2 暴れっ子、紗雪
「戦争なんて起こらないといいなあ」
椅子に座ってニュース映像を見ていた青山紗雪が独り言のように呟いた。
彼女とはモスクワからずっと一緒で、こうして今もALCOと行動を共にしている。
「もし負けそうになったら絶対に反転ガスって兵器を使うんでしょ? 死なばもろともで世界が終わるなんて冗談じゃないよ」
能力者組織からの離反者はもちろん、紗雪にもラバースの反転作戦の詳細は伝えてある。
EEBCの効果を逆転させ、すべての電気エネルギーを使用不可能にする反転ガス。
全世界規模に広まったEEBCはもはや人々の生活とは不可分である。
もし反転作戦が行われれば世界は滅亡に向かうだろう。
ただし、SHINEという代替エネルギーを持つ日本の首都圏を除いて。
「戦争になれば最終兵器を使う大義名分ができる……ですが、それがなくてもラバースは反転ガスを使おうとするでしょうね」
和代は紗雪の方をちらりと眺め、神妙な面持ちで答えた。
「なんでそう言い切れるですか?」
「え? あ、それは……」
和代は口を噤んだ。
その質問への答えは個人的な秘密に触れる。
とはいえ、納得させないとまた面倒なことになりそうである。
「えっと」
誤魔化す言葉を探していると、勢いよく部屋のドアが開いた。
「たっだいまー!」
やかましい声と共に部屋の中に入ってきたのはヒイラギだった。
香織を迎えに行くと言って出ていたが、タイミングよく帰ってきてくれた。
紗雪との会話を中断できた和代は笑顔で彼女を出迎える。
「お帰りなさい。香織さんは?」
「ここにいるよ」
続いて見た目だけは若い反ラバース組織の長がやってくる。
「首尾はどうでしょう」
「うーん、ちょっと予定外のことがあって上手くいってない。リーメイさんを日本に連れて来るのは成功した……というか、私の方が連れてってもらったんだけど。そっちは?」
「こちらは上々ですわ。それと先ほどタケハさんが目を覚ましました」
和代の報告を聞いた香織は表情を明るくさせる。
「本当? よかったぁ……」
「ケンセイさんも峠を越えたみたいです。近いうちに二人とも元気になりますよ」
「そっかそっか。一時はどうなることかと思ったわ」
ヒイラギも仲間たちの無事を聞いて嬉しそうだ。
二人は彼女にとっては古くから付き合いがある友人でもある。
「あっ」
香織が紗雪の存在に気づいた。
足早に近づき、その顔をまじまじと眺める。
「えっと、何か……?」
紗雪は居心地が悪そうにしている。
そういえば二人が会うのは初めてか。
「紹介しますわ。彼女が私たち反ラバース組織のリーダー、小石川香織さんです」
「はじめまして青山紗雪さん。小石川香織です」
「えっと、はじめまして、青山紗雪です」
感慨深そうな香織が何を考えているのか和代にはなんとなくわかる。
紗雪は古い友人の親類であり、当時の彼女にそっくりなのだ。
香織たちにとっては忘れられない人物でもある。
じっと見つめられて紗雪の方も居心地が悪そうだ。
彼女は彼女で反ラバース組織のリーダーがこんなに若く見えることに戸惑っているだろう。
ただし香織が若いのは見た目だけで、実年齢は三十を超えているのだが。
「大変なことに巻き込んでごめんなさい。いろいろと大変だったよね?」
「いえ、こちらが助けてもらったような所もありますから」
「もうしばらく我慢して欲しい。残念だな、新九郎くんも連れてこられたらよかったんだけど」
「え?」
「あら、彼とは会えなかったんですの?」
和代が問いかける。
荏原新九郎の保護も香織の仕事に入っていたはずだ。
連れて来られていないということは会えなかったか、もしくは……
「会えたんだけど逃げられちゃった。でも大丈夫、ちゃんと発信器はつけていたたたた!」
突然、香織が苦痛に顔を歪める。
彼女の肩には紗雪の手がガッシリと食い込んでいた。
「新九郎の居場所を知ってるんですか?」
「あ、あの、紗雪ちゃん……? 痛いんだけど……」
「新九郎の居場所を知ってるんですか?」
紗雪は涙目になっている香織の言葉を無視して同じ言葉で二度問いかける。
SHIP能力者である紗雪に思いっきり掴まれれば相当痛いはず。
身に覚えのある和代は黙って二人のやり取りを見守った。
「う、うん、さっきまで一緒だったよ」
「発信器とか言ってましたよね。それ、ちょっと貸してもらえませんか?」
「え、えっと……」
「貸してもらえませんか?」
「はい」
香織は大人しく懐から小型ゲーム機のようなものを取り出した。
あれは反ラバース組織が使用しているロシア製の携帯電子マップ端末だ。
発信器をつけた相手の居場所を探るための追跡機にもなるという優れものである。
紗雪は受け取った端末を適当に操作。
やがて使い方を理解したのか、懐にしまった。
「なるほど。ちょっと借りますね」
「え、あの」
「ちょっと出かけてきます。あのジョイストーンはしばらく借りておきますけどいいですよね」
「どうぞご自由に」
和代はテーブルの上に置かれたカギ束から一つを取って紗雪に放り投げる。
「表のバイクのカギです。よければお使いになって下さい」
「えっ、あの」
「ありがとうございます。それじゃあの馬鹿を連れ戻しに行ってきますね」
言うが早いか、紗雪はさっさと部屋から出て行ってしまった。
後には呆然と彼女の消えた先を眺める香織と、ホッと胸をなで下ろす和代ら反ラバース組織の面々が残された。
「ちょ、ちょっと和代さん! どうして彼女をひとりで行かせちゃったの!?」
威厳を取り戻そうとするように香織は怒鳴る。
迫力に推されて端末を渡したのは誰だと言いたいところだが……
和代はもっと端的に自分の行動の理由を説明する。
「建物を滅茶苦茶にされたら困るでしょう」
「えっ」
香織の目が点になる。
周りを見回し、げんなりした雰囲気に包まれている周囲に気づいたようだ。
「大変だったよなあ……」
「うん……本当に」
和代と一緒にモスクワから帰ってきたメンバーたちは口々に呟く。
皆、最初は幼き記憶に残るお姉さんの生き写しに会って心から感動していた者たちである。
「えっと、そんなに?」
「なんというか、さすがは美紗子さんの妹さんですわ。悪い意味で」
悪い子ではない。
むしろ半ば誘拐同然に連れて来たにしては大人しくしてくれた方だろう。
だが、それを差し引いてもものすごく手を焼かされた。
隠密行動が必須の反ラバース組織においてあの好奇心と行動力はイレギュラー過ぎる。
まあ、日本に連れてきた時からこうなることはある程度覚悟をしていたけれど。
「一応、
「彼女自身の安全は……?」
「積極的に狙われる理由はありませんし、万が一何かあっても自分で対処するでしょう」
「えー……」
香織はなんだか納得いかなそうな様子である。
と、机の隅に置かれた人形がひとりでに歩き出した。
「江戸川さんからの通信ですわね」
この人形は別行動をしている仲間の能力である。
人形同士は互いにリンクしており自由に動かすことができる。
これを使えば決して傍受されることなく安全な通信活動が行えるのだ。
「……え?」
「なんだって?」
みんなが見守る中、人形は抱えたペンを使って紙に文字を書き込んでいく。
香織は和代の肩に手を置き頭越しにメモを見た。
そこにはこのように書かれていた。
『ラバースからの離反者と接触。私たちに協力してくれるって……信頼できる子だよ』
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