第189話 えん罪が晴れたよ(ここから先がお楽しみ)

「そもそもわたくしが言い出したことじゃありません。インドラ様がやりたいと仰るなら止めませんけれど」

 スカーレット嬢が私をチラリと見て、肩をすくめた。

わたくしのえん罪は晴れたようですし、これで、えん罪だとわかるでしょう。インドラ・スプリンコート元伯爵令嬢が、わたくしの無実を証明して下さりますわ。何せ、インドラ様御自身こそ、えん罪で平民になった生き証人ですものね。これだけのことがあった後にお忘れにならないと思いますわ、王子、それからジーニアス様、――そして、ディレク様?」

 ここで初めて、スカーレット嬢が怒りを露わにした。筋肉達磨をにらみつける。

「……わたくし、ディレク様はちょっと許し難いですのよ? たかだか騎士団長の息子のくせに、公爵家に名を連ねるわたくし、スカーレット・ショートガーデを力尽くで組み伏せようとしましたものね。……騎士の志がある者ならば、なお更、婦女子にする行為ではない、と言い捨てておきますわ。覚悟なさってね?」

 言われた筋肉達磨がにらみ返してきてるぞ。

「――ほう? コイツ、心が折れてないぞ?」

 ニヤリと笑ってしまった。

「またやらかそうと考えている顔だ。ウシシ、そうでなくてはな!」

「インドラ様、喜ばないでくださる? わたくし、またされたら嫌ですわ」

 スカーレット嬢が嫌そうな顔で私を見たが、そんなのつまらないじゃないか!

 私は筋肉達磨にニッコリ笑って話しかける。

「今までの話、聞いていたよな? お前は、スカーレット嬢をえん罪に陥れるために、虚偽の証人を作った。だが、訴えてきた連中の一人が正しく彼女のアリバイを証明することになるとは思わなかっただろう。つまり、彼女は無実で、お前こそが犯罪者だ。――さぁ、犯罪者君? お前はなんと弁解する?」

 筋肉達磨、ギリギリ歯噛みした。

「…………うそだ」


 は?


「それこそがうそだ! スカーレット・ショートガーデがローズを恨んでいたのは事実で、ローズに数々の嫌がらせをした当人だ! その証拠はでっち上げだ!」

「つまり、貴男は、ジーニアス様が私をかばってうそを吐いている、と申したいの?」

 スカーレット嬢が、喚く筋肉達磨に冷たく言った。

 腰巾着君も呆れた顔で筋肉達磨を見た。

「いや、確かに覚えている。……そうか、それで、時間が引っかかったのか……。あまり楽しい会話では無かったから思い出したくなかったが、時計を見たのだ。だから、時刻も正確だ。彼女のアリバイは……私が証人になる」

 すっごい苦渋の顔つきで言った。

 うそが言えない正直人間タイプか。

 むしろ、こっちの方が気骨があるし芯も通ってるぞ、まだマシレベルだが。

 何しろ腰巾着だからな。

 駄目男は駄目男だな。


 悔しそうな顔で筋肉達磨が吠えた。

「……なら! 他の日はどうだ!」

 スカーレット嬢が優雅に、見せびらかすように手帳を取り出した。

「どうぞ? わたくし、いくらでも戦いますわ。別にジーニアス様だけが証人ではありませんわよ」

 その様子で、勝ち目がないのを悟ったらしいが、筋肉達磨、それでも悪あがきをして続けた。


 結果。

「……その日は、インドラ様とお茶会でしたわね。側近に、同室の方が付き添われていましたから、インドラ様の他に、同室の方も私のアリバイの証言者になってくださいますわね」

 って、全部のアリバイを証明した。

「……ぐっ……」

 悔しそうに詰まる。

「『ぐっ』じゃないだろ、何かっこつけてんだ謝れ根性悪」

 私は筋肉達磨に歩み寄り、ケツを蹴っ飛ばして床に転がすと髪を掴み、顔をのぞき込みながら笑顔で言い放ってやった。

「お前は、無実の、お前より高位にいる婦人に乱暴を働こうとした挙げ句、それを誤魔化すためにえん罪をでっち上げようとしたんだよ。それも『好いた女の関心を惹くため』という、くっだらない理由でな」

 筋肉達磨が真っ赤になった。

「好きな女に自分をよりよく魅せたい、そんな虚栄心で、お前はえん罪をでっち上げようとしたんだ! それが、この国の騎士団のやることなんだな! 素晴らしい国だな、平民が聞いたら天を仰いで絶望しそうだ!」

 手を放し、上げて大袈裟に嘆いた。私、演技派です。

「つまりは、この国の騎士団は! その行為は! 自分の虚栄心を満たすためには何だってやるってことか! なるほど、なぜソード教官が【英雄】と言われるかがわかったぞ! 騎士団がお前のような連中ばかりなら、貴族や民から見たら騎士団なぞ卑劣で卑怯な集団でしかなく、頼れるのは英雄しかいないからなのか!」

「違う!」

 筋肉達磨が怒鳴ってきたが、私は鼻で笑ってやった。

「お前自身が証明だ。ほーら、我が妹プリムローズが褒めていたぞ? 『私のために、やってくれたのよね?』って! 良かったなー。お前の好きなプリムローズは、お前のその卑劣な行為を、えん罪をでっちあげ力弱き婦女子にふるう最低な暴力行為を、肯定していたぞ!」

 だんだんトーンを大きくして言い放ってやったら、筋肉達磨、ぐっと詰まった。

 そして、虚勢を張った顔でなく、心細そうな顔で、プリムローズを見た。

「ローズ……」

 プリムローズは責めるような顔つきで筋肉達磨を見る。

「ディレク様、うそと暴力はいけませんよ? スカーレット様に謝って? きっと、許してくれるわ!」


 うん、さすが我が妹。

 お前が言うか? って感じの意見、ありがとう。

 筋肉達磨、絶望した表情をしてるよ?


「もちろん、謝罪は受け取りませんし、許しませんわ? 公爵令嬢を虚仮にした罰、首を洗って待っていてくださいね?」

 プリムローズの発言を受けて、スカーレット嬢は、こめかみに血管を浮かせながらニッコリ笑って返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る