48 祝福

「大変です! 総理、鷹川総理大臣!」


 ドアを強く叩く音に鷹川は微睡から覚醒する。

 煩わしいと思った直後、鼻をつく嫌な臭いに気づいた。

 そういえば浩満の遺体をテーブルの下に放置したままだった。


「騒々しいですわね。何事ですか?」


 隣室のベッドルームから神田和代が顔を出す。


「下がっていろ」


 ここは一応軍の艦艇である。

 和代はここにいるべきでない人間だ。


 ドアを叩いている者はおそらく軍の将校である。

 見つかれば面倒なことになるだろう。


 和代が奥に引っ込んだのを見て鷹川はドアを開けた。

 浩満の遺体をどうすべきか迷ったがとりあえず放置することにする。


「なんだ」

「大変です総理大臣! ……うっ!?」


 襟元のバッジは彼が大佐であることを示している。

 この艦艇では二番目か三番目くらいに階級の高い人間だ。


 総理大臣のご機嫌取りのためだけに作られた模擬艦橋。

 その中に漂う死臭に彼は訝しげな表情を浮かべた。


「この臭いは……」

「腐った肉を始末しただけだ。それより要件を言え」


 鷹川は誤魔化すつもりもない。

 権力者が秘密裏に人を処分するくらい普通にあることだ。

 さすがにその相手がラバース総帥であるとは彼も考えつかなかっただろうが。


 大佐は改めて敬礼をして手短な報告をする。


「報告します! 現在、世界各地の軍事基地が正体不明の攻撃を受けている模様!」

「何?」


 報告を聞いた鷹川は最初、クリスタ軍の奴らが攻撃を仕掛けてきたのだと思った。

 だが新日本軍の基地は潤沢な資金とラバースの技術力によって高度な防衛網を敷いている。

 クリスタ軍ごときに奇襲など許すはずがなく、仮に攻撃を受けたとしても即座に対処できるはずだ。


 わざわざ攻撃を受けたことを報告する理由はなんだ?

 それに今確か軍事基地と言ったか?


「どういうことだ。詳しい説明をしろ」

「それが――」


 大佐が続きを語ろうとした瞬間、大きな衝撃と共に艦が揺れた。


「何だ!?」


 鷹川は艦橋の窓から外を見下ろして目を見開いた。

 甲板上の主砲を貫くように巨大な光の槍のようなものが突き刺さっている。


「なんだ、あれは……」


 驚愕している鷹川の後ろで大佐が部下に連絡を取る。


「今のはなんだ! 被害状況を説明しろ!」

『謎の物体が機関部に直撃! おそらく各基地が受けているものと同等の攻撃です!』


 続けてどこかで大きな爆発音が響いた。

 艦が受けた被害は相当に深刻なようだ。


「直ちに索敵と艦の復旧を急げ!」

『主機修復は不可能! 半分以上吹き飛びました!』

「なんだと……」


 この最新鋭イージス戦艦はかつてのミサイル護衛艦のように攻撃を食らえば沈む攻撃力特化のやわな艦ではない。

 それこそ全盛期の超弩級戦艦よろしく船全体が特殊装甲で覆われた、まさに鉄壁という言葉が相応しい海に浮かぶ要塞だ。

 鷹川がわざわざここに乗り込んだのも単なる物見気分ではなく、戦争が始まれば実質この艦が国内で最も安全な場所になるからである。


 スペック上は核ミサイルの直撃を受けても耐えられる。

 新たなる日本の象徴である史上最強の戦艦だった。


 それが、たった一瞬で……?


『模擬艦橋下部にも被害が出ています! 総理大臣閣下に早めのご避難を!』

「ばかな……ばかな……」


 足元がぐらついて床が傾いた。

 模擬艦橋が少しずつ倒れ始めている。

 鷹川の夢とも言うべき艦が沈んでしまう。


「どこの誰だ!? 一体誰がこんなことを!」

「総理、ここは危険です! 今はひとまず避難してください!」

「儂の艦が! 皇国の新たなる栄光の象徴が!」

「……失礼!」

「やめろ放せ!」


 あの巨大な光の槍。

 あんなものがまともな兵器のはずがない。

 取り乱す鷹川を大佐は抱え上げて強引に連れ出していった。




   ※


「一体何事ですの……?」


 総理と軍将校がいなくなった後、神田和代は隣室から来た。

 窓から見下ろした外の景色はまさしく異常としか言いようがなかった。

 まるで神話から飛び出してきたような巨大な光る槍のような物体が艦のあちこちに刺さっている。


 この模擬艦橋も傾き始めている

 遠からず倒壊するのは確実だろう。


 とはいえ、和代には潜入に使った長距離空間移動のジョイストーンがある。

 慌てて脱出する必要はないため落ち着いてはいるが、状況に対する理解は鷹川たちとさほど変わりがなかった。


 ふと、振動音が聞こえた。

 テーブルを見ると鷹川が忘れていったらしい携帯端末が置いてある。

 無視するつもりだったが、ちらりと見たその画面に表示された発信相手の名前を見て気が変わる。


「……はい」


 携帯端末を取って通話をオンにする。

 数秒の沈黙の後、通話相手の声が聞こえて来た。


『あれ、間違えた?』

「鷹川総理の携帯端末で間違いありませんわよ。それよりお久しぶりですわね、アリスさん」


 和代と同じL.N.T一期生にして、かつては『旧校舎の主』や『三帝』などと呼ばれていた女。

 ラバースに保護されたが後に鷹川と協力して軍のシステムを奪った天才科学者でもある。


『誰だっけ』

「神田和代です。L.N.T.にいた頃は当時は美女学の生徒会長をやっていましたわ」

『そう』


 興味のなさそうな返事である。

 覚えていないのかもしれないが、まあいい。

 こちらとしても仲良く思い出話を語り合うような仲ではない。


『鷹川いる?』

「軍の方に連れられて避難していきましたわ。伝えられるかはわかりませんが、言付けがあるなら聞いておきますわよ」

『別にいい。お礼を言おうと思っただけ。おかげで完成したから』


 あのアリスが、他人に礼を言うためだけに通話?

 長い年月の間に性格が若干丸くなったという可能性もあるが、和代は純粋に彼女の行動理由に興味が湧いた。


「何の事かお聞きしても?」

『しろいつばさ』


 白い翼?


『そこ鷹川の船?』

「え? ええ、今にも沈みそうですが……」

『南の空を見てみて。そこに一体いるから』


 珍しく饒舌なアリスに不思議な感覚をおぼえるも、和代は言われた通りに外を見ることにした。


 艦橋の窓は北向きで、ここから南側は良く見えない。

 携帯端末を通話状態にしたまま通路に出る。


 すでに軍の人間はどこにもいない。

 階段を上って艦橋上部へ出た。

 そして南へと目を向ける。


「……なんですの、あれは」


 そこにあったのは確かに大きな翼。

 そしてその根元には明らかに人間らしき人物がいる。

 翼の色こそ違うがその姿は赤坂綺やルシフェルを思わせる

 ただし、その翼の大きさは桁違いだ。


 翼からはいくつもの鋭い光が溢れている。

 恐らくはこの艦を攻撃した光の槍と同じものか。


 和代の呟きに対して通話の向こうのアリスが答えた。


『しろいつばさの天使。そこにいるのは第四天使エリィ。いま世界中を攻撃してる』

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