1-9 謁見 青年の正体
謁見の間の外、王座からは死角になった場所でヴァレリアン総史庁長官、グラージ副長官、ユビナウス、マハティが顔を突き合わせていた。
「本当によいのか、ユビナウス」
「構いません。どっちみち今はほかの人間は動けないでしょう」
「そうですよ、長官。こうなるとユビナウスが休んでいたことに感謝ですね。一人だけでも動ける人間がいるのは違う。それに、犯人がいるかもしれませんしね」
グラージ副長官はさも当然といった風に言った。誰しも思うことはあったが、この場合は真理だった。
「探れるか?」
ヴァレリアン総史長官は短く訊ねた。すまなさそうな口ぶりだったがその目には確固たる意志がみえた。
「私の仕事ですから」
ユビナウスは短く答えると、息を整えた。すでに謁見の間では玉座の前にセドの参加者たちが揃っていた。
※
「たいそうな顔ぶれだな」
王は横一列に並んだ参加者の顔を順々に眺め、ようやっと姿を現した総史庁の制服を着た男に目をやった。
「そなたがこのセドの担当か?」
「はい。ユビナウス・ハーレンと申します」
丁寧に頭を下げたユビナウスを一瞥し、王はセドの参加者にむけて顎をしゃくった。
ユビナウスは宣言する。
「これより、華の月二四七番のセドの面談を開始いたします。まず初めに、セドにおける確認事項を申し上げます。その後内容を承諾されるのであれば、セド参加の宣誓をお願いしま――」
「そんなものはいらぬ。承知の上だろう」
王は遮った。
謁見の間に緊張が走る。
ユビナウスは静かに王に向き直る。丁寧に一礼した。
「申し訳ございません、規則ですので」
そのまままセドの参加者に向き直った。
「一、セドの参加者はリドゥナを持ったものでなければならない。
一、なんらかの事情で辞退する場合は残った参加者でセドを行う。
万が一全員が辞退した場合セド自体を無効とする。
一、売り主にセドの途中で不測の事態が起きた場合も、セドは継続する。
一、最終的に買主となったものがその対価の支払いを拒むことはできない。万が一拒んだ場合は売主、もしくは代理人が取立てる権利を得る。
それではそれぞれ、お名前と参加される場合は宣誓をお願いします」
王が即位したころを除けばこうまで堂々と王の意志を無視した行動をした者は初めてだった。宰相はじめ重臣たちは呆然とし、恐々と王をうかがった。
王は目を細め、ユビナウスの後姿を見つめていた。
何とも言えない雰囲気が漂う中、ラオスキー侯爵が一歩踏み出した。
「センシウス・ナイティ・ラオスキー。此度のセドに参加の意思を表明いたします」
胸に手をあて、膝をついた。手本のように美しい臣下の礼だった。その顔にさっきまでの怒りはない。憑き物が落ちたかのように落ち着き払っている。ただ瞳だけは熱く、王を見据えた。
「ニリュシード・ラオロン、同じく参加いたします」
ニリュシードは前に出た。恭しく頭を下げた。それは慈愛に満ちた聖人のようでもあり、狡猾な商人のようでもあった。知らぬ人のない国一番の大商人の名にざわめきが収まらぬ中、かつり、靴音が小さく響いた。
帽子をとり一歩前に出た青年は柔和な好青年といった風だった。だがいつまでたっても膝を折ることも頭を下げもしない。この場に呑まれたのか、緊張しているのか。不敬だった。
「あの、もし――」
ユビナウスの声に青年は顔を上げた。そのままユビナウス、宰相、将軍の順に首をめぐらせた。物珍し気な観光客の視線が王を捉える。
青年は王を見た。
王もまた青年を見た。
先に視線をそらしたのは青年の方だった。右手を半円を描くように大きく回すと胸に当て、膝を深く折った。
王族が王族に対する最高礼。謁見の間にどよめきが走った。
青年は王を見つめ、微笑んだ。
「タラシネ・マルドミ。国売りのセドに参加させていただきます」
「マルドミ、だと?」
警護の騎士が槍を構え、ラオスキー侯爵は剣に手をかけた。ブロードも静かに立ち位置を変え距離をとった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます