23 空の亀裂
オレンジ色の光が照らす軍港。
そのあちこちで銃声が響いている。
「うおおおおおおお!」
残存駐留部隊の貧弱な武装をまるで受け付けない鉄壁の防御力を備えたタケハ。
彼は敵のいる方へ自ら飛び込んではアサルトライフルの弾丸をまき散らしていく。
それと平行して遠距離から狙撃しようとするスナイパーや、タケハが撃ち漏らして車の方へ向かってくる兵士をマコトとケンセイが確実に倒していく。
おかげでヒイラギはたまにタケハに補充の弾薬を放り投げるくらいで、ほとんど運転に集中することができた。
「そろそろかしらね」
だいぶ基地の奥まで進攻した。
あとは係留してある小型艇を適当に奪って香織と和代を誘導するだけである。
この辺りで連絡を取っておくべきだろう。
右手でハンドル操作しながら伝達用人形を取る。
人形ごとペンを握って器用にメモ用紙へ作戦の進捗を記す。
紙の上に人形を置いてしばらく待つ。
やがて香織から簡潔な返事が来た。
『了解。いまそっちに向かってる』
香織と連絡は取れた。
だが和代からの返事が返ってこない。
「おかしいな……?」
二人がすでに合流しているということはないだろう。
単独行動中に手を離せない状況もよくあることだ。
しかし今は綿密に計画された作戦行動中。
移動中、もしくは待機中ならすぐに返事があるはずだ。
まさか予期せぬ敵との交戦中か?
その可能性はもちろんあり得る。
いや、考えても仕方のないことだ。
和代が合流できなくても作戦を変えるわけにはいかない。
最悪、香織だけで新生浩満の乗るイージス戦艦に強行突入してもらわなければならない。
あるいはケンセイかタケハが合流してもいいだろう。
そんな風に今後の事に思考を巡らせていると。
ぴしり。
なにかが割れるような音が響いた。
最初は車が狙撃を受けたのかと思った。
しかし見たところガラスが割れている様子はない。
外で戦う三人も無事で、すでに周囲には敵の姿も見えなくなってる。
そのまま気にせず進むと、ついに海べりまでやって来た。
おあつらえ向きに小型のモーターボートが目の前に係留してある。
ヒイラギは車から降りて後部座席から小型のAGPSを引っ張り出した。
そこでまた、さっきと同じガラスにヒビが入るような音が響いた。
「何だ、この音は?」
車の傍で護衛をするケンセイが訝しそうに回りを見回した。
これからボートにAGPSを乗せてエンジンの直結作業を行わなくてはならない。
素早く作業を終わらせるためにも余計な心配はしたくないのだが……
ぴしり。
また、あの音だ。
「なんなのよ、さっきから……」
「なあ、あれ」
マコトが頭上を扇ぎいで空を指差す。
何かと思って上を見たヒイラギはギョッとした。
予想外の光景がそこにはあった。
空が割れている。
自分でも何を言っているのかわからないが、そうとしか表現できない。
頭上には暗い夜の空。
都会の近くなので瞬く星の数も少ない。
そんな夜空の一部に、あまりにも非現実的な光景が描かれていた。
まるで絵画のように空の一部分が割れ落ちている。
その向こうに拡がるのは奇妙に発光する紫色に近い謎の空間。
例えるなら、テレビ画面の表面にひび割れが走っているかのようにも見える。
「なにあれ……」
「中から何か出てきたな」
窓から顔を出して呟くヒイラギ。
タケハが同じく空を眺めながら呟いた。
ヒイラギには何も見えないが、彼には何か見えたようだ。
「細長い物体だ。回転しながら飛んでいる。月光の反射がなければほとんど見えないくらいだが」
もう一度ヒイラギは頭上を見上げる。
キラリ、と確かに何かが光ったような気がした。
それはものすごいスピードで南へ向かって飛んでいく。
空の異常な裂け目はそのまま。
だが、とりあえず今は気にしている場合ではない。
ヒイラギは気持ちを切り替えてボートのエンジンを直結する作業を開始した。
※
「う、あああ……っ」
戦闘指揮所に男の悲痛な声が響く。
総理秘書官の右腕からは夥しい量の血が流れていた。
彼が手にしていた拳銃は安全装置がかかったまま床に転がり落ちている。
「なんだ……?」
新生浩満はよくわからない状況に混乱していた。
自分は鷹川総理の秘書官であるこの男を事前に篭絡し、鷹川の殺害を命じた。
裏切り行為に手が震えてはいたが、戦争を誘発する悪の大臣を撃つという大義もある。
間違いなく引き金を引くだろうと確信していた。
なのに、なぜこの男が腕を押さえて苦しんでいるんだ?
鷹川総理は背筋を伸ばして悠然と立ったまま、瞳は浩満をしっかり睨みつけていた。
視線がわずかに横に逸れる。
浩満もそれに習う。
「ようやくこの時が来ましたわね」
そこには信じられない人物がいた。
「な、なぜ貴様が……?」
浩満は狼狽した。
このような醜態を晒すのはいつ以来だろう。
L.N.T.で内藤清次から予期せぬ反撃を受け殺されかけた時ぶりか。
そのL.N.T.の亡霊が。
自分の手元に残ることのなかった女のひとりが。
「あなたに質問の権利はありませんわ。死にたくなければ大人しくなさってください」
神田和代が浩満に銃口を向けていた。
彼女が鷹川の秘書を撃ったのはまず間違いない。
だが、どうやってここに入り込んだのだ?
ドアはずっと閉まっていたはずだ。
それに誰もこの部屋には近づけないはず。
浩満は許可のない者を見つけたら即座に拘束しろと言ってある。
ましてや神田和代は完全なる部外者である。
開戦直前で気の張っている海軍軍人エリートたちが占める艦内を自由にうろつけるわけがない。
この艦には機械室や排気ダクトの中に至るまで、異常があれば即座に探知できる警備システムが搭載されている。
大げさではなくではなくネズミ一匹すら逃さないレベルのセキュリティが敷かれているのだ。
たとえクリスタ海兵隊の特殊部隊であっても潜入行動など不可能なはずである。
いや、待てよ?
ALCOは以前から浩満が思う以上にラバース内部の情報に知悉していた節がある。
恐らくは何らかの協力者が内部にいるのだろうと推測されていたが、
「観念するのは貴様の方だな、若造」
くっくっく……と、鷹川の低い笑い声が耳に届く。
そこで初めて浩満はその可能性に思い立った。
突然の闖入者が自分の秘書官を撃ってもこの反応。
信じられないが間違いないと思われる。
鷹川総理、コイツが神田和代を手引きしたのだ。
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