6 殺人許可証

 集まったメンバーの中にはマナの言う通り前回の集会の時には見られなかった人間も多くいた。

 駅舎近くで固まって大声で喋っている一番大きな集団はほとんどが前回も見た顔である。

 それ以外は数名ずつ、まばらに集まって何やら思い思いの過ごし方をしていた。


 時刻は午後九時少し過ぎ。

 こんな時間に三十人近い若者が埠頭へ集合しているのだ。

 この光景を傍から見れば、どう考えても真っ当な集団には思えないだろう。


「これ、警察とかに見つかったら問題になるんじゃないんですか?」


 シンクは隣でしゃがんだまま携帯端末をいじっているマナに話しかけた。


「大丈夫だよ。だってほら」


 マナが道路の先を指差す。

 白黒ツートンの車が大挙して押し寄せて来るのが見えた。

 パトランプは点灯していないが、パトカーを見ると思わず身構えてしまう。


 一台が埠頭に入ってくると、それを皮切りに次々と警察車両が埠頭の入口を固めた。


 パトカーだけじゃない。

 装甲車やバリケードなんかもいる。

 即座に封鎖を完了した見事な手際はさすがと言うべきか。


 不審な集会を行っている若者の集団を補導しに来たのか。

 それにしては武装があまりにも重々しい。


「ちょ、ちょっとマナ先輩。これってやばいんじゃ……」

「大丈夫だって」


 しかし、警察の登場にうろたえているのはシンクだけのようだ。

 他のメンバーは埠頭入口を封鎖した警察を気に止めようともしない。


 一台のパトカーの後部座席から見慣れた二人の人物が降りて来た。

 ひまわり先輩とアテナさんだ。


「みなさん、御苦労さま」

「お疲れ様です!」


 ひまわり先輩が周りを見回しながら偉そうに声をかける。

 驚くことに近くにいた警察官たちは彼女に対して敬礼をしていた。


「警察は味方だよ。というか今回はあの人たちの依頼で集まったんだから」


 警察から依頼を受けるとか、どれだけ本格的な秘密組織だよ。

 能力という概念が一般的ではない以上、普通の人間では手を出せない分野もあるのだろう。


「ってことは、これからここで能力者同士の戦いがあるのか……」


 前に臨海公園で能力者同士の戦いは見た。

 あの時に出動していたのはたったの三人だけ。

 人数から考えても、今回は規模が相当大きそうだ。


 それに警察の数が尋常ではない。

 おそらく彼らは一般人に対するガードなのだろう……とシンクは考えたのだが、


「ううん。単なる密入国者の取り締まり」

「それこそ警察の仕事じゃね!?」


 なんと普通の犯罪者が相手だった。

 確かに密入国者の対応は大事だが、能力者が出しゃばる必要はあるのか?

 ここ最近はいろいろ不祥事続きとはいえ、日本の警察はそこまで頼りにならないわけでもないだろう。


「うーん、そうなんだけどね。そこはギブアンドテイクというか、警察は民営化してから経費削減に必死だし、アミティエも権力者に恩を売っておきたい。というか能力者組織って外から依頼を受けて活動しないと会社にとっては何の利益も出せないただのお荷物なんだよね。ぶっちゃけ言うとSHIP能力者の捕縛とか単なるボランティアだから、お金を稼ぐための依頼ってけっこう重要なんだ」

「うわー。なんかいろいろと腐ってるんですね」

「でも夜中にみんなで集まって何かするの楽しいよ! 港のオレンジ色きれい!」


 そういう問題ではない気がする。

 というかマナの軽さはかなり深刻だ。

 この人は将来とか大丈夫なのだろうか。


「みんな、集まってーっ!」


 アテナさんが集合の声をかける。

 あちこちに散らばっていたメンバーたちが彼女の元に集まった。

 アテナさんとその隣のひまわり先輩を取り囲むように、三十数人の男女が半円状に並ぶ。


「お疲れ様。夜中に集まってもらって悪いわね」


 警察の人たちにしたのと同じように、メンバーに労いの言葉をかけるひまわり先輩。

 なぜか今日は黒一色のドレス姿で頭には大きな帽子を被っている。

 ずいぶんと動きにくそうな格好に見えるが……


「今回は久しぶりに大規模な仕事になるわ。今からライセンスを配るから気を引き締めてね」


 その言葉を聞いた途端、空気が変わるのを感じた。

 この前のように実際に周囲の気温が下がったわけではない。

 夏場の夜風が生暖かい潮の香りが漂う港湾部で、若者たちが一様に気を引き締めたのだ。


 ひまわり先輩はカバンからカードの束を取り出した。

 それを一枚ずつメンバーに配りはじめる。


「前回の失敗は気にしないで。今回は期待しているわよ」

「はい」

「今夜は出番が少ないかもしれないけど気を抜かないようにね」

「はい」

「新しい能力の使い方は頭に入っている?」

「もちろんです」


 端から一人一人に声をかけながら手渡ししていく。

 何を配ってるんだろう? まさかVIPカードじゃないよな。


 マナに聞いてみようかと思ったけれど、彼女もまた普段では見られないほど真剣な表情だったので、なんとなく話しかけるのが躊躇われた。


 まあ、もう少し待てばわかることだ。


「マナ、あなたは自分の身を守ることを最優先なさい。絶対に無茶してはダメよ」

「うん。わかってるよ」


 ひまわり先輩がマナに銀色のカードを渡すのを横目で見る。

 次はシンクの番だ。


「今夜はあなたの初めての活動になるわ。最後まで気を抜いてはダメよ」

「はあ……」

「あなたがやるべきことはマナに伝えてあるから、状況が変わったらすぐ彼女に指示を仰いで頂戴。いいわね? 何度も言うけれど気を抜かないで。これは遊びじゃないのよ」


 気のない返事が良くなかったのか、ひまわり先輩は強く念押しをしてきた。

 シンクに対する彼女の態度も普段とは明らかに違っていた。


 真剣になるべき状況なのはわかるが、今一つピンとこない。

 手渡された銀色のカードには大きく『ML』の文字。

 そして何かのID番号が記されていた。


「絶対に無くさないでね」

「これ何ですか?」

「許可証よ」

「だから何の」

「殺人許可証」


 一瞬、なにかの冗談かと思った。

 この前は殺し屋だなんて言われてからかわれたから、その続きなのだと。


 しかし今日のひまわり先輩は真面目な表情を崩さない。


「それを持っている間はあなたに日本国の法律は適用されないわ。もちろん仕事が終わったら返してもらうわよ。紛失すると戸籍を失う事になるから気をつけてね。それから、これが今回あなたに貸し出すジョイストーン。いざという時は迷わず使いなさい」


 次に手渡されたのは薄桃色に光る宝石。

 初めて手にするそれは、普通の石ころと変わらない手触りをしていた。


「能力の使い方とかわからないんですけど」

「持って念じればいいだけ。あ、でもいま使ってはダメよ」

「なんで」

「それは≪固定移動ワンウェイワープ≫というJOY。あらかじめインプットした場所へ片道限定で瞬間移動する能力なの。近くの総合病院の裏口付近に繋がっているから、身の危険を感じたり大怪我をした時には迷わず使いなさい。それと、今回に限って専門の護衛をつけてあげる」


 つまりは緊急脱出用の能力か。

 しかも護衛つきとは……


 初めての活動とはいえ、見くびられていると思ったシンクは少し気分を悪くした。

 もちろん、それを表情に出すようなことはしない。

 かわりに自信満々の表情で答える。


「心遣いありがとうございます。まあ、これを使うようなことにはならないと思いますけどね。精々その護衛の人に迷惑をかけないよう気をつけますよ」


 密入国者の取り締まりだかなんだか知らないが、怖気づくシンクではない。

 適当に活躍していい意味で期待を裏切ってやろうと考えた。


「……頑張りなさい」


 売り言葉に買い言葉ではないが、てっきり何かの反論があるかと思っていたシンクは、ひまわり先輩がそっけない応援の言葉だけ残して次の人へ移動したことに拍子抜けしてしまった。


 最後にこちらの顔を見た時、心配そうな表情をしていたのは気のせいだろうか。

 許可証をすべて配り終えたひまわり先輩は改めて全員に号令をかけた。


「さあ、久しぶりの大仕事よ! 全員、気合いを入れなさい!」


 大仰に腕をひろげて声を張り上げる。

 芝居がかったひまわり先輩のそんな仕草を茶化す者は誰もいない。

 メンバーたちの短い返事が重なって、オレンジ色の光に照らされる夜の本牧埠頭に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る