中に上がらせてもらえるようだ。立て付けの悪い扉が、ギィッと軋みながらゆっくりと開いていく。

 乱れたボサボサの長い髪をした老婆が、扉の向こうでニコリと笑みを浮かべて出迎えた。

「大変な目にあったようじゃな。この山に迷い人なんて何年ぶりじゃろうか。まぁ、中に入ってゆっくりと休むとよかろう」

「助かります。ありがとう御座います」

 少女は丁寧に頭を下げると、この親切な老婆に感謝の言葉を口にした。

 それに、老婆は気をよくしたようだ。

「娘さん、お名前は何というんだね?」

 老婆から完全に警戒心は消えていた。表情を綻ばせながら、少女に尋ねたものである。

「ユリハ・ナノ・クレヴァーと申します」

 少女はそう名乗ると、老婆に招き入れられて家の中にお邪魔した。

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