40 マークの誘い
紗雪はシンクが消えた次元の裂け目を見上げながら胸を撫でおろしていた。
「よかった……」
自分で何とかしてくれて本当に良かった。
紗雪はシンクを投げて裂け目まで『届く』とは言った。
だがちゃんと『狙い通りに飛ばせる』とは言っていない。
ぶっちゃけるとあのまま見当はずれの方向に飛んで落ちてくる可能性もあった。
けど、なんか自分でよくわからない光の玉を出して軌道修正して、無事に次元の裂け目に入って行ってくれた。
あとは彼を信じてゆっくりと待とう。
近くのベンチに座り込って一息ついた時。
「サユキ!」
やや訛りのある声で名前を呼ばれた。
金髪のクリスタ人の青年、マーク=シグーだ。
無邪気な笑顔で手を振りながらこちらに近づいてくる。
紗雪は立ち上がって≪
「wow! どうしたんだい、ボクは君の敵じゃないよ!?」
「わかってるけど、一応警戒はさせてもらいます。私は一度あなたたちに誘拐されてるんですからね」
元はと言えば紗雪がこんな非日常に巻き込まれる羽目になったのはマークとショウの二人組に襲われてからだ。
彼が反ラバース組織の協力者であるのはわかっているし、さっきは危ないところを助けてくれた恩もある。
けど素直に気を許すほど信頼はできない。
「それもそうだね。じゃあ、まずは話をしよう」
「なんの話ですか」
「現状整理と今後の指針についてボクからの提案」
よくわからないが、とりあえず聞くことにした。
マークはクリスタ人らしく大げさに頷いて話し始める。
「まず、反転ガスの発射はひとまず阻止された。どうやら日本国内にいるカタストロフィ反対派が軍のシステムを乗っ取ったらしい」
「そうなんですか。それはよかったですね」
世界中の文明を崩壊させる兵器が使われるという最悪の事態だけはなんとか防げたようだ。
そもそも紗雪にはそんなものを使いたがる人間がいるというのが信じられないのだが。
「ただ、安心するのはまだ早い。すでに太平洋上ではクリスタ海軍が攻撃を受けていて、このままなし崩し的に戦争が始まってしまうのは確実だろう。そして戦局次第では最悪また反転ガスを使おうと考える一派が力を持つかもしれない」
「戦争になるのは嫌ですね……」
紗雪にとって戦争なんてものは歴史の教科書かニュースの中だけの存在だった。
つい先日まで平和だったこの日本で急に戦争が起こるなんて言われても実感がわかない。
「そこで提案がある。サユキ、ボクと一緒にクリスタに来ないか?」
「は?」
「軍を相手に暴れた君はもう顔も覚えられてしまったお尋ね者だろう。今のうちに二人でこの国から去るべきだよ」
「ちょ、ちょっと。海外に逃げるって提案はともかく、なんで私があなたと一緒に行かなきゃならないんですか。反ラバース組織のみんなはどうするの?」
「反ラバース組織とは一時的に共闘をしていただけだよ。彼らはロシアの諜報機関のバックアップを受けていることもあって、本質的には信用がならない。君を連れて行きたい理由は簡単さ。ボクが君を気に入ってしまったからだよ。ハッキリ言えば君が好きなんだ」
「はぁ?」
突然の告白に紗雪は顔をしかめた。
いきなり何を言ってるんだコイツ。
「クリスタンジョークってやつですか? 発言の誠実さが疑われるから、真面目な話をしている時にはやめた方がいいですよ」
「ジョークなんかじゃないさ。そのジャパニーズヤマトナデシコの美しい容姿、戦車や軍人相手でも怯まない勇敢さ。君こそボクの求めていた理想の女性なんだ。これからの辛く長い戦いを乗り越えるためにも君には傍で僕を支えていて欲しい」
まさかのプロポーズである。
大企業の御曹司にしてクリスタの有名俳優であるマーク=シグー。
初めて会った時は女子高生として普通に驚いたりもしたが、個人的にお付き合いをしたいタイプかと問われたら別にそうでもない。
第一、私にはレンさんっていう心に決めた方がいるんですからねっ。
「お断りさせていただきます。気持ちは嬉しいですけど、私はあなたのことをよく知りません」
「これから知ってくれればいいさ。とにかく今は君を守らせてくれ」
「いや、だから……」
スターのさわやかさでニコリと微笑むマーク。
普通の女の子ならこの笑顔にやられてしまうことだろう。
だが自分はここでレン(とシンク)を待たなくちゃいけないのだ。
彼が純粋に自分の身を心配してくれているという気持ちはわかる。
だからどうにかして傷つけないよう断るべきかその方法を考えていると、
「そこまでにしてちょうだい。貴方に紗雪は渡さないわ」
冷たく凍える寒風のような声が響いた。
地の底から吹き荒ぶような暗さと重さを伴った女の声。
明かりの薄い暗闇の中から黒ずくめの女が歩いてくる。
真っ黒なバトルドレスを纏い、黒くて大きな丸い帽子を被った人物。
それは紗雪のよく知る人であった。
「竜崎先輩……?」
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