第5話 目覚め
知らない天……いいや、言わないぞ。危なく言いかけてしまったけれど、言わないからな。
それはそうとして、マジで知らない天井だ。やっべ結局言っちゃったわ。というか、こっちにきて初めてみた天井って奴だな……。
最後に記憶に残っているのは攫われた先で助けが来たところまでだ。や、違うな。その後に隣でミー君が虹を作っていたのもうっすらと……まあそれはいい。
俺はどうやらどこか病院的な場所に運び込まれているようだ。さて、ここは何処なのだろう?
あの日助けに来たのはどう見ても国に雇われた兵士や騎士には見えなかった。恐らくは冒険者か、それに準ずる存在なんじゃないかと思う。
冒険者達がゴブの被害者を運び込める場所は……病院……?
いやいや、異世界だぞ。病院よりもむしろ……
「おや、目を覚ましたようだね。体調はどうだい?」
上から覗き込むように俺を見ているのは赤い髪をしたお姉さんだ。
目のじんわりと重い感覚は消えているし、体もなんだか大分軽くなっている。恐らく、休ませて貰っただけではなくなんらかの治療もして下さっていたのだろうな。
「あの、ここは一体……」
状況を把握するため、お姉さんにそう尋ねてみれば、ほほえみながら俺が想像していた通りの答えを返してくれた。
「ああ、ここはメルフの冒険者ギルドさ。あんたら、あそこに捕まってた人達は全員無事だよ。みーんなギルドの治療所で直したからね」
やはりここは冒険者ギルドか。この世界が剣と魔法の世界であるならばきっとあると思ってた。
ゆっくり体を起こしてみたが、しっかりと力が入るし、怠さは勿論、目眩が起こることもない。どうやら立ち上がることが出来そうなほど回復しているようだ。
お礼を言ってベッドから降りると、空腹だろうから食事を食べていくように言われた。
聞けば、魔物や野党による襲撃被害者の治療は無料とのことで、食事もその治療費に含まれているらしい。なんて素晴らしい仕組みなのだろう。
案内されるままに歩いていくと、人がまばらな食堂のような場所に出た。どうやらギルドに併設されている酒場のようだが、ここで飯を食べろということらしいな。
時間的なものなのか、結構空いているので直ぐにでも座れるのだけれども、なんとなくキョロキョロと見渡してみると、見知った顔が凄い勢いで何かを食べているのが目に入った。
「よお、ミー君。無事だったようでなによりだ」
「ああー! ナツくーん! それはコッチのセリフだよ! 起きたら隣にナツくん居ないんだもの! 心配したんだからね!」
起きたら隣に居ないって、一緒に並べて治療されるようなものでもあるまいに。
少々バカっぽいことを言っているが、駄猫みたいで可愛らしくないことも無いのでなんとなく頭をなでておいた。
「む、むう……」
ほう、ミー君は頭を撫でるとおとなしくなるのか。これは今後役に立ちそうだな。
ミー君の正面に座り、あれやこれや話していると、体格の良いお姉さんが俺の分であろうシチューを運んできてくれた。
「おや、お嬢ちゃん。相棒は無事に目を覚ましたようだね。良かった良かった。お兄ちゃんもお嬢ちゃんを心配させちゃダメだよ。ほら、いっぱい食べて早く元気になりな」
体格の良いお姉さんはカツカツと快活に笑い、俺の背中をバシリバシリと叩くと、ノシノシと歩いて立ち去っていった。
いやあ、すげえ力だ。この世界に来て一番強いダメージを負ったのでは無かろうか。
と、シチューを食わなくてはな。
一昨日? 食べたアレはもうとっくに森にかえしてしまったからな。俺の胃の中は空っぽだ。ゆっくり少しずついただこう……む、うまいなこれ。
見た目と香りからしてそうではないかと思ったけれど、きちんとしたクリームシチューだ。ああ、美味い。というかありがたい。何がありがたいって、どうやら調味料がそこまで貴重なものではなさそうなところだよ。
ギルドの食堂ってくらいだし、多分大衆食堂と同じようなもんなんだろうと思う。そんな所でもこれだけの材料を使って味が濃いものを出せるってことは、きっと総合的に食の文化レベルが結構高いってことだよな。
異世界ものあるあるの塩水に肉と野菜が漂っているスープにひたすら硬い黒パンを浸してモソモソと食べる食生活って嫌すぎるからな……。
この分なら調味料の補充も出来そうだし、ザックにしまってあるあちら産の調味料は温存しておくか。
塩や胡椒は兎も角、あるかわからんカレー粉や醤油に味噌なんかはなるべく残しておきたいからな。
冒険者向けだからなのか、やたら大きな器にてんこ盛り。部活帰りの高校生ならおかわりもしそうなもんだが、今の俺にゃあこの一杯で満足すぎる程だった。
見ればミー君も満足げな顔でお腹を擦っている。そんな無防備に幸せそうな顔をされると腹を出して寝ている猫を見ているような穏やかな気持ちになってしまうではないか。
……。
「だ、だからなんで私の頭を撫でるの!」
「あ、ごめん。なんか手が勝手に」
まったくもうと怒られてしまったが、勝手になでてしまうのだから仕方がない。犬や猫が穏やかな顔をしていると撫でたくなるだろう? ならない?
さて、お腹がいっぱいになった所でそろそろ移動しようかと思うのだけれども、そこではたと気づく。世の中何をするにもお金が必要だ。
どうやら今我々は、冒険者さんたちの救助のおかげでメルフという街? に居るらしい。となれば、食費や宿代、場合によっては身分証の発行料というものも必要になるだろう。
「ミー君や。時に君、お金はもっているかい?」
「え、何? 私にお小遣いをせびるつもりなの?」
「ううん……言いたくはないけど、馬鹿かな? 馬鹿なのかな?」
「ば、馬鹿じゃないよ!」
馬鹿なんだろうなー。
「いいかい、ミー君。俺は荷物はあるけど、ここで使えるお金を持っていないんだよ。これから二人で活動するにはどうしたってお金は必要さ。だから確認のために聞いたんだよ」
子供に優しく教え込むように丁寧に伝えてあげると、はっと驚いたような顔をしてようやく今置かれている状況に気づいたようだ。おもしれえけどやっぱ少し残念な奴だな。
「あっ、なるほどね。ごめんよナツくん。私ちょっとどうかしちゃってた」
ちょっとじゃないよね。もう常にどうかしてるからね。むしろ付き合ってると俺がどうにかなりそうだよ。
「何か酷いことを言われてるような気がするけど、それはこの際置いとくよ。そうだね、結論から言うと私はこの身一つだけ、身を包んでる服とセットでおしまいだね」
知ってたけどね。やっぱそうだよなあ。お金がないんだよな。となれば稼ぐしか無いわけで。
ザックの中身を売るわけにはいかないので、ここはやはり王道のアレしかなかろう。
というわけで、食事を済ませた俺はミー君の手を引き――チョロチョロと何処かに行きそうだったので仕方なく――目的の場所へと向かった。
「こんにちはー」
「はい? こんにちは。ご依頼でしょうか?」
我々が何処に居たかって、冒険者ギルドの食堂だ。ならばついでに登録しない手はなかろうと、ミー君と共に受付に行き、ウサギのような耳を生やしたお姉さんに声をかけたのだ。
すると、依頼かな? と聞かれてしまったわけで。俺の見た目が頼りないからなのか、年齢的に登録をするには遅い感じなのか、はたまた窓口が違うのか……まあ、なんにせよここは否定をして希望を伝えねば。
「いえ、俺とこいつ、二人で冒険者登録をしたいのですが、この窓口であってましたか?」
「あら、そうでしたの。改めて冒険者ギルドメルフ支部へようこそ。私はギルド員のマミと申します。窓口はこちらで大丈夫ですよ」
「ああ良かった。あと確認なのですが、登録料金というものは必要なのでしょうか?」
「いえ、冒険者は居れば居るほど助かりますので、特にその様な物は設けていませんよ。なので誰でも無償で冒険者登録をする事が出来るのですが……」
と、ウサギのお姉さん、マミさんは少し申し訳無さそうな顔で言葉を続けた。
曰く、冒険者ギルドの仕様を知らないようだが、冒険者が何をするのかきちんと知っているのか、それが危険な仕事であると理解した上で登録をするというのか、登録をするとある程度の義務が発生するが、許容できるのだろうかなどなど、確認のようなものだった。
危険というのは、依頼のために街を出ることもあり、魔物と遭遇するリスクが有るという話だった。そんなのこの世界を旅して歩くと決めている以上今更だ。
そしてある程度の義務というのも緩いもので、ランクにもよるが、最低ランクのカッパークラスだと月に10件は必ず依頼を達成しなければいけないというものだった。
結構多いなと思ったけれど、どうやらそれはランクが上がる毎に条件が緩和されていくようで、ランクが上がるに連れ報酬が多い反面時間がかかる依頼が増えるからというのがその理由だった。
低ランクの内は日帰りで受けられる依頼や、その気になれば同時に受託が可能な依頼を受けるのが主になるので、その分ノルマが多くなっているんだとか。
ただしそのノルマもそこまで厳しくはないようで、病気や怪我などで止む無く動けないという場合は免除されるらしく、問答無用に義務を果たさなければいけないというわけではないので許容できる。
まったく日本の経営者達に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいね!
というわけで、全てを納得した上で登録することを決め、二人仲良く書類に必要事項を記入して提出した。
その際に特に魔力測定をするような事も、カードに血を垂らしたりするようなこともなく。ただただ、普通に役所で書類を書いて出すような淡々とした作業だったため、ちょっぴり残念に思った。
リソース不足でゲームのような仕様が無くなっているとかミー君が言っていたから、これも仕方がないことなんだろうな。
「おまたせしました。これがギルド証です。再発行は有償となりますので管理にはお気をつけてくださいね」
手渡されたそれは、薄い木で出来たカードで、カッパーとはとても思えない材質だった。
物珍しさと、疑問からカードをジロジロと見ていると、カードについてマミさんから説明が始まった。
「はい。まずそのカードですが、仮登録のウッドカードです。ウッドクラスの内は街の外に出る依頼は受けられませんので、まずは街内の依頼を3件こなしてカッパーへの昇格を目指すのが当面の目標となります」
曰く、いきなり本登録をしてしまうと思っていたのと違かったと途中で投げてしまう冒険者が現れてしまうらしいのだ。
というのも、冒険者の役割というものは英雄譚のように勇ましく戦うだけではなく、街の雑用から素材採取、護衛依頼等、討伐以外にも数多く存在する。
そして、何時も都合よく討伐依頼が受けられるわけでもないため、冒険者として食っていくには様々な依頼を受ける必要があるとの事だ。
それに文句を言わぬよう、見習い期間を設け、依頼としては地味な街の雑用を経験させ、嫌ならここでやめろと言う忠告の役割もあるらしい。
「カッパーカードは銅製ですからね。発行は無料でもきちんとお金はかかっていますので、多くの登録者たちに直ぐ辞められると我々も困るのです」
辞めてしまうような冒険者達はカードを返却せずにばっくれてしまうので、只々素材の無駄になってしまうそうな。
なるほどな。ケチなようだが塵も積もれば山となる。ギルドと言ってもここだけではないだろうし、バックレが増えればその損害は大きな物となるだろうな。
そして、登録から一週間だけという制限はあるものの、ギルドが経営する宿屋を無償で使うことが出来るらしい。
登録したては報酬が少ない依頼しか受けられず、ギルドで保護をしなければ自転車操業の様になってしまう。
実家を飛び出してきたような連中は宿にも泊まれずそのまま落ちぶれてしまうことも考えられるため、最初の1周間は得た報酬を当面の活動費に当てられるよう、宿賃と食費をギルドが持ってくれるとのことだ。
なるほどウッドランクはチュートリアル期間というわけか。いやあ、何から何までありがたいな。それだけ冒険者というのは必要な職業なのだろうが、文無しで物知らずな我々にはほんとありがたい。
しかし
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おまけ
【お約束のギルドランクのアレ】
ウッド→カッパー→シルバー→ゴールド→ミスリル→オリハルコン
ウッドランクについては本文で説明したとおり。そこからカッパーに上がり、一定数の貢献をした後、ギルド試験に合格をすればシルバーに昇格、そこからようやく一人前として周りから見られるようになります。
大半の冒険者がシルバーランクなのですが、ゴールドになるためには強敵の討伐と何か大きな貢献を果たすという条件があるため、なかなか上に行くことは出来ません。
ゴールドランクになれば貴族からの依頼も受託可能となり、かなり稼げるようになるため、誰しもがそれを目指して頑張っています。
さて、そのさらに上、ミスリルとオリハルコンですが……ミスリルランクは貴族からの依頼を一定数こなした上で、さらに貴族とギルドマスターそれぞれから推薦される必要があります。ゴールドランクをプロスポーツ選手とすれば、ミスリルランクはオリンピックの代表選手のような物でしょうか。それに至るためにはゴールド以上に頑張る必要があるわけです。
ミスリルランクになればどの国家においても伯爵相当の身分が約束され、下っ端貴族に良いように使われるようなことは無くなります。つまりは「ほう、先ほどから偉そうな貴方、男爵様……ですか。ちらっちらっ」「な……そ、それはミスリルランクカード! しゅ、しゅいましぇーん!」みたいな異世界チート主人公お約束の時代劇展開ができちまうんだ!
そしてオリハルコン。これはもう大変です。国家を存亡の危機から守ったとか、ミスリルランクでそろえたパーティがようやく倒せるような魔物をソロで鼻歌交じりに討伐してしまうような化け物みたいな冒険者に与えられる最上位のランク。
勿論、うっかりあかんやつに与えるわけにはいきませんので、貢献の他に国家の代表と冒険者ギルド本部に居るグランドマスター両方の審査を経てようやく得られます。
そこまで取得が面倒くさいオリハルコンの特典はそらもうヤバくて、どの国であっても国家の代表とため口で話せる程度の地位となり、望めば未開地を領地として新たに建国することさえ許されてしまいます。正しき異世界チート主人公が至るようなアレですね!
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