第170話 昔話をされても困ります
ソードが脚を組み替え、語り出す。
「――コイツの父親は、本物のろくでなしだ。昔ッから、女好きの女たらしで有名で、持参金目当てで公爵令嬢をたぶらかして結婚した。……だけど、公爵令嬢は本気で伯爵を好きになった。公爵令嬢は束縛し、それに嫌気がさしたコイツの父親はトンズラこいて遊び歩いた。公爵令嬢、結婚して伯爵夫人は狂気の中コイツを産み、当たり散らした。虐待まがいの躾だよ、五歳で読み書きマナーがパーフェクトって、おかしい話だって、誰も思わねーのか?」
誰も思ってないみたいだぞ、ソード。
そうツッコみたかったけどやめておいた。
「で、妻が死んで戻ってきたのがろくでなしの父親だ。しかも、他所に作った子を連れてきた。それまでなーーぁんにも領地経営なんてしなかったやつが、任せっきりだった男が、ずうずうしく戻ってきて、妻の金で遊びまくる、妻との間の子をひたすら冷遇し、別の女に産ませた子だけをかわいがる!」
そんなこともあったね。もう忘れたよ。
……と言いたいけどソードは白熱してる。
「躾もなんもなってねー平民の子が、我がままに育てられてきた平民の子が、貴族の中で普通に振る舞えると思うか? そんでもって、母親の愛情も、戻ってきた父親の愛情も受けられなかった子が、間近で腹違いの妹とやらをかわいがられ、何かするとお前のせいだと罵倒されて、マトモに育つと思うか?」
「…………」
スカーレット嬢が、黙ってうつむいた。
代わりに私がキッパリ答えた。
「実際、マトモに育っただろうが」
「病むに決まってんだろ」
わぁ。かぶせてソードが否定してきたぞ。つーか決めつけてきたぞ!
「逆らう者には容赦はしねーし、おびえる魔物には優しく出来るくせに、馬鹿な貴族や冒険者は、魔物以下の扱いだ。 平気で拷問し、最終的に治ればいいだろうと良心の呵責なんか欠片も無い仕打ちをして、何も心に負うものがない。 死ぬときは二度とこの世界に生まれ落ちないように世界を滅ぼして死ぬ、って豪語してるやつなんだぞ。どんだけ闇が深いか分かるか? それが? 引き取られた先で冷遇された? 姉が冷たかった? 当たり前だろ!」
エキサイトしてるソードをなだめた。
「まぁまぁ。プリムローズからすれば、致し方ないだろう。平民の優しい母親と、母親の愛人からたっぷり仕送りされて我がままいっぱいに育てられてきたんだ。無理やり連れて来られて、その家の者に厳しくされたら幼子ならば冷遇されていると受け取ってもおかしくはないだろう」
キッとにらんでくる。
「被害者がお前なんだぞ! お前、王宮を滅ぼすよりも伯爵家を滅ぼせばいいだろうが!」
「でも、結果、お前に出会えた」
ソードが詰まって止まった。
「だから、私にとって、そう悪くはない話だった。それに……まぁ……実際、五歳で死にかけたとき、それまでの『決して手に入らない愛情を欲していたインドラ』は死んでしまったんだろう」
ソードとスカーレット嬢が絶句した。
私は胸に手を当てる。
「ここにいる私は、別世界の記憶が入り込み混じり合い、別の人間として生まれ変わってしまった。愛を欲していないので、与えられずとも全く問題ない。だから、生まれ変わる前は病んでいたかもしれないが、今はマトモな方だぞ? この世界は、自分がやったことは大したことないと思う一方、やられると大仰に騒ぐ、自分の痛みしかわからない人間ばかりじゃないか。私は、自分がやったこともやられたことも大したことが無いと思う分、少しはマシだぞ?」
「……って、マトモじゃねーこと言うんだぜ? わかるか?」
わぁ。私の発言に乗っかって、マトモじゃないって言ってきたしー。
「…………申し訳ありません。事情も知らず、軽率な話を口にしてしまい…………」
「気にするな。ソードが悪い」
「え? 俺が悪いの?」
うなずいた。
「私が話を聞きたがったんだ。そして、彼女の話は、空想の話だ。この世界で似た展開が起きようと、空想以外の何ものでもない。別世界でだって、空想のお話だ。それは、彼女は最初に前置きしたぞ? 私が前置きしなかったことで、さも事実のように語ったと怒ったのはお前だろう? 私が、モンスターをハンターするゲームで武器を使い分けていたことを話したとき、ゲームの話だと言わなかったら怒ったじゃないか」
「うぐ」
痛いところを突かれたらしい。
「私が聞きたがったんだ! 彼女が語ったのは、単に名前が一致しているというだけの、ありふれた空想の話だ。だが、そのありふれた展開に酷似してるのならば、我々にとってなかなか有意義な情報だと思わないか?」
ソードが渋々うなずいた。
「…………そういや、そうだけどよ」
「ソード。私はお前に出会えて、今現在幸せだ。だから、いちいち過去のことは振り返らないのだ。お前にも振り返ってほしくない。私たちは若いのだから、これからを見つめていこう。過去を振り返るのは死ぬ間際でいいんだ」
そう言ったら、ソードが息を吐いて力を抜いた。
「そうだよな。悪かった。スカーレットも、空想の話にいちいち目くじらを立ててすまなかったな」
「……いいえ、こちらこそ、少しは話を聞いていたのに、気を利かせず申し訳ありませんでした」
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