4 マナVS特殊部隊

「あーっ、もう! 何なの! なんなの!?」


 マナの苛立ちは頂点に達していた。


 あちこちから飛んでくる弾丸は見えない手がきちんと自動で防いでくれる。

 だが、そのせいで動きが阻害されて思うような動きができない。


 移動と防御と攻撃のすべてを兼ね備えている≪不可視縛手インビジブルレストレイント≫だが、他のジョイストーンを持っていない状況では、全てをこの能力に頼るしかない。


 最強の攻撃力。

 無敵の防御力。

 圧倒的把握力。


 あらゆる要素を兼ね備えた力を持つ自分が、何故かまだ一人の敵も倒せていない。

 どうしてこんなにも上手く行かない状況になっているのかマナには理解できなかった。


 敵が複数いるのは間違いない。

 能力者がいないのもほぼ確実だ。


 本当なら片っ端から見つけ出してあっという間に全滅させてやれるはず。

 なのに、どうにもそれができない。


 狙撃間隔は一定ではない。

 マナが移動しようとすると狙いすましたようなタイミングで撃ってくる。

 建物の上にいては的になると思って地面に降りたが、そうすると逆に移動が大きく制限される。


 狙撃手はよほど遠くから狙っているのか、薄く伸ばした探知のレーダーには引っかからない。

 たまに比較的至近距離で敵の反応が見つっても追いかけようとすると狙撃が来る。

 わずかに動きを止めた隙に煙に巻かれたように敵を見失ってしまう。


 そんなことをもう十五分以上も繰り返している。

 いい加減にマナの忍耐にも限界がやってきた。


「もうっ! これ以上私の邪魔するなら、その辺の人を片っ端からころすよ! いいの!?」


 脅し半分、本気半分でそう叫んでみる。

 だが、敵の断続的な狙撃は止まない。


 ここに来てようやく気づいたのだが、周囲から通行人が消えている。

 屋根の上でドタバタやっているうちに避難したのだろうか。

 この界隈からは人の気配が全く失われていた。


 手も足も出ないとはこのことである。

 マナは危険すぎるという理由で≪不可視縛手インビジブルレストレイント≫をルシフェルに没収されていたが、使用許可を得た時は常に何もかもが思い通りになっていた。


 このJOYを使っている時だけは超人になれる。

 なのに、今のこの状況はなんなのか。

 能力者でもない、よくわからない集団にいいようにあしらわれている。

 マナにとってはあまりにも耐えがたい屈辱だった。


「いい加減に……しろーっ!」


 ついにマナの怒りが爆発する。

 瞬間、彼女は心と力のリミッターを完全に外した。


 四方八方に見えない手を伸ばす。

 狙うのはどこにいるかわからない敵ではない。

 道路の向かい側にある三階建ての雑居ビルを地面から引っこ抜いた。


 巨大建造物は五メートルほど浮かび上がると、すぐに重力に引かれるまま地面に落ちる。

 傾いたまま落下したビルは両隣の建物を巻き込んで崩落を開始。

 周囲一面に大破壊をもたらした。


「みたかっ!」


 マナはあえて崩壊する建物に向かって跳躍した。

 巻き起こる土煙の中では銃弾が飛んでくることもない。


 着地したのは一戸建ての屋根の上。

 マナは素早く見えない手を使って屋根瓦を外す。

 それを周囲に放り投げて、雨のように周囲に降らせた。


 カキン、カキン。

 瓦に銃弾が当たる音が聞こえる。

 見えない手の自動ガードは発動していない。


 レーダーを周囲に伸ばすといくつかの反応があった。

 そのうちの一番近い反応に注目を向ける。

 銃弾の一つが飛んできた方角に。


「みーっけ」


 もしかしたら、こちらの動きを把握してるのかもしれない。

 けど、いきなり近づかれたら逃げるのは難しいでしょ?


 好戦的な笑みを浮かべ、マナは見えない手で地面を叩く。

 反動で屋根が抜けたが気にすることもない。

 敵の反応があったビルに飛び移る。


 直後、轟音と閃光がマナの体を包んだ。




   ※


 ビルが完全に崩れるのを待ってから、瀬戸中尉は爆破現場に近づいた。


 彼ら新日本陸軍が身に着けている戦闘服は旧自衛隊時代のままだ。

 最前線の特殊部隊にも関わらず重量のある歩兵用特殊装甲はつけていない。


 代わりに指先に実用化が始まったばかりのDリングを装備している。

 今も短機関銃の攻撃にも耐えうる防御膜が彼の全身を余すところなく包んでいる。


 とはいえ、何となく心細い印象は払拭できない。

 彼は不安定な瓦礫の上を曲芸のような身軽な動きで移動する。

 視線と一体にした新八九式騎銃の銃口を周囲に向けながら警戒を続けた。


 任務はターゲット名『マナ』の死亡確認である。

 これが完了すれば今回の作戦は終了だ。


 非常に危険な任務ではあるが、何も知らない一般市民の避難誘導などの精神的に辛い仕事をしないで済むと思えば、ある意味では気が楽である。


 それにこの爆発ではおそらく生きてはいまい。

 驚異的な防御力と反応速度を誇り、スナイパーの狙撃も易々と受け止めるマナ。

 彼女の超能力には瞠目せざるを得なかったが、さすがに足下で起きた爆発を防ぐことまではできないはずだ。


 もちろん、何が起こるかわからないのが戦場である。

 ましてや自分は特殊部隊の一員だ。

 決して油断することなく最後まで気を抜かずに作戦を遂行する。


 頭部に装着した幅広のサングラスのような機械はヘッドマウント式サーモグラフィ。

 マナの能力である『見えない手』は無職透明だが質量を持っている。

 つまり赤外線探知すれば簡単に可視化ができた。


 遠距離に配置された狙撃手たちも同じ装備をしている。

 だから敵の動きを誘導するような精密な狙撃ができるのだ。


 さらに彼らは液状塗布式チャフを全身に塗っている。

 敵の能力が兼ねているレーダーらしき機能は簡単に欺くことができる。

 仮に対象が生きていたとしても、視界にさえ入らなければ直接狙われることもない。


 がらり。


 近くに積みあがっていた瓦礫が崩れた。

 瀬戸は銃口を音の方に向けつつ物陰に身を潜める。


 やはり生きていたか?

 あの爆発を受けて無事とは……


 瞬間、瓦礫の中から間欠泉が吹き上がるように爆発的な質量が現れた。


 マナの見えない手が発動したのだ。

 それは一旦、二メートルほどの高さまで伸びた後、綺麗にターンを描いて周囲のコンクリート片を巻き上げていく。


「ターゲットの生存を確認」


 胸元の小型無線機で他の隊員に告げる。

 と言っても、これだけ派手に動けば仲間も状況は把握しているだろう。


 一秒と間を置かずに現場指揮官から指示が入る。


『即時待避せよ。絶対に目標の視界に入るなよ』

「了解」


 このままターゲットの側にいるのはあまりにも危険だ。

 気づかれないよう接近してナイフでとどめを……

 そんな欲が頭を掠めるが、すぐに振り払う。


 作戦はまだ失敗したわけではない。

 ビルごとの爆殺がダメでも次の手がある。

 自分ひとりが焦って無理をする必要はないのだ。


 見えない手の根元から視線を外さず後ろに下がる。

 彼は常日頃から地形を把握して行動するクセがついてる特殊部隊員である。

 こちらに気づいているかもしれない相手に対し背中を向けて逃げ出すようなことはしない。


 安全地域に逃れるまでは常に敵の動きを警戒。

 その都度仲間に状況を知らせていく。


「……? 目標が――」


 見えない手の動きが止まった。

 それを報告しようとした直後、コンクリートの塊が飛んできた。


「うわっ!」


 横幅一メートルほどもあるコンクリート片。

 それは瀬戸からわずかにそれた場所に激突して三つに砕けた。


『どうした!』

「敵がぶん投げた瓦礫に当たりそうになりました」

『見つかったのか?』

「いえ、恐らくヤケになって適当に放り投げただけかと」

『気を抜くな。手負いの獣は何しでかすかわからんぞ』


 狙った攻撃でないことは間違いない。

 マナの本体が瓦礫の下にいるなら、こちらを見つける手段はないはずだ。

 見えない手をがむしゃらに振り回したところで、自分に接近する前に狙撃手がきっちりと攻撃を妨害してくれる。


 心配はない。

 そう自分に言い聞かせながら撤退を再開する……と。


「うああああああああっ!」


 瓦礫の下から絹を引き裂くような少女の絶叫が響いた。

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