2 龍童再臨
ヘリの進行方向から右前方。
緑色に輝く『何か』が飛んでいる。
「な、なんだアレは!?」
「敵に決まってんだろ」
自分で目にするまでは意地でも信じないくせに、いざ脅威が目の前に現れると途端に狼狽えるとは、使えないことこの上ない操縦士である。
もし速海が知らせなければ撃墜されるまで気づかなかったんじゃないのか?
幸い敵はこちらに向かっているわけではないらしい。
大きく距離を開けて平行にすれ違うような軌道を描いている。
光は見る間に拡大し、右前方から右後方へと流れて通り過ぎていく。
「り、竜!?」
すれ違う時に見えたのはまるで西洋のドラゴンのようなシルエットの生物だ。
ただし、その背中にはそれよりも恐ろしい人間が乗っている。
竜より遥かに強大なオーラを放つ者が。
ラバースのカテゴリに当てはめるなら、紛れもなく
アレはおそらく……
「上海の龍童って奴か」
「ちっ、追撃する!」
ヘリがガクンと揺れ向きを変える。
「おい、やめろ! こんなヘリじゃ追いつけねえよ!」
「あんな化物が本土に近づくのを黙って見過ごせるか!」
「どっちにせよ空中戦じゃあんなのに勝てるわけねえって」
いくら最新鋭の攻撃ヘリでも、たった一機で挑めば即座に撃墜されるのは目に見えている。
見切り発進で自分に出撃を要請したこの作戦自体が失敗だったのだ。
巻き込まれて死ぬのはごめんである。
「心配しなくてもあいつはラバース本社には向かっていない。どこに行くつもりかは知らないが、次の命令があるまでは放っておけば良いさ。触らぬ神に祟りなしだ」
「ラバースが無事なら良いという話ではない! すべての国民を守るのが我々の義務だ!」
やれやれだ。
その心がけは立派だが、できることとできないことの区別くらいはつけて欲しい。
とは言えこんな所で口論をしてもしかたない。
「じゃあせめてあいつの進行方向から目的地を割り出して報告しろよ。勝ち目のない無駄な追いかけっこするより、斥候として仕事した方がよほどお国のためになると思うぜ」
「くっ……」
速海の言う通りだと理解したのか、空軍将校はヘリのコンピューターに位置情報を入力する。
レーダーが敵を認識しないので距離はおおよそだが流石に手つきはこなれている。
方向転換も鮮やかだったし、どうやらヘリの操縦技術自体は高いらしい。
「データが出た。これは……」
「どこに向かってるんだ? あの化け物は」
パイロットは首をわずかにこちらに傾ける。
表情は見えないが、ニヤリと笑っている空気が伝わってくる。
「奴の進路先にはPF横浜地区がある。暴徒鎮圧のために武装した陸軍が駐屯している所だ。袋のネズミというやつだな」
※
レンを乗せた小竜ドンリィェンは上海から休みなく飛び続けてきた。
途中、レンたちは日本海でこちらを補足した艦艇を二隻沈めた。
無数に迫るミサイルを圧倒的な機動力で回避しながら敵艦の機関部をレンが破壊する。
海上であれだけの敵を相手に一方的に戦えたのはドンリィェンという足場があったおかげである。
しかし、人造生物であるドラゴンの体力は無限ではない。
「ありがと、ドン。もういいよ」
「キュィ……」
「ここからはぼくだけで大丈夫」
レンは小竜の疲労を察してそう言った。
エネルギーを放出し続ければレンも自力で飛ぶことはできるが消耗が激しい。
上海から日本まで飛んでくるだけの体力を温存できたのはこの小さな友人のおかげである。
「先にばばあの所に帰ってて!」
小竜の背から飛び降りたレンは数十メートルほど落下すると、すぐに緑色のエネルギーを纏って浮かび上がってくる。
竜童の力の第四段階から常時放出される莫大なエネルギー量。
それは少年の身体を包んで小さな体を浮かせる。
龍神詛の真骨頂とでも呼ぶべき緑色に輝く膨大な闘気。
それは伝説の中で龍の衣と呼ばれ、語られたものだ。
短時間なら音速に近い速度での飛行も可能になる。
「じゃあね、ドン!」
「キュィ!」
レンが全力で飛行を開始すると、寂しそうに鳴く小竜の姿はすぐに見えなくなった。
目指すはPF横浜地区。
レンはラバースのことに詳しくない。
フレンズ本社が構えるあの場所が敵の中枢だと思っている。
だが少年の進路に迷いはない、感じているからだ。
自分が今から向かう場所に間違いなく最愛の人がいるということを。
一秒でも早く彼に会いたい。
そのためなら力を使い切ってしまっても構わない。
「待っててね、シンくん……!」
山を越え、森を越え、眼下に広がる街を見下ろしつつ、龍神となった少年は飛翔する。
三十分ほどで東京湾が見えてきた。
その手前、特徴的な形の巨大なビルディングが並ぶ未来都市然とした摩天楼。
そこには無数の兵士たちが待ち構えている。
※
「偵察ヘリが不審な機影を補足!」
PF横浜特区の某所に設置された地下司令部にオペレーターの声が響き渡る。
無数のディスプレイが発する蒼い光に照らされた軍将校たちの間に緊張感が走った。
「来たな、上海の龍童」
横浜特設駐屯地の臨時司令官、新日本陸軍少将榊三鉄は重い息を吐いた。
日本海で二隻の最新鋭艦艇を撃破した
こちらも
しかし、ヘリからの報告によって脅威が近づいていることは事前に知らされている。
警察を狙った前代未聞の市街地テロ。
その後、新日本陸軍は再編成後は初となる大規模任務に就いた。
任務の内容は久良岐市を中心とした周辺地域の復興、そして暫定的な治安維持代行である。
東部方面対第一師団の内、朝霞、座間、南橘樹、久里浜、武山、そして木更津の各駐屯地から大規模な部隊を編成し、ここPF横浜特区に仮拠点を設けた。
テロ残党への対処も兼ねているので武装は過剰とも言えるほど充実している。
間違いなく今現在、国内で最も多くの戦力が集まっている場所なのだ。
そんな所に飛び込んでくるのは、ラバース上海支社を壊滅させた少年。
「偵察ヘリが撃墜されました! パイロットは脱出を確認!」
先発させた部下はギリギリまで粘って情報を送れとの命令をしっかり果たしたようだ。
アジア大戦の前、陸自時代はこんな風にパイロットを危険にさらし、かつ高価な機体を無駄に消耗するような作戦は決して許されなかった。
これが良いことなのかどうか三鉄は判断する立場にない。
否、現在考えるべきは軍の未来ではなく、目の前に現れた脅威への対処である。
いくら
「特科に――」
ついクセで軍再編前の兵科名で呼びそうになり、軽く咳払いをしてから言い直す。
「砲兵に伝達。目標の予測進路に弾道を合わせろ」
撃墜されたヘリから得たデータによれば、龍童はおよそ十秒後にフレンズ本社ビルに突っ込んでくる計算になる。
いきなり単身で敵の本丸に突入しようとするのは流石だが、現代戦闘を甘く見ている辺りやはり子供だと言えるだろう。
そんなわかりやすい場所に作戦本部を置くわけがない。
常識外れて強い
三鉄が帽子を目深に被って唇の端を歪めた、その時。
『あー、あー。横浜司令部、聞こえているかね』
司令部内にスピーカー越しのくぐもった声が響いた。
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