3 本家と紛い物の差

 同格以上のスペックを持つ三体の敵をテンマは完全に翻弄していた。

 しかし、口で言うほど圧倒的に余裕があるわけではない。


「く……なんの、まだ勝負は始まったばかりだ!」


 最初に倒した敵がふらつきながらも起き上がる。

 扱い方はともかく、防御力は使用者には左右されない。


 先手必勝の一撃から馬乗りになっての連続殴打でも倒せなかった。

 起き上がった相手はたいしたダメージも受けているように見えない。


 むしろ自分の拳の先に僅かな綻びを感じる。

 ふざけたことに、強度はややあちらの方が上のようだ。


「作戦変更! 俺が正面から奴と相対する! お前たちは敵の動きに注視して、確実に攻撃を当てていけ!」


 しかも相手は意外と冷静で、一番厄介な戦法をとるつもりのようだ。

 こうなったら一人を相手に集中して闘うことは難しい。

 とは言え、負けるつもりなど微塵もない。


「はっ、かかってきやがれ!」


 四体の巨人が入り乱れる怪物戦争がはじまった。


 テンマはあくまで正面の敵を狙い続けた。

 その他の二体からは致命傷を受けないよう上手く防御しがら戦う。

 やはり敵は能力の扱いに慣れていないが、連携は非常に巧みでテンマを手こずらせた。


 目まぐるしく動き回る四つの巨体。

 いつしか戦場は大綱橋の上へと移っていた。


「立ち位置に気をつけろ! 奴は川への落下を狙っているぞ!」

「狙ってねえよ!」


 指示を飛ばすリーダーらしき男に文句を言いながら、テンマは激しいラッシュを繰り出した。


 足を踏み込みながら右、左と交互に拳を叩きつける。

 相手は防戦一方になるが、すぐに左右から別の敵が襲いかかってくる。

 しっかりと地面を踏みしめて耐えるが、敵の攻撃はこちらの装甲を確実に削り取っていく。


「くっ、しまった!」


 正面の敵のガードが崩れた。

 テンマはここぞと猛攻をかける。

 ワンツーから振り下ろしぎみの強打。


「オラオラオラオラオラァ!」


 倒れた敵に再度馬乗りになり、何度も何度も殴りつける。

 やがて白い装甲に大きな亀裂が走った。


「ぐわああああっ!」


 敵の≪白き石の鎧≫が脳天から二つに割れる。

 中身の人間を吐き出して、装甲はあっさりと霧消した。


 強制的に能力を破壊された操縦者はその衝撃に気を失って路上に倒れ込む。

 こうなったら踏み潰すだけで簡単に命を奪えるが、そこまでするつもりはなかった。


 苦労したが、ようやく一体倒した。


「敵は弱っている! 次は俺が前に出るから、サポートを頼むぞ!」

「おうよ!」


 すでにテンマの纏うアスファルトの鎧はボロボロである。

 あと数回攻撃を受ければ敵と同じように装甲を破壊されてしまうだろう。

 数が減ったとはいえ、さっきと同じ戦法を取られてはやられるのは時間の問題である。

 敵は最初から一人くらいは倒されるのも織り込み済みなのか、諦めて引いてくれる様子もない。


「ふぅ……」


 密閉された鎧の中でテンマは大きく息をついた。

 すると、彼を包むアスファルトがボロボロと剥がれ落ちる。

 数秒と待たずに装甲は形を失い、中からテンマの身体が現れて地面に立った。


「何? どういうつもりだ……」

「いや、もう十分わかった。その白い鎧より俺の方が強え」


 あのまま戦い続けたら遠からず『燃ゆる土の鎧』を破壊される。

 能力破壊の衝撃で気絶したら、こちらの負けは確定だ。

 そうなる前に自らの意思で解除したのである。


「舐めるなよ、アミティエの班長。俺たちはお前を狩りに来たんだぜ。能力を解除したからといって降参は許さない。無防備なお前を遠慮なく叩き潰すだけだ」

「ならそうすりゃいいだろ」

「……どうやら敗北を受け入れたようだが、手加減はしない。グチャグチャになって後悔しろ!」


 怒気混じりの声をあげて白い鎧が駆けてくる。

 テンマはその場から一歩も動かない。


 ただ、近づいてくる巨大な拳に向けてそっと手を伸ばした。

 巨体の腕と比べるとあまりに貧弱な生身の体が≪白き石の鎧≫に触れる。


「な……?」


 敵の巨体がひしゃげ、まるで水に流されるように崩れ落ちていく。

 装甲を失って中から出てきた人間は、何が起こったのか理解できない様子でたたらを踏んだ。


「オラ!」


 その横っ面をテンマは石のナックルを纏った拳で殴り飛ばした。


「ぐげっ!」


 歯の数本は折った手ごたえがあった。

 殴られた敵は地面をバウンドして転がって行く。


「あ、あ……」


 びくびくと痙攣する男。

 戦闘続行はどう見ても不可能だ。


「な、なんだ? 何が起こった?」


 残った最後の一体もまた現状が理解できていない様子である。

 テンマは倒した男の手から零れた真っ白なジョイストーンを拾い上げながら説明をした。


「お前らの能力はただ装甲を操るだけだ」


 手にしたそれを一瞥した後、無造作に川の中へと放り投げる。


「忘れてんだろ。俺の≪大地の鬼神ダグザズレイジ≫は大地、言いかえれば土や鉱物を操る力だ。『燃ゆる土の鎧』はその副産物で、あくまでも技の一つに過ぎねえ」


 無表情な仮面の下に怯えの表情を浮かべているであろう敵を見てニヤリと笑う。


「お前らの鎧なんざ最初っから俺の能力の支配下なんだよ」


 いくら頑強な装甲を持っていようと関係ない。

 それが石から作られている以上、テンマの能力で自在に崩すことができる。

 無理やり装甲を解除することなんて朝飯前だ。


 本当は最初からこうすればよかったのである。

 本物とか偽物とか言う以前に、あの能力はテンマの敵ではないのだ。

 わざわざ同種の技を用いて一体を正面から叩き伏せたのは、力比べでも負けないという、テンマ個人の矜持に過ぎない。


「さあどうする? 俺の身体に触れずに倒せるか試してみるか、しっぽを巻いて逃げるか……ああ、降参は許さないぜ。俺はもうお前を狩る気なんだからよ」

「ひ、ひっ……」


 完全に狩られる立場になった敵は恐慌に陥り、背中を向けて逃げ出した。

 その無防備な巨体はテンマが足を踏み鳴らして作った地割れに躓いて橋の上に倒れる。


「あーあー。こりゃ修繕が大変だぞ。道路工事の人の身にもなれってんだ」


 自分の行動を棚にあげて白い巨体の背中を思いっきり踏みつける。

 軟化した≪白き石の鎧≫はテンマの足を軽々と内部に受け入れた。


「い、痛い、いだい!」


 中身の人間は纏った装甲が邪魔をして逃げることもできない。

 背中に深刻なダメージを受けるのを防ぐことができない。

 ぼきり、骨の折れる鈍い音が響いた。


「ぐぇ」

「さて、と……」


 敵は三体とも片付けた。

 テンマは橋の向こう側へと目を向ける。


「にっ、逃げろぉー!」


 周りで見守っていた雑魚どもが単車を翻し、倒れた仲間を見捨て逃げようとする。

 だが、その決断はあまりに遅かった。


 橋を渡ってすぐの丁字路。

 左方から彼らのバイクとは違う轟音が近づいていた。

 複数の違法改造二輪車が県道一四〇号線方面から現れて敵の逃げ道を塞ぐ。


 人払いの能力の効果は続いている。

 やってきたのは能力者集団で、その数は三十人ほど。


「ひ、ひえっ!」

「なんだ!? なんだ!?」


 表の顔は神奈川最大の少年チーム、ブラックペガサスの幹部たち。

 裏の顔はアミティエ第二班のメンバーだ。


「お待たせしましたぁ、総長!」

「こいつらヤッちゃっていいんすかぁ?」


 別にテンマが呼んだわけではない。

 どうやら危機を察して勝手にやってきたようである。

 暇な奴らだなと思いつつ、テンマは面倒臭くなって適当に命令を下す。


「好きにしろ」

「ひゃっはー!」


 総長の許可を得た不良たちは、自分たちのリーダーを襲撃した不届き者に、容赦のない制裁を加えていった。

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