第31話 装備を調えるぞ

「しかしリトルオーガかぁ……いいなあ、私もかっこいい二つ名が欲しいよ」

「かっこ……いい?……俺は時折ミーくんの感性が羨ましくなるよ」

「えへへ、どうもどうも」

「褒めてねーからな!?」


 リトルオーガ、それは冒険者達が俺に付けやがった非常に不名誉な二つ名である。

 

 連中ときたら良かれと思ってつけたようで、近頃は俺を見かけるたびにその名を囁きながらやたらと羨望の眼差しを向けてくるものだからたまらない。


 一体何故こんな事になってしまったのか?


 全てはあの日、ミーくんと二人装備を整えたあの日……俺が選択してしまった武器が招いたことなのであった。


……


「しゃあねえ、武器でも買いに行くかあ」


 ここの所、エミルに家事指導すんのに忙しくてさ。すっかり武器のことを忘れてたんだよな。

 いやあ、マジでスポーンと忘れてたんだ……。


 ようやく指導も落ち着いたのでボチボチ冒険者稼業を再開だぜと、冒険者ギルドに行き、いつもの様に採取依頼を剥がして受付に出した所……その手をグッとマミさんに掴まれた。


「何故……何故今回もまた採取依頼なのですか? 装備を整えるお金が溜まったはずでは? ここの所見かけなかったので、装備を調えていたのかなと、今日こそ討伐依頼に出て下さると思っていましたが……?」


 と、怖い笑顔。


 依頼書は受付に置く前に宙で止められ、下に置くことは敵わない。

 ニコニコとした威圧的な微笑みを見て我々はようやく武器のことを思い出すこととなったわけで。


「そ、そう言えばそうでした! はは、装備、そう、それね! 今から行ってきますわ」


 依頼書を壁に貼り直し、ミーくんと二人そそくさとギルドを後にしたのである。


「マミさん、どうして採取依頼させてくれなかったんだろうね?」

「ミー君、我々は冒険者であって薬草屋さんじゃあないからな。マミさんとしても俺たちに早く魔物を狩る戦力になってほしいんだろうさ」

「なるほどねー」

 

そんな我々が向かったのは剣と斧がクロスした如何にもな看板をぶら下げた『冒険者工房ダルガン』である。

 ここは以前マミさんから勧められていた店で、口は悪いが確かな目と腕を持つ職人がいるとのことで、、武器と防具を揃えるならここであるとめっちゃ推されたお店なのだ。


「ちわーっす」

「こんにちはー!」

 

 と、二人元気よく入ってみれば、店の奥からジロリと刺すような視線。

 テンプレ通りドワーフのおっさんがこちらをじっと睨みつけていて何だか嬉しくなってしまう。


「客か。適当に選べ」


 こちらをチラリと見たかと思えば、短く一言だけ『選べ』と告げ。

 お前らなんか興味がないぜといった具合に眠たげな顔をぷいとそむける店主。

 ははん、そういうパターンのおっさんか。


 内心では如何にもルーキーな俺達の事が気になって仕方がない世話焼きだが、それを悟らせないように偏屈なキャラ作りをしているアレだな。


 こういうオヤジの店はハズレがない、それがこの手の世界のお約束テンプレだ。

 愛想が悪いと嫌がるやつも居るだろうが、俺としては寧ろ好感が持てるね。


「うし、俺は近接武器を選ぶから、ミーくんも適当に好きなの選びな」

「うん! ……で、予算は?」

「そうだな、防具も欲しいから取り敢えず一人大銀貨1枚までかな?」


 前に調べた相場では一般的なショートソードが銀貨6枚、雑に日本円換算すれば6万円だ。大銀貨1枚、10万円もありゃあそこそこの武器を選べるんじゃないかなと思う。


 装備品を買うために持ってきた資金は大銀貨8枚。武器を選んだ残りの大銀貨6枚が防具の予算となる。


 人気がある軽魔鉄鋼で作られた軽量で頑丈な鎖帷子は大銀貨6枚と、二人分を買うには届かないので、もう少し安いものを選ぶつもりだが、防具は我々の命を守る大切なものだ。


 予算ギリギリまでいいものを選びたいと思う。


「ねね、見てみてナツくん! この杖良くない? トレントの魔杖だって!」


 ミーくんは早くもお気に入りの杖を見つけたようで、パタパタと駆け寄り嬉しそうに見せてくる。


 どんなもんか鑑定をしてみれば……。


『こいつはトレントの魔杖だ。B級モンスター、トレントから作られた杖……ってまんまじゃねえかって? まあ、そうなんだが気にするな!

 それなりの魔力が含まれているため、魔力効率がそこそこ上がるわ、頑丈なので打撃武器として使えるわでコスパがいいんだぜ? 見た目の可愛らしさに油断すると……お前のあの子にポカリとやられちまうぞ?』

 

 いやほんと、俺の鑑定さんどうしたんだろうな? 詳しい説明が出るようになったのは嬉しいが、口調がやたらとうぜえ。


 ……それはともかく、なかなか悪くない杖じゃないか。


 太い蔓をぐるぐると巻き上げて作ったような可愛らしい作りで、先端についている小枝からは葉っぱがぴょこんと生えている。


 コスパが良いと鑑定さんが言っていたとおり、値段は銀貨7枚と大銀貨1枚からお釣りが来るリーズナブルさ!


「ミーくんはその杖で良いのかい?」

「うん! ねえ、いいでしょう? この子大切にするから買って?」

「別にお願いしなくても大丈夫だよ。予算内だし、結構良い杖みたいだからね」


 と、ミーくんに言った瞬間、奥のオヤジがピクりと動いた。


「兄ちゃん、その杖の良さがわかるのか?」

「え? あ、ああ、魔力効率が良いだけでもありがたいのに、頑丈とくればいざってときに近接武器としても使えるだろう? いざってときに殴れるのはありがたいと思う」


「そうかそうか。いや、邪魔してわりいな。ゆっくり選んでくれ」


 なんだかオヤジの機嫌がほんのり良くなったような気がするな。これはグッドコミュニケーションだったのでは。


 サンキュー鑑定さん! 偏屈オヤジの好感度1ポイントゲットだぜ!


 ミーくんがそのまま防具を選び始めたので、俺も便乗して先に防具を選ぶことにした。

 今回は予算が潤沢とは言えないので、オヤジに相談をしながら予算内で良さげな防具を見繕ってもらうことにした。


「まず姉ちゃんだが、魔術師なら軽銀の鎖帷子が良いな。軽魔鉄鋼のと比べりゃ防御力は劣っちまうが、鉄のと比べりゃ軽くて動きやすいんで悪くねえぞ」


「大銀貨2枚か、結構安いんだな」

「……そこまで安くはねえと思うがなあ」

「そうかな? でも予算内だからミーくんが良いならそれにしちゃおう」

「私はこれでいいよ! 靴とかは今のでいいしね」


「……じゃあ兄ちゃんだな。兄ちゃんはどんな武器を使うんだ?」

「ナツくんは丸太だよね」

「ま、丸太ァ?」


「てい!」

「ぎにゃっ!?」


 話がややこしくなるのでみー君は要らんことを言わないで欲しい。 


「あー、そうだな。強いて言えば長剣だろうか。長めで重めの武器が好みなんだ」

「そのナリでよく言うぜ! だがまあ、そうだな。なら兄ちゃんも防具は軽めで動きやすいものが良さそうだな」


 と、オヤジはゴソゴソと奥を漁り、何ていうんだこれ? 胸当てでいいの? ノースリーブの鎧みたいな物を差し出してきた。


「こいつも軽銀製でな、重てえ攻撃を食らったら凹んじまうが、矢はまず通さねえから背中を射られて致命傷って目には遭わなくなるぞ」


「へえ、そいつはいいな。いくらだ?」

「こいつは大銀貨3枚だが、嬢ちゃんの装備も買ってくれるんだ、まけて2枚でいいよ」

「おお、悪いなオヤジ! 噂通り最高の店だぜ」

「へっ! 礼は要らねえよ。それより兄ちゃんも武器を買うんだろ? さっさと選んでくれよ、俺も暇じゃねえんだからさ」


 まったくニヤニヤしながら言うセリフじゃねえぞ。嬉しそうな顔しやがってさ。

 

 しかし……ミーくんの武器は決まったが、肝心な俺の相棒が見つからない。

 この店の装備品が悪いとは思わないんだが……どれもこれもなんだか妙に軽すぎて扱いにくいんだよなあ。


 軽いとそれだけ体に負担が掛からないから、扱いやすくなるんだろうけど、どうもここの武器は軽すぎる。


 なんだろうな。俺がド素人で剣の型なんてまったくわかんねえからなんだろうけどさ、軽すぎて逆に扱いにくいんだよな。


 もう少しこう、ズシッと来るような……せめて木刀くらいのズッシリ感が欲しいんだよ。

 ここの武器はプラスチックのおもちゃを振ってるようで不安になるんだ。


 しょうがないから適当に見た目で選ぶかなあと、めんどくさくなってきた時だった。

 店内の片隅に立てかけられたやたらと大きな武器が目に入った。


「ほう……これは……」


 胸にぽっと熱い火が点るような興奮を覚えるフォルム。

 こいつぁ……来たかも知れないぞ。


 見ればその武器はホコリこそかぶってはいないが、もうずっとその場所から動かされて居ないようだった。


 やや興奮しながらそれを手にしようとした時、オヤジが嬉しそうに口を開いた。


「そいつに目をつけたか。そりゃ大太刀っつう武器でな、流れのヤツから買い取ったんだが、扱えるやつが居ねえんだよ。だからもうずっとそこでホコリ被ってる厄介もんなのさ」

 

オヤジはそう言って迷惑そうに顔をしかめるが、チリ一つなくピカピカに磨き上げられているじゃねえか。


 売りもんにならねーと言いつつ、しまい込んだり、何処かに流すこと無く手間を惜しまずメンテしているあたり、ホントは結構愛着がある武器なんだろう?


 ピーンと来ちゃったね。

 これはやっぱりテンプレ装備だ。


 店の隅に打ち捨てられた思わせぶりな武器。

 それは大抵の場合、なにか強大な力を持つ魔剣であったり、神剣であったり。はたまたおしゃべりなインテリジェンスソードだったりするのだよ。


 っと、鑑定っと。


『こいつぁ重魔鉄鋼で出来た大太刀だ。銘はねえから好きに呼びな。

 なんでも北の孤島に住む種族が使う特殊な武器って事だが、まあ普通の奴には扱えねえ。こいつを店に並べても売れ残る事請け合いだ、あんたが店主なら売るのは諦めな。こいつは持ち主を選ぶんだ、そんじょそこらの奴には持つことさえ叶わねえだろうよ』

 

 

 ……本当に売れ残ってるだけなのかも知れないが、鑑定結果を見るに怪しいところもある。どうれ一つ試してみようじゃないか。


「おやじ、これはいくらだ?」

「ああ? 言っとくがそんなもん金の無駄だぞ? 鋳潰すのも忍びねえから残してるが、まともに使えたもんじゃねえ」

「いや、俺はこれが良いんだ。どうしてもだめなら諦めるが」

「そこまで言うなら、それを振ってみやがれ。まともに振れるようならただでくれてやるよ」


 来たっ……! とうとう俺にも異世界主人公らしいテンプレイベントが来たぞ……!


 これは武器と俺が心を交わす入手イベント……!

 間違いなく装備者を選ぶ類のレジェンダリィな武器との邂逅、その時である!


「言ったなオヤジ。じゃあ、試させてもらうぜ」


 深い紅色の鞘に収められた1mちょいの長めの刀……。

 こいつの抜き方はヌーチューブで見たから知ってるが、ここじゃ狭くて難しい。

 なので鞘に収めたまま構えてみたが、他の武器と比べてズシッとした手応えがあり、非常に安定する。


 ようやく本物の武器を手にできた、そんな感覚すら覚える。


「な……? おめえさん、そのナリでそいつを軽々と……重い武器が好きってのは冗談じゃなかったのか……」

「丁度いい重さだ。まるで俺のためにあるかのように手に馴染むぜ」


 軽々と……か。


確かにこちらの世界に来てから筋力がついたとは思う。

 採取依頼の合間に受けている荷運び依頼も、最初は辛かったけれど気づいたら楽になっていたからな。


 でも、こいつの場合は事情が違うと思う。力がどうとかいう問題ではなく……大方、適合者以外が手にしたときにやたらと重くなるアレが発動してるのではなかろうか、俺はそう思うんだ。

 

 周りに気を配りながら軽くブンブンと振ってみる。うん、全く問題ない。

 武器の重さに体を振られることはないし、かと言って軽すぎて力が入らないということもない。まさに理想の重さだ。

 

「はは……本当に使いこなしてやがるぜ。いやあ、良かった。そいつがまた武器として外で活躍できる日が来るたあ思わなかったよ。約束だ、もってけ!」


「素晴らしい武器と出会えた! 感謝するぞ、オヤジ!」

「へへへ、こちらこそ感謝だ。そいつの持ち主になってくれてありがとうよ、兄ちゃん」


 ガシッと握手をし、大太刀を担いで店を後にする。

 ようやく俺の相棒となる武器と出会えた……俺の輝かしい異世界無双がここからはじまる……ッ!


「おい、ちょっと待てよ!」


 颯爽と店を後にしようとした時、オヤジから声をかけられる。

 まだなにか用があるのだろうか?


 はっ! もしや、これは『そいつに認められた兄ちゃんに頼みがある』的なイベントが発生したのでは?


 イベントがイベントを呼び、胸躍る次章に突入って奴だな!

 ここまではなんだか今ひとつ冴えない日常パートが続いたが、とうとう俺も戦闘系主人公にジョブチェンジってわけか……ふふふ、頼れる相棒を手に入れたからか、今なら何だって倒せる気がするぜ!

  

「なんだ?」


 眼光鋭く振り返り、クールに返事をする。無双系チート主人公になりましたからね、これくらいかっこつけねえとだめだろ?


「やるつったのは大太刀だけだぞ! 鎧や嬢ちゃんの杖の金は払ってけよ!」

「あっ……わりい、忘れてたわ……」

「ナツくん……私の存在も忘れたでしょー?」

「……」

 

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