3 共同戦線

 なんとか敵集団の囲みを抜けたが、後ろからは角付き馬が一体、猛スピードで突進してくる。

 シンクは足を止めると振り向きざまに拳を突き出した。


「おらっ!」


 轟音と炎の渦がほとばしる。

 シンクの六つの能力のうちの一つ≪爆炎の魔神イーフリートブラスト

 爆炎を上げるその能力を全開にして放つ必殺技『バーニングボンバー』だ。


 シンクのJOY≪七色の皇帝セブンエンペラー≫は他の能力を劣化コピーする能力である。

 現在取得している中には、感情を色に変えて読む力もあれば、瞬間移動なんかもある。


 かつて友人が使っていたこの≪爆炎の魔神イーフリートブラスト≫のコピーは、本来の持ち主の死を境に本家と遜色のない力を得た。


 忘れ形見のような形で手に入れたこの力は単体で班長クラスに匹敵する。

 全力の一撃を食らった角付き馬は、煙が晴れた後には塵一つ残っていなかった。


「うおっ! すげえなあんた!」

「よそ見してんな、急げ!」


 シンクは大げさに驚いているマコトを急かしながらまた走り出した。

 今ので怯んだのか、残りのモンスターたちは追って来ない。

 この隙にできる限り遠くへ逃げたいところだ。


「戦闘は私と新九郎さんでやります。マコトさんは索敵に専念して、モンスターの密度が低い方向を指示してください」

「あいよっ」

「どうするつもりだ?」


 逃げてばかりで解決するものでもない。

 三人は走りながら作戦を確認した。


「この空間から脱出する方法を探します」

「あてはあるのか」

「ここがゲーム世界の中だというのは認めましょう。ですが、気づかないうちに入り込んでしまったのはやはり不自然です。この空間に私たちをこと自体はなんらかの能力であると推測します」

「なるほど、一理あるな」


 その仮説には説得力がある。

 仮想空間とは別に、この中へ送り込むような能力があるということだ。

 機械の性能だけで自在に人を仮想世界に送り込めるなら、暗殺も誘拐もやり放題になってしまう。


「でも、それがわかったからってどうするんだ? 能力者が一緒に中に入っているとは限らないし、俺たちを閉じ込めた後は悠々と外で見てるかもしれねえぞ」

「いいえ。私たちを閉じ込めた者は必ずこの空間内に存在します」

「なんで言い切れるんだよ?」


 和代の自信の根拠がわからず、シンクは先を促した。


「ルシフェルのアホはボスモンスターがいると言っていましたよね」

「言ってたな」

「私たちの捕縛が目的ならモンスターを置く必要なんてありませんわ。閉じ込めた時点で彼らの勝利は確定。そこで終わらせず、で障害を用意する意味を考えてみれば、自ずと答えはでてくるのではないでしょうか?」

「能力発動の時点で捕縛は完璧じゃない……ゲームクリアって概念があるってことか!」


 マコトが答えると、和代は首を縦に振った。


「んじゃ、ザコ戦をできる限り避けながら当たりのボスを探してぶっ倒せばいいわけだな」

「その必要はありません。私たちはただ待てばいいのです」

「何を?」

「暴れたがりのバカがすべてのボスを倒すのを、です」




   ※


 街を風が通り抜ける。

 まるで大砲の砲弾のよう。

 あるいは小型のジェット機か。


 風圧で周囲の雑魚モンスターを吹き飛ばしながら、ショウは仮想現実の街を飛び回っていた。

 すぐ後ろにはマークが半電子化を繰り返しながら小刻みな跳躍を繰り返してついてくる。


「そこの角を曲がったところだ!」


 マークが大声で呼びかけた。

 ショウは返事をしなかったが、言われた通りにブロック塀に囲まれた十字路を右折する。


 目の前には黒ずくめの男がいた。

 スーツにサングラスなどというレベルではない。

 全身タイツを被ったように、上から下まで黒一色の『人型の何か』だ。


 ショウは敵の姿を見るなり躊躇無く愛刀『大正義』で斬りつける。

 相手がただの人間ならそれで首を刎ねていたことだろう。


 しかし、刃は黒ずくめの首に中程まで入り込んだところで止まった。

 まるで鋼鉄の芯が入っているかのようにそれ以上の侵入を拒んでいる。


 ショウは即座に刀を引く。

 慣性を無視した急転回である。

 強化した刀身には刃毀れひとつ無い。


「こいつも硬えな、おい!」


 黒ずくめが腕を振り回す。

 真っ黒な腕が勢いよく伸びる。

 しなる鞭のようになって二人を襲う。


 ショウは≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫でガード。

 マークは電子化による緊急回避で避けた。


「手強そうだね。どうする?」

「どうするって決まってんだろ!」


 いちいち聞くな、とばかりにショウは再び敵に突っ込んでいった。

 マークが呆れてため息をつくと同時に、二度目の斬撃が黒ずくめに叩き込まれる。


 今度は刀による直接攻撃だけでは終わらない。

 ショウの体から無数の風の刃が吹き出す。


「そらそらそらっ!」


 黒ずくめの前身がズタズタに裂かれる。

 だが、それも致命傷にはなっていなかった。


 黒ずくめが両手を挙げる。

 さっきの攻撃がもう一度来る。

 攻撃中の無防備なショウめがけて。


 だがショウは防御姿勢を取ることはなかった。


「これなら……どうだァ!」


 敵の攻撃が当たるより早く、圧縮した空気を纏った拳を黒ずくめの顔面に叩きつけた。


 黒ずくめの上体が不自然に折れ曲がる。

 下半身は地面に張り付いたように動かない。


 ショウは折れた体の中心を刀で薙いだ。

 今度は途中で妨げられることなく見事に胴体が両断される。


 吹き飛んだ上半身が地面につくのを待たず、下半身を含めた黒ずくめのすべてが消失する。

 二体めのボスモンスターの撃破を見届けたマークはホッと肩をなでおろした。


「どうやら偶然にも弱点を攻撃したみたいだね」

「……物足りねえな。次行くぞ、次」


 ショウは刀を消して拳を鳴らした。

 そしてまたふわりと宙に浮かび上がる。


「ちょっとくらいは休憩してもいいと思わないかい?」

「んな悠長なことしてボスを他の奴らに取られたらどうすんだよ」

「誰も取りはしないと思うよ。別に点数を競ってるわけじゃないんだしさ」

「いいから行くぞ。はやく次のボスの居場所を調べろよ」


 まったく、やれやれだ。

 熱中しているショウを止めることは誰にもできない。

 マークは諦めて電磁波を周囲に飛ばし、ボスモンスターと思われる反応を探った。


「向こうの方角、二キロくらい先に反応があった。今度はずいぶんと大型だ」

「よし、遅れんなよ」


 ショウは再びロケットのように飛び立った。

 哀れにも近づいていた紫の狼が衝撃波を受けて壁に叩きつけられ消失する。

 完全にレーダー役にさせられたマークはため息を吐きつつ、ショウを見失わないよう急いで後を追いかけた。

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