第5話 ちょっと成長したかも?

 この世界って、カレンダーあるの?

 あっても、私が見ることはできないところにある、ってだけ?

 ――とりあえず、別世界基準で数ヶ月たち、大分鍛えられてきた。

 剣術……というか素振り用の木刀代わりに木剣も手に入れられて毎日素振りしてるし、格闘術という名の空手、ボクシング、拳法も大分様になってきた。打撃ばかりだな……でも柔道とか合気道は習ってなかったんだよな。

 魔術の訓練――たぶん……も、一応出来てる、気がする。

 なんとなくふんわりとしたものを感じる訓練は第二段階を迎え、ふんわりとしたものをふんわりと自分の周りに集める訓練をしてる。

 そもそも魔術の本にそんなことは書いてなかったけど、なんとなくたぐり寄せられそうな気がしたのでなんとなくやってみたら出来るようなので集めてる。

 だから何? と尋ねられても、わからない!

 魔術の独学は難しい。

 本に概念は書いてあったんだけど訓練法は書いてなかった。なので自力で試行錯誤の毎日。

 座禅をしてこのふんわりさんを、砂鉄を集めるかのごとく……そこまで吸引力ないか、空気清浄機に吸い寄せられるホコリのごとく集める訓練をずっとやっていたけれど、座禅しなきゃ集められないってダメなんじゃね? と思い直し、常日頃から集めるように訓練を変えた。

 成果があって、私の周りにふんわりさんは大分集まってる、気がする。

 さーて、たぶんこのふんわりさんをどうにかするんだろうけど……。思いつかなかったのでまだ集めるにとどまっている。

 別世界の知識の活用は料理人が協力してくれて、ちょっとはかどった。

 誰かに漏らしたら殺すと脅し……もとい厳重に口止めして、知ってる料理知識をちょっと教えた。

 この世界って、酒はあるのに発酵食品がないとか!

 お手軽発酵として、煮沸した容器に野菜を入れて潰して、発酵。同じく果物で発酵。

 これを出汁として、肉を漬け込み、蓋をした鍋で熱した後余熱で火をゆっくり通す(ぬくくなったら温める)調理法で、ようやく味に奥行きが出た。

「酒はあるのに、どうして似たような手順で作った食べ物がないのだろう?」

 と料理人に聞いたら、

「恐らく、平民の料理にはあるかもしれません。ですが、あえて食べ物を腐らせ調理するなどとは普通思いつきません」

 とか返されたし。いや、思いついた人いるよ? 別世界はこの世界の貴族より食生活が豊かだったけど、思いついた人いるじゃん?

 ――当然のことながら、私考案の料理は屋敷の当主たちには出さない。だって、腐ったものを調理したものなんて食べさせたら、打ち首獄門モノだからね! 私と料理人……あとは食べたがる使用人がいたらあげる、となった。

 ちなみに、酒も同じように造れるのかと聞かれて、果実酒ならば似たようなものが造れるはず、と答え、試したそうだったので、酒造に認可が必要ないなら試してみる? と聞いたら、深々とうなずいたので現在酒も仕込み中。

 だけど、酒って結構見極めとか温度管理とか大事だよ、失敗前提だよ?


 私はあの男に会わないように気をつけているのであれ以来姿を見たことをなかったのだが、油断してうっかり出くわしてしまった。

 もちろん私は無視をしたのだが、この虐待癖のある男、私を見ればいびり倒して精神的に追い詰めようとしたいらしい。わざわざ近寄ってきて嫌みを言ってきたので軽く舌打ちした。

 舌打ちが聞こえたのか、顔色を変えた。……寝込む前、私が近寄ってきたときに舌打ちしたくせに、私に舌打ちされるのは平気じゃないのか。

「わざわざ」「顔を見ないように」「避けていたのに」「用もないのに」「話し掛けないで」「くださいませ」

 耳の遠くなった老人用に、区切ってハッキリと発音する。

「……お前は、本当にろくでもない性格をしているな。どうしてお前みたいな者が生まれてきたのか、不思議でしょうがない」

 声が震えてるよ、年を取ると発音もハッキリできなくなるのね、かわいそうに。

「私の血脈となった者たちに似てしまったんでしょうかね」

 冷たく答えたら固まった。

「生ませたくなかったのなら、私を産んだ女と交尾などしなければ良かったではないですか。性欲に負けたご自身の責任でしょう? やることをやっておいて、それが自分の責任じゃないみたいに……。お年を召すと、昔の都合の悪いことを思い出せなくなるという、アレかしら?」

 頰に指を当てながらわざとらしく小首をかしげてやった。

「……この……!」

 その仕草にカッとなったらしく、平手打ちをしようとしたが、避けた。

 ……おぉ! 身体能力が上がってるようだぜ!

 男は私が避けたのにびっくりしたらしい。つか、構えていたとはいえ、避けることが出来た自分自身が驚いてるよ。

 今度は殴りかかってくるかな、と思ったが、

「旦那様!?」

 執事が驚いて走ってきた。

 男は肩で大きく息をすると、見下して冷笑してきた。

「勘違いするな。お前が、私の娘だと? ……そんな証拠がどこにある? お前は、あの女から生まれ落ちたのだろうが、私が父親かどうかなどとはわからんだろうが。どこぞの誰ともわからない男との間に出来た子ではないか? 私に似ても似つかないからな!」

「旦那様!! ……なんということを……!」

「うるさい!」

 珍しい。冷静沈着な執事が、声を荒らげて怒っている。

 まぁねー、力関係がどうなのかわからんけど、今の発言、死んだ女の実家が聞いたらかなり問題なんじゃね?

「ほう」

 私は相づちを打った。

 二人が私を見る。

「つまり」「スプリンコート伯爵は」「私を産んだ女とは」

「一度も交尾をしてない!」「……ということですか?」

 私がハッキリと聞いたら、男は顔をそらせた。

「したんだ」

「黙れ! しかも、交尾、などという表現をするな!」

「どう表現しようがやってることは同じですがね」

 冷静に指摘する。

「まぁ、それでも似ていないのは有り難いし、私には『優しくて、包容力と愛情にあふれ、だけれども産んだ女とは一緒になれず泣く泣く別れはしたものの、それでもいつか私を迎えに行こうと決意している父親』がいるかもしれないのは朗報ですね」

 執事が唖然とした。いや、男も唖然としてる。

 が、嫌らしい笑みを浮かべた。

「そんなおとぎ話のようなことを本気で思っているのか?」

「思ってるワケないでしょう? いちいち聞かなくてもわかる程度の話じゃないですか。……まったく、これだから老人は」

 冷たく答えたら男が顔を真っ赤にさせた。

「ただ五歳児を相手に、いじめ傷つけ蔑めることに喜びを見いだし、他人を見下すことが大好きな、虐待癖のあるクズのような男の血脈が入っていない可能性があると聞いて、つい喜んでしまったのですよ。……今日はとても気分の良い日だな。では、ごきげんよう」

 ニッコリ笑って別れの挨拶をした。

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