3 SHIP能力者が生まれる理由

 ところが、意外にもひまわり先輩に会う機会はすぐに訪れた。


「……なにやってんすか」

「テレビ見ながらお菓子を食べているのだけど、そんなことも説明されなきゃわからないの?」

「ひとん家で何やってんのかって聞いてんだよ!」


 家に帰ったら、なぜかひまわり先輩がくつろいでいた。

 鍵は掛けて出たはずなのにどうやって忍び込んだというのか。


「大声出さないでちょうだい。レンの様子を見に来ただけよ」

「だったら一言声かけりゃいいだろうが。携帯端末の番号は知ってんだろ」


 シンクの怒りにもひまわり先輩は動じない。

 彼女はテレビを消すとその場で上半身を伸ばした。

 ちらりとめくれたシャツの隙間から覗く素肌も、目を瞑ったまま可愛らしく「んん~」と漏らす声も、シンクの怒りを紛らわす効果はない。


「数年前と比べてずいぶんテレビは面白くなったと思うわ。やっぱりイジメと笑いと勘違いしたバカな芸人に好き勝手喋らせておくより、きちんとプロの作家が台本を作って演出を重視するのが正しいわよね。お笑い芸人は台本を忠実に遂行するためのアクターに徹するべきなのよ。やらせだなんだと文句を言う奴は真の笑いというものを理解していないわ」

「あんたのお笑い批評なんて聞いてねえよ。邪魔だからさっさと出て行けよ」

「いーやー」


 ひまわり先輩はまたその場でごろりと寝転がる。

 こいつ絶対ここを自分の家だと勘違いしてるだろ。


 ふと、シンクは違和感を覚えた。

 今日の態度はどうもひまわり先輩らしくない。


 突飛な行動はいつものことだが、普段ならシンクの言葉使いを咎めたり、逆切れと言っていいような反撃をしてくるはずだ。

 突っ込みのためのアイスクリームパンチを取り出すこともなく、駄々をこねる子供のようにゴロゴロと畳の上を無防備に転がる。


「……どうかしたんですか?」

「べっつにー。私ぜんぜんいっつも通りだしー」

「その喋り方が全然いつも通りじゃないんですけど。何かあったなら話してくださいよ」


 まさか落ち込んでいるわけではないだろうが、こんな奇妙な状態のひまわり先輩を無理に放りだすのも気が引ける。


「ここに来たのは本当にレンの様子を見に来ただけなんだけどね」


 ひまわり先輩は起き上がってシンクの顔を見る。

 いつもの冷たい目つきはそこにはない。


「本社で面倒事があってね。大量のジョイストーンが盗まれたのよ」

「はあ?」


 予想と違った答えにシンクは拍子抜けした。

 いや、十分に大事件ではあるのだが。


「まだ誰のものでもない、能力が付与されていない原石状態のジョイストーンが五〇個ほど、ごっそりと保管室から消えてたの。この時期に余計なことをやってくれたどこかのバカのせいで非常に面倒なことになってるわ」


 ジョイストーンが一般の人間の手に渡った場合を想像してみる。

 多分、特性や危険さを知ることもなく能力を行使してしまうだろう。


 以前に言っていた能力者の存在を世間に公表させるという計画にも悪影響を及ぼす。

 盗み出した犯罪者によって存在が明らかになるという事態はおよそ最悪と言える。


「近いうちに俺たちにも捜索の命令が下るわけですね」


 これだけの一大事ならレンの時のように班の枠を超えた大規模な活動が行われるのだろうとシンクは思ったのだが、


「いいえ、今回は班の力は借りないわ。あなたも他のメンバーたちには内緒にしておいてね」

「え、なんで……」


 問い質そうとして、シンクは思い立った。


「もしかして盗んだ犯人の目星がついているんですか?」

「ええ。十中八九、反ラバース組織の仕業よ」


 公共の電波に乗せて奇怪な放送を行い、ラバースコンツェルンに対する悪評を振りまく謎の秘密組織。

 ほとんど都市伝説のような存在だが間違いなく実在し、アミティエ他のラバース傘下の能力者組織と争った事もあるらしい。


「易々と社内に侵入を許したことも問題だけど、何のために危険を冒してわざわざ盗み出したのかその理由がわからないの。まさか一般人を勧誘して組織の戦力増強を行うってわけでもないでしょうし」

「そもそもなんですけど、反ラバース組織って一体何者なんですか?」


 シンク自身は一度も反ラバース組織という奴らを見たことがない。

 一度はアミティエに捕まったレンを逃がしたのもそいつらだという話は聞いたが……


「文字通りにラバースコンツェルンに反抗する奴らの集まりよ。ラバース傘下企業には属してないけど、私たちと同じJOY使いね」

「ラバース傘下に属してないのになんでそいつらはJOYを使えるんですか」

「さあねえ? ただ、元を辿れば何らかのラバース関係者ではあるんでしょうけど」


 シンクはふと昼間にマナとの会話の中で生じた疑問を思い出した。


「ちょっと話が変わるんですけど、いいですか?」

「何?」

「SHIP能力者の発生する場所って南関東に集中してますよね。特にこの辺、神奈川東部ばっかりに。人口なら神奈川より東京の方が多いのに、それだけ偏るのって何か理由があるんですか?」

「あら、あなた知らないの?」

「なにがですか」


 無知を責めるするような言い方にムッとしたのもつかの間。

 シンクは彼女の口から衝撃的な事実を知らされる。


「ここ数年で現れてるSHIP能力者はね、全員がたった一人の男の血を引く兄弟なのよ」




   ※


「特異点の男」


 先を歩くダイキがボソリとその名を呟いた

 オムと共に湘南藤沢駅南口側に広がる繁華街を歩いている途中である。

 突然その単語を発したことにギョッとしたが、雑踏の中で彼の呟きに注目する人間はいない。


「俺たちの父親がそう呼ばれているのは知ってるよな」

「……ああ」


 オムは生まれた時から片親である。

 このご時世では珍しいことではないし、同じ境遇なのは彼だけではない。

 SHIP能力者と呼ばれる人間はすべてが父親のいない家庭で育ったはずだ。


 理由は一つ。

 父親は生まれる前に姿を消しているから。


「この辺りじゃ初代タイタンズをたった一人でシメた伝説の男ってことで有名だ。当時はまだ対暴殲滅法施行前で、ヤクザの事務所もいくつか潰してることから、正義の男だって称える奴もいる」


 オムがアミティエ第四班をまとめ上げるまで、戸塚、鎌倉、藤沢にかけての少年グループの乱立は戦国時代の様相を呈していた。

 しかし十数年ほど前に一時的にたった一つのグループが街を支配していた時代があったと言う。

 それが初代タイタンズである。


 グループはひとつにまとまったことで暴力の矛先を一班の人たちに向けた。

 その支配を打ち砕いたのが特異点の男と呼ばれる人物だったのだ。


「事実はそんな奇麗なもんじゃねえ。出会った女を片っ端から手込めにしては余計な敵を作って、そのたびに歯向かう男を全部返り討ちにしてたってだけの話だ」


 その男はSHIP能力者であった。

 能力がどのようなものであったかはわからない。

 だが、どうやら人の意識を操る類の能力であったらしい。


 SHIP能力者特有の身体能力の高さもあり、武装した少年集団も敵ではなかった。

 五〇人を相手に戦って一人で全滅させたという伝説も残っている。

 さすがに多少は脚色されているとは思うが。


「ここ数年で目覚めた日本中のSHIP能力者は全部そいつのガキなんだと。いくら男女比のバランスが崩れて女余りとはいえ、刺し殺されても文句は言えないドスケベ野郎だぜ」

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