20 忍の末裔

 発電所跡地は不気味なくらいに静まりかえっていた。

 軍の兵士どころか門番の一人さえもいない。


 薄黒く煤けた廃工場が立ち並ぶ中、ところどころで点灯する赤いライトの光だけが、夜の薄暗い敷地内を照らしていた。


『そのまま真っ直ぐ進んでねっ』


 虫から奪った小型スピーカーからハルミの声が流れる。

 シンクは黙って言うとおりに歩いた。


『やっぱり新九郎はオイラの所に辿り着いてくれたねっ。高木や保安隊ごとき、新九郎ならきっと振り切ってくれると思ってたよっ』


 会話に付き合う気はない。

 ハルミは無視されても構わず言葉を続ける。

 どこまでも小ばかにしたような態度にシンクは顔を歪めた。


『黙っちゃってどうしたのっ? もしかして、ここに辿り着くまで仲間に助けてもらったのが気に入らないのかなっ。ぜんぜん気にすることないよっ。そういう人徳も新九郎の強さなんだからさっ』


 無視。

 スピーカーから流れる声は途切れない。


『ALCOの奴らも、紗雪ちゃんも、マーク=シグーも、きっと君の魅力に惹かれて協力してくれたんだからねっ』


 足を止める。

 今の言葉にはわずかな違和感があった。


「お前……」

『あ、そこの左側の建物ねっ。中まで入ってきてよっ』


 どうやら向こうも最初から言葉のキャッチボールは求めていないようだ。


 元は倉庫なのだろうか。

 地上四回分くらいの高さがある巨大な建物だ。

 窓らしきものは一切なく、大きさに似合わない小さな通用口が正面にある。


 シンクは覚悟を決めた。

 アサルトライフルを小脇に抱え扉を開ける。


 中は予想通りに真っ暗闇である。

 銃のセーフティーを外しゆっくりと前進する。


 すると。


「ちっ!」


 後ろから何者かに突き飛ばされた。

 なんとか踏ん張って転倒することは避けられたが、入って来たドアを閉められてしまう。


 視界が完全な闇に包まれた。


 即座に≪空間跳躍ザ・ワープ≫を発動。

 不意打ちをかましてくれた奴を蜂の巣にしてやる。


 ところが、能力は発動しなかった。


「あははははっ、相変わらず不用心だねっ! でもその勇敢さも嫌いじゃないよっ」


 さっきのJOY無効化装置がここでも使われているのか。

 ハルミの他には誰もいないという言葉は当然のように嘘だった。


「クソ野郎が……!」

「まあまあ、そんなに怒らないでってば。新九郎と話がしたくてふさわしい場所を用意したんだからさっ」


 声はすでにスピーカーから聞こえてはいなかった。

 ハルミは間違いなくこの建物にいる。

 シンクと同じ空間の中に。


 居場所はわからない。

 視界は一切の光源がない真っ暗闇である。

 かなり広く音が反響して、声の出所は特定できない。


 隠れられそうな障害物も少なくとも近くにはない。

 その気になれば次の瞬間にも撃ち殺されておかしくない状況だ。

 不本意だが、会話に付き合いつつ相手の位置を探していくしか選択肢はない。


「今さら何の話があるってんだ。俺の境遇を笑うためにこんな所に誘い出したのか」

「単刀直入に言うねっ。新九郎、ラバースのために働かないかいっ?」

「死ね」


 反射的に返してしまった。

 会話を長引かせるべきなのはわかっている。

 だが、ハルミの余りにふざけた態度に怒りが抑えきれなかった。


「ちょっと話を聞いてよっ」

「テメエと話すことなんか何もねえよ。裏切り者野郎」

「あれは任務だから仕方なかったんだってばっ」


 こちらの拒絶を無視してハルミはまた一人で言葉を続ける。


「君や暴人窟の仲間たちをハメたことは謝るよ。なんだったら後で気の済むまで殴ってくれて構わない。でも、そうやって恨みを吐き出したらまた手を取り合って仲間になろうっ」

「俺を満足させたいなら黙って殺されろ」


 会話をしつつ、シンクは移動を開始する。

 背後からの攻撃を避けるため壁沿いに。

 とにかくまずは建物の端を探そう。


「ちょっと自分の事を語っていいかいっ?」


 無視。

 どうせ黙ってても勝手に喋るんだろう。


「オイラはずっと自分を忍者だって名乗ってたろっ。アレって実は本当のことなんだっ」


 歩くたびに足に何かが当たる。

 よく見えないが工具や木材の類が転がっているのか。

 建物の端まで来たかと思ったら、大きな箱が置いてあるだけだった。


「オイラの実家は室町時代から続いてる由緒ある忍の末裔でねっ。近代になってからもお偉いさん相手の諜報活動を生業としてきたんだっ」


 粗雑に物が置かれているのは動きを制限するためか。

 あるいは発電所が稼働を停止した時のまま片付けられていないだけか。


「まあ忍者って言っても、漫画みたいな忍法が使えるわけじゃないけどねっ。でも諜報活動に必要な技術はきちんと受け継がれてて、小さい頃から徹底的に仕込まれてるんだっ……こんなふうにね」


 カンッ、と乾いた音が響く。

 両手にわずかな衝撃があった。


 何ががシンクの持つアサルトライフルに当たった。

 手を伸ばして確認すると、銃口がわずかに短くなっている。


「な……」

「手裏剣術っ言えばわかるよねっ。うちは主に短刀型の飛びクナイを使うんだけど」


 スチール合金製の銃口がきれいに切断されている。

 この暗闇の中で持ち歩いている銃を正確に狙うとは。


 とてつもない威力と精度。

 そう言えば、さっきも拳銃を似たような方法で破壊された。

 Dリングで護られているとはいえ、あれを急所に食らえば致命傷もありうるだろう。


「暗殺のための術なんて現代じゃほとんど使わないんだけどねっ。こんなので人を殺したら思いっきり証拠が残っちゃうし。あとは爆発物と薬物の知識を叩き込まれてるくらいで、そこらのプロフェッショナル諜報員とたいしてかわらないよっ」


 だが収穫もあった。

 銃口の切れ目の角度からハルミのいる大体の方角はわかった。

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