3-5

 二通の書状を手にしたマグリフィオ帝はすぐに家臣を宮廷に集め、タラシネ皇子からの書状を一通、披露した。


『ギミナジウス国で国王により国がセドに出され、その参加者となった』というものだ。


「さすが智略に長けたタラシネ皇子、今度は兵を使わず国を落とすのですか!」

「父上、つきましては援軍を送るべきかと」


 タラシネ皇子の手柄に宮廷人がわいた。皇太子は彼らを睨みつけ、ずいっと膝を進めた。

「そうだなあ」


 普段なら嫉妬からくる進上など即座に却下するはずの皇帝は考えてみようと言い、その場をお開きとした。

 その後、ラブレヒト将軍は皇帝に呼び出され、二人きり、父上と書かれた書状を見せられ絶句した。父上と書かれた書状には長い間世話になった感謝の言葉と、国を出る決意が短く記されていた。

 国に残してきた財産は全て好きに処分してもらって構わない。世話になった者たちへ突然のことで迷惑をかけるので、自宮で働いていたものたちに分けてもらえればと結ばれていた。過不足のない言葉が、皇子の決意の深さをうかがわせた。母やシリル皇子への伝言はなかった。


「我が息子ながらやってくれるわ」

 マグリフィオ帝は不敵に笑った。

「早計では。皇子は無血で国を手に入れようとしておられます。お手柄ではないですか。何か理由があるのでは」

「それこそがあれの狙いであろう?もしこれを皆に披露していれば、宮廷は割れる。あれは案外支持者も多い。其方のように派閥外にも認めるものも多い。国を出奔し、追手を掛けられぬためなら、これくらいのことはしてみせよう」

「セドも嘘だと?」

「そこよ。そこが分からぬ。だから、ラブレヒト、お前に任せる。お前が援軍の指揮をとれ。セドが嘘であれ本当であれ、よい機会だ。ギミナジウス、攻め落としてまいれ。あれもお前になら気を許そう」

「はっ」


 ラブレヒト将軍は膝をつく。皇太子の進言をすぐにきかなかったのは自分の反応を見てから決めるためか。皇太子の顔を立てた援軍ではなく、いざというとき、タラシネ皇子を殺すための部隊ということだ。ラブレヒト将軍は苦いものを飲み込んだ。


「その国売りのセドとやらが真実なら、終わったらタラシネをここに連れてまいれ」

 マグリフィオ帝は王笏で自らの足元を指した。

「もし、戻られぬと仰れば……」

「殺せ。あれが他国へ流れるつもりなら許すわけにはいかん」

 皇帝の返答は明快だった。

「皇太子も第二皇子も知らぬことだ、よいな」


 他言無用、そういうことだった。





 ※


 タラシネ皇子は窓に手をかけたまま動かなかった。若き頃のマグリフィオ帝そっくりの背中に、ラブレヒト将軍は席を立ち直立不動、向き直った。


「このセドが終わったら国へお戻りください。私の任務はそれだけです」

「いやだ、と言えば?」

「……」

 ラブレヒト将軍は黙ってタラシネ皇子を見つめた。カーチスはいつでも二人の間に飛び込めるように静かに立ち位置を変えた。

 タラシネ皇子が窓を閉めた。蝶番が軋んだ音を立てた。

 タラシネ皇子の肩が小刻みに震える。

 泣いているのか。ラブレヒト将軍の脳裏に幼い日のタラシネ皇子がよみがえった。


「皇子」

 ラブレヒト将軍は一歩、タラシネ皇子に近づいた。タラシネ皇子が振り返る。身を二つに折り、目尻に涙をためて笑っていた。

「皇子?」

「ふふふふ、いや、ごめん。あなたがあまりに真剣だから、おかしくて」

 タラシネ皇子はラブレヒト将軍を指さし、さらに大きな声で笑った。

「タラシネ様!笑い事ではありません」


 それでもタラシネ皇子は収まらなかった。杯に茶を入れ飲み干すと、目尻に残った涙を拭った。


「ごめんごめん。でもあなたが教えてくれたことだ。何をおしても成し遂げたければ、味方をもこそ騙してみせろ、と」

 確かにそれはラブレヒト将軍が幼いタラシネ皇子に、兵法の一つとして教えたことだった。

「? ……では?」


 ラブレヒト将軍は一つの可能性に思い至った。タラシネ皇子の瞳がきらりと輝く。

「兄上からの横やり防止のためだったけれど、父上まで騙せるなんて僕もなかなかだよね、そう思わない?」

「それでは!」

 ラブレヒト将軍は勢い込んだ。傍らの椅子が音を立てて倒れた。

「なぜすぐに言ってくださらなかったのです。おかげで、私は皇子を殺さねばならぬのかとない頭を悩ませたのですぞ」

「その割には平然としていたようだけど」

「それは無論、命令とあらば、致し方ありません。ですがどうして」


 ここまで隠そうとしたのか。ラブレヒト将軍は単刀直入にきいた。理由如何によっては手放しでは喜べない。


「最近、どうも情報が洩れているようだったからね。まさか兄上がそこまで馬鹿だとは思えないけれど、宮廷筋から洩れていたときのために、ね」


 念のためね、と肩をすくめたタラシネ皇子に今度こそラブレヒト将軍の顔が歓喜に輝いた。すぐに皇帝に報告を、と息巻くラブレヒト将軍をタラシネ皇子は制止した。


「どこから洩れているか分からないからね。しばらくはそのままで。全てに片がつけば問題はなくなるよ」

 そこまできくと、ラブレヒト将軍は呆れたように大きく息をはいた。

「まったく、大したお方だ。ここにくるまでの私の心労を返してほしいものですな。この手であなたを殺める覚悟までしたというのに」

「おかげで僕は、ラブーという強力な将軍まで手に入れた。ギミナジウス侵攻も大詰めだ。協力してもらうよ。この状況で兄上の手先になんてならないよね?ラブー」


 タラシネ皇子は悪戯が成功した子どものように笑ってみせた。

 ラブレヒト将軍は顔を引き締め頷いた。


「もちろんです。皇帝陛下よりギミナジウスを落とすよう命を戴いております」

「なるほどね。頼りにしているよ」


 タラシネ皇子はしたりと頷いた。



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