6 四班の集会へ

 次の土曜。

 シンクは約束通り、午後十時に戸塚中央駅の東口バスロータリーにやってきた。


 小坂駅と平沼駅の間にある戸塚市の中心駅。

 近年の再開発の影響もあって、夜でもかなりの賑わいを見せている。

 ちらほらと表示板を赤く光らせたバスが通り過ぎる中、人通りはまったく減る様子がない。


 そんな中でロータリーに一台の黒塗りの車が入ってくる。

 車がシンクの前で停まると、おもむろに助手席のドアが開いた。


「やっほー! あなたがシンクくんね、よろしくぅ!」


 日に焼けた小麦色の肌。

 脱色し過ぎで白に近い金髪。

 加えてこの頭の悪そうな喋り方。


 典型的な一時代前のギャルである。

 自分の名前を知っている理由も話しかけてくる意味もわからない。

 もちろん知り合いなどでは断じてないのだが……


「すまん、待たせたな」


 運転席からオムこと亮が現れて、これが迎えの車だと気づいた。


「さ、乗って乗って」


 ギャルに勧められるまま助手席に座らされる。

 シンクを無理やり車に押し込めたギャル自身は後部座席に収まった。


「で、どこに行くんだ」

「やーん。シンクくんいけずぅ。ちょっとはアタシのこと気にしてよぉ」


 無視するつもりで亮に話を振ったのに、ギャル女は自己主張激しく身を乗り出してくる。

 シンクが顔をしかめていると亮は苦笑しながら彼女のことを紹介した。


「うちの班員のミカだ。来る途中に捕まってしまって、仕方なく一緒に運ぶことになった。御覧の通りにうるさい奴だが我慢してくれ」

「オムちゃんひどーい。っていうわけで、ミカでっす! よろしくぅ!」

「あー、はいはい」


 シンクはまともに相手をせず手を振ってあしらった。


 車はロータリーを離れて国道を進む。

 知らないうちに作られていた地下道を通って平沼方面へ。

 開かずの踏切はいつの間にか車両通行自体が禁止になったらしい。



「この前はうちのバカが世話になった」

「え?」

「俺が目を離した隙にちょっかいを掛けられたのだろう。翌日に報告を受けた」


 シンクは首をひねって記憶を辿る。

 数秒ほどかけて、ようやく思い出した。


 ゲームセンター内とその帰り道のこと。

 第四班のメンバーに絡まれたので適当に懲らしめてやった事だ。

 普通に今まで忘れていた。


「別にどうでもいいよ。それより、今日の段取りはしっかりしてるんだろうな」

「その件だが、実はマズイことになった」

「マズイこと?」


 シンクたちが真面目な話を始めると、ミカとかいうギャルは口を閉じた。

 車のエンジン音が響く車内で亮は非情に重大な事実を告げる。


「実は班内で俺を弾劾する動きがある」

「おいおい、マジかよ」


 人望がないことは聞いていたが、そこまで切羽詰まっているのか。


「残念ながら本当だ。今日の集会はそれを決議する場でもある。次の班長を誰に据えるかは具体的に決まっていないが、メンバーの何人かはとにかく俺が班長であり続ける事が気に入らないらしい」

「っていってもリュウとかヤスとか一部の人間が騒いでるだけだけどねー。あいつら本当バカ。表のグループのリーダーって肩書きに拘って、オムちゃんが甘いからつけ上がってんのよ」


 不満そうな声でミカが話しに入ってきた。

 シンクは彼女に問いかける。


「あんたは亮……じゃなかった、こいつの事を批判しないのか」

「するわけないじゃん、オムちゃんこんな優しくて強いのにさ。今日だって班を結束させるためにシンクくんに声かけたんでしょ? オムちゃんの他にあの四班を纏められる奴なんていないよ」


 口ぶりは軽いがよくわかっている女だ。

 シンクはミカに対する評価をわずかに改めた。


「……まあ、残念なことにオムちゃんの凄さがわかってない奴がうちの班には多すぎるんだよ。リュウとか自分の方が強いと本気で勘違いしてるし」

「実際の所はどうなんだ?」

「リュウもそこそこ強いが、さすがに班長クラスではないな」

「なら普段の活動で力の差を見せつけてやる機会はいくらでもあるだろ」

「俺のJOYは相手を傷つけ過ぎてしまう。SHIP能力者の捕縛ではもっぱら逃げ道を塞ぐなど裏方を務めている」


 確かにあの能力はあまり使い勝手が良いとは言えなそうだ。

 純粋な破壊のための能力なので、意外に使える状況は限られてくる。


「だったら本人に体で教えてやれば済むだろ。文句あるならかかってこいって言ってやれよ」

「それはダメだ。俺は班員に対して暴力を振るうようなことは絶対にしない」

「なんでだよ」

「班長が仲間を傷つけるなどあってはならないことだ。たとえそれが原因で立場を失おうとも、それだけは決してやってはいけない」

「ねー、オムちゃんこういう人だからさー」


 亮の心掛けは立派だと思う。

 しかしシンクはミカと同じく腑に落ちない。

 本当にこいつは優しすぎてリーダーに向いてない奴だ。


 力で従わせることを良しとせず、考えた末に思いついた解決策。

 それがシンクに協力を仰いで班内の意識の統一させることだと言う。

 事が班長の弾劾にまで進んでいる以上、それも上手くいくと思えないが。


「ほら、もうすぐ着くぞ」


 車は国道を逸れて陸橋を渡る。

 路地を抜けて狭い坂を上っていった。


 進行方向の先がやたらと明るい。 

 耳障りなエンジン音が喧しく鳴り響いている。


 第四班のたまり場は繁華街から離れた丘の上のグラウンド脇の駐車場である。

 ここから坂を下れば吉田新道のインターが見えてくる。

 交通の便は悪くはない。


 駐車場に入ると、ヘッドライトの光の洪水が溢れた。

 視界が一時的に効かなくなった直後、一台のバイクが飛び出してきた。


「くっ!」

「うおっ!」

「きゃあぶっ!?」


 亮が急ブレーキを踏む。

 シンクはシートベルトが肩に食い込むだけで済んだ。

 ミカは思いっきり前部座席に顔をぶつけてしまったようだ。


 バイクは車の行く手を阻むよう腹を向けて目の前で停車している。

 乗っている男はこちらを見ながらにやついている。

 明らかに悪意ある進路妨害である。


「よお、待ってたぜオム。さすが班長様は重役出勤で羨ましいぜ」


 どうみても明らかにケンカ腰の態度である。

 班長に対する不信が予想以上に高まっていることを改めて確認する。


 亮は窓を開いて顔を乗り出した。


「悪いがそこをどいてもらえるか。話は車を降りてから聞く」

「おっと、わりぃわりぃ」


 男がバイクをほんの少しだけ前進させた。

 十分な進路を取れず、亮は目いっぱいハンドルを切って男を避けて進もうとした。


「っ!」


 そこに別の男が割り込むように飛び出してきたため、再び急ブレーキを踏む羽目になった。


「おいおい、危ねーだろうが。班長様がメンバーを轢き殺すつもりか?」

「くっ、こいつら……!」


 ミカは歯がみしつつ割り込んできた男を睨みつけた。

 サングラス越しでハッキリとはわからないが、亮は平静を保っているように見える。


 シンクはバイクの男を見た。

 その男は以前に会った覚えがある。

 どこかの中学だか高校だかで頭を張っていた男だ。


「おい亮。お前の所はいっつもこんな感じなのか?」

「ちょっとした悪ふざけだ。こいつらも活動中はしっかり言うことを聞いてくれる」


 シンクはちらりと後部座席を振り返った。

 外に聞こえる可能性を考えてか、ミカは黙って力強く首を横に振った。


「で、お前はこのままでいいのか?」

「あまり好ましいとは言えないが、それも今日で変わるだろう。正式に第三班と盟約を結べば……」

「んなわけねえだろが」


 シンクはドアを開いて車の外に出た。

 多少の怒りを込めてドアを力いっぱい閉め、吐き捨てるように呟いた。


「こういうバカはしっかり教えてやらねえといつまでも治らねえよ」

「あ? なんだテメー」


 バイクの男がシンクにガンを飛ばしてくる。

 シンクは平静に受け止め、挑発するように口の端を吊り上げた。


「よう、久しぶりだな」

「誰だよ。テメーなんか知らね……」

「お、おいリュウ!」


 右から割り込んできたもう一人の男が慌てて静止する。


「こ、こいつ……シンクだよ! 紅蓮のシンクだ!」


 恥ずかしい過去の二つ名を大声で呼ばれて頬をひくつかせる。

 だが非常に効果的だったようで、リュウと呼ばれた男の顔がみるみる青ざめていく。


「な、まさか、本当にシンク……いや、シンクさんなんすか!?」


 シンクにとっては名前すら覚えていなかった相手である。

 しかし以前に叩きのめしてやったことだけはうっすらと記憶していた。


 四班の主要メンバーは近隣で名の売れた不良少年だと言う。

 中学時代にシンクとやりあった者も多いのだ。


 ざわめきが伝染し駐車場中に広がって行く。

 よく見れば彼らはいくつかの集団に分かれていた。

 それがきっと表の少年グループごとの纏まりなのだろう。


 この辺りの同年代から二つ上までの不良でシンクの名前を知らない奴はいない。

 リュウとは違う別の男が恐る恐るシンクの顔を覗きこんでくる。


「あ、アミティエの三班に入ったって噂は本当だったんすね。今日はいったい何の用っすか?」

「決まってんだろ」


 シンクはポケットの中でジョイストーンを握りしめた。

 淡い光が全身を覆い体の奥底から力が溢れてくる。

 目の前の男の胸倉を掴みあげて投げ飛ばす。


「新九郎!?」


 後で亮が声を上げたが、シンクは構わず声高に宣言する。


「班としてのまとまりもねえお前らを、今日からこの俺が支配してやろうってんだよ!」

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