第二十章 ライオット
1 暴人窟での半年間
「新九郎さん。弾薬はどこに詰めばいいっすか」
「三つに分けて七号車から九号車に押し込んでおけ。間違っても側で煙草なんか吸うなよ」
「あいさ」
シンクは着々と準備を進めていた。
荏原派と呼ばれる配下の者に命じて武器類を車に詰め込ませている。
港湾地区に田中派の重鎮以外が立ち入るのは神奈川第一暴人窟が始まって以来のことらしい。
椎名文麿の
警察、ラバース、暴人窟の間で不可侵条約が結ばれると同時に彼らに倉庫管理者の役目が与えられ、二年前に先代の危篤を聞きつけて外から来た文麿が代替わりした後もずっと田中派が最大派閥の長として治安を保ってきたのだが、ついに歴史が大きく動く時がやって来た。
変化を促したのは新参の爆弾小僧、シンクこと荏原新九郎。
そして現体制の監督者である文麿の決断だった。
長いようで短かったこの半年間。
無理やり放り込まれた暴人窟では様々な出来事があった。
新しい出会いもあれば、死に別れる仲間もいた。
そして気づけばまた外へと出ようとしている。
「どうしたんだい、考え事っ?」
作業する仲間たちを眺めていたシンクに話かける人物がいる。
「なんだ、ハルミか」
「まさか『血染めのシンク』が感傷に浸っていたわけでもないよねっ」
中性的な線の細い少年は声をかみ殺しながら笑う。
仲間たちからはハルミと呼ばれているが本名は誰も知らない。
彼は荏原派の諜報役を務めており、年齢はシンクより少し上らしい。
「これでも血の通った人間だ。引っ越し前はセンチな気分にもなるさ」
「引っ越しねっ。その言い回しはどうかと思うけどっ。ま、オイラと違って新九郎も普通の人間だったってことかっ」
ハルミは肩をすくめる。
シンクはそんな態度に顔をしかめた。
「何がオイラと違ってだ。お前だって人間じゃねーか」
「あはは。あくまで身体上はなっ。忍者たるもの人間らしい感情はとっくに捨てたのさっ」
このハルミという男、忍者の末裔を自称する変わり者である。
もちろんこの現代に本物の忍者が残っているなんてシンクも信じちゃいない。
だが彼が独自の情報網を構築しており、怖ろしいほどの情報集積能力を持っているのは事実だ。
田中文麿の正体、この港湾倉庫の秘密、そして驚くべき事に時には街の外の情報すら仕入れてきた。
「今さらだけど、お前を縛り上げた方が楽にここを抜け出せたんじゃなかったのかって思うぜ」
「残念だけどさすがのオイラも警察の目を盗んで外に出るのは不可能だよっ。現代の警察はすごいよ? 実際。近代装備を使われちゃどうにも身の隠しようがないねっ。僕が一番輝けるのはこの閉鎖された町の中なのさっ」
ハルミの言う通りなのだろう。
彼自身はきっと本当に暴人窟から一歩も出ていない。
しかし、何らかの手段で外の情報を知れる人間と連絡を取り合っているのは確実だ。
彼の本当の目的はなんなのか、どのような理由でシンクに近づいてきたかはわからない。
それでも向かう先が同じ以上は道が違えるまで協力し合えばいいと思っている。
心から信頼していた仲間だって未来はどうなるかわからないのだ。
「最後に確認するよっ。君は本当に史上最悪のテロリストになる覚悟があるのかいっ?」
「今さらだ、とっくに決めたって言ったろ。準備は進んでるし止めろったって誰も聞かねえよ」
ラバースに対する憎悪。
最初は鬱憤晴らしのために戦っていただけだった。
しかし、この町で長く暮らすにつれて、強くその思いを抱くようになった。
組織の勝手な都合で殺されたオムやミカの事を思い出すと今でも腸が煮えくりかえる。
そして何より、ハルミが外から仕入れてきた『とある情報』がシンクの心の針を決定的に振り切らせた。
この日本は今、警察権を完全に掌握したラバースによって乗っ取られようとしている。
反論者を犯罪者として暴人窟に閉じ込め、緩やかに支配の手を広げている。
クリスタカルテルがアメリカ合衆国を乗っ取った時のように。
もはや日本のどこを探してもラバースに対抗できる組織はない。
ならば歴史の歯止めとしての役割は自分が引き受けよう。
「まったく、ご苦労なことやな。これだから若造は……」
声に振り向くと、背後にフクダが立っていた。
その横には信行とツヨシもいる。
「よお久しぶり。二人揃ってどうしたんだ?」
「し、シンクさん……」
シンクはわざとフクダを無視して信行とツヨシに声をかけた。
当然ながら怒りに顔を歪ませたフクダが立ち塞がる。
「おいこらガキ。わざとらしく無視すんなや」
「うるせえなフクダさん。引っ越しの準備で忙しいんでどっかいってくれませんかね」
「んなもん後でワイが手伝ったる。それより話があるんや」
「俺はない」
「まあまあシンク君。福田さんも落ち着いて」
信行が宥めるように二人の間に入る。
ツヨシは気まずそうに三人を交互に見ていた。
「福田さんの話は僕たち鈴木派にも関係あることなんだよ。気持ちは解るけど、うっとうしいと思わずに彼の話を聞いてやってくれないか」
「おいこら岸んとこの二代目。お前もなかなか言うやないか」
止めに入った信行を好戦的な表情で睨みつけるフクダ。
このままではケンカになりそうなので大人しく話を聞いてやることにした。
「わーったよ。なんすか話って」
「おう、それがな。話すと長くなるんやけど」
「僕らも君の行動に協力させてもらえないかと思ってさ」
「おいこら岸んとこの二代目ェ! 人のセリフを取るんやないわ!」
どうにも信行はシンク以上にフクダをからかっている節がある。
だが言葉の内容は聞き逃せるようなものではなかった。
「本気か?」
「うん。僕たちの派閥にも今の社会を憎んでいる人はたくさんいるんだよ。好きこのんでこんな地獄に落ちたやつなんて一人もいないしね」
「ちっ……そういうこっちゃ。ええからワイらにも手伝わせい」
「お前ら三人だけか?」
「んなわけないやろ。うちの派閥の精鋭一〇三人が総出で力を貸したるで」
「うちからは僕たち二人を合わせて六十七名。少なくてごめんね」
シンクはハルミの顔を見た。
全く予想もしていなかった提案なので即座に判断はできない。
ちらりと後ろの男に視線を向けると、ハルミは笑いながら事も無げに言った。
「別にいいじゃん。手伝ってくれるって言うんだからお言葉に甘えようよっ」
「けどよ……」
「プランはもう一度練り直すから構わないよっ。むしろ人数が増える分いろいろと楽になるしね。その代わり、決行は一日遅らせてもらうけどっ」
ハルミがそう言うのなら問題ないだろう。
実を言うと今回の決起を表明したとき、共について来てくれる人間は多く見ても二〇人程度だと思っていた。
しかしいざ蓋を開けてみれば、荏原派の一五二名のうち参加を拒否したのはわずか十一名。
その他の者は喜び勇んでこの脱走計画に賛同した。
手に入った武器の数は予想よりもずっと多かった。
別の倉庫には護送車もあったし、予想より遙かに大規模な作戦になりそうだ。
三〇〇人を超える大所帯。
本来は対立していたグループ同士が共に行動。
果たしてそんな連中を上手くまとめられるのだろうか……?
「くだらねえ」
心配するだけ無駄。
なるようになるだけだ。
暴走したってかまわない。
自分たちをこんな町に追いやった社会のことなんか気にする必要があるものか。
マナに裏切られ、この掃きだめの街に放り込まれた日から、シンクは悪を貫くと決めたのだ。
結果として最悪のテロリストと呼ばれようが復讐を果たせるのなら構わない。
「ツヨシ」
「はっ、はい!」
声をかけると、ツヨシは背筋を伸ばし裏返った声で返事をした。
シンクはそんなかつての舎弟の姿を見て笑う。
自分の元を離れて信行のグループに入ったことを今も後ろめたく思っているのだろう。
生き延びるために選んだ彼の行動を責めるつもりなどない。
むしろ今日までよく無事でいてくれたと言ってやりたい。
「約束は果たした。いよいよ反撃の時だぜ」
「シンクさん……ありがとうございます!」
握り締めた拳を差し出すと、ツヨシは少し気恥ずかしげに自分の拳を当ててきた。
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