「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 28冊目!
如月 仁成
コチョウランのせい
~ 一月六日(月) 15センチ ~
コチョウランの花言葉
変わらぬ愛
好きなのか、嫌いなのか。
いつからだろう。
俺は考えるのをやめた。
ずっと好きな子で。
ずっと嫌いな子。
一緒にいると楽しくて。
一緒にいるとめんどくさい。
気付けばいつも隣にいる幼馴染。
そんなこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。
そこから見事なコチョウランを生やして。
本日は、バカと言うか。
呆れ果てて物も言えない姿をしています。
さて、そんな穂咲さん。
本日、始業式が行われている体育館の前で。
いつものように。
意味が分からないことを始めたのですが。
「ねえ、さすがに叱られると思うのです」
「そんなこと言わずに手伝って欲しいの」
心底手伝いたくない。
でも、手伝わないとすねて後が面倒。
この人、体育館と教室の間の通路で。
現在、大量のお餅を焼いているのです。
「そもそもこれ、どうしたのさ」
「口を動かしてないで、手を動かすの」
「へいへい」
「返事しちゃだめなの。口が動いてるの。あ、砂糖醤油の味見をして欲しいの」
「口も動かさずにどう味見しろと?」
肩を落としながら。
穂咲の無理難題に付き合って。
寸胴にたっぷりと作った砂糖醤油に。
焼餅をひたして一口食べてみれば。
「……うん。絶品」
やっていることは意味不明なのに。
なんて完璧なお料理スキル。
「よっしゃ。ちょうど始業式が終わったの」
そんな言葉と同時に体育館の扉が開くと。
最初に顔を出したのは、穂咲の奇行に慣れている三年生たち。
「うおっ!? また今日はどえらいこと始めたな!」
「藍川か! これ、何の真似だ?」
「穂咲ちゃん! みんなに配る気?」
「そうなの。今年はなんだかお正月気分を味わいきってないまま学校が始まっちったから、愛する同胞たちへ最後のお正月気分をお届けなの」
普段は、亀ですら残像を残すほどに感じるくらいスローモーな穂咲ですが。
お料理に挑む時はこの通り。
わらわらと群がる同級生へ。
あっという間に紙皿へ乗せたお餅を配ると。
「貰った人はずんどこ進むの。後ろがつかえてっと、始業式のアンコールが始まっちまうの」
そんな言葉で周囲に笑顔の花を咲かせつつ。
バーベキューグリルへ追加のお餅をどんどん乗せていくのです。
「しかし、生産力が足りません。この調子では、全員にお餅を配っている間に夕方になってしまいます」
「大丈夫なの。増援を手配しといたから」
「増援?」
眉根で不安と怪訝をちょうどいい塩梅に表現した俺の耳に。
元気な声と。
ため息交じりの声が届きます。
「藍川センパイ! 調理室で焼いたお餅二百個! お届けに参りました!」
「…………帰りてえ」
あちゃあ。
君たちも出ていなかったのですか、始業式。
大きなコンテナを手押し車に乗せて。
穂咲と仲のいい後輩四人組が顔を出しました。
「すいません、皆さん。こんな悪ふざけにご協力いただいて」
「いえいえ! 楽しいことを考えさせたら日本一ですよセンパイたちは!」
「はい……。やっぱり楽しいです、先輩方」
「ほ、ほ、ほんとです! 最高のコンビです!」
「お待ちください。そんなチームに俺の名義を貸した覚えはありません」
この蛮行は、穂咲一人のやったこと。
俺がやっていることと言えば。
お皿を並べて。
お箸を並べているだけ。
あと、もう一つあるとすれば。
最後に先生に叱られることだけが俺のやらかしたことなのです。
……お餅を受け取った皆さんは。
談笑しながら、校庭中に散らばって。
冬休みにあった楽しい話で。
舌鼓を打っていらっしゃる。
そんな笑顔を視界の隅に入れながら。
ひとりにやけ顔でお餅を配る穂咲さん。
君の愛情。
いつも通り、変わらぬ愛。
……変。
いつも通り、変わらず、変。
「…………これじゃホームルーム、いつまでたっても始まりませんよ」
「そんなん楽しみにしてる人いないの」
まあ、確かに。
楽しい時間ではないでしょうけど。
「しかし、未だに先生が殴り込みに来ないですね」
「もう、何人かに配ってるけど?」
おいおい。
とうとう治外法権を獲得しましたか、君は。
呆れて物も言えなくなった俺は。
頭を抱えて。
この、万人から何となく許される不思議な幼馴染を見つめます。
……好きなのか。
嫌いなのか。
考えるきっかけは。
いつも、大っ嫌いから始まって。
「道久君用にはこれを作っといたの」
「……俺にだけ別に?」
「そりゃそうなの」
そして。
いつも、好きなのかもしれないという程度に。
天秤が落ち着くのです。
が。
その後もいつも通り。
天秤が置いてある俺の心の小部屋ごと。
嫌いの側へ、よっこらせと横倒し。
「なんで俺だけ目玉焼きなのです!?」
「これ、あたしの思い出のやつ?」
「知りませんってば!」
穂咲が突き付けて来た大きな紙皿の上には。
15センチ角の巨大な目玉焼きが乗っているのですが。
この人、思い出の目玉焼きを探していると言っているのですけど。
そのヒントが、食べづらかったというだけでは探しようもない。
あと。
俺もお餅が食べたい。
「これ、きっと食べづらいと思うの」
「味付け無しですもんね」
「これ、あたしの思い出のやつ?」
「ですから知りませんって」
文句を言いながらも。
確認しないわけにいきません。
一口食べて。
プレーンですと教えねば収拾つきますまい。
俺は、肩を落としてため息をついた後。
紙皿からはみ出してしまった白身の部分を口に含むと。
意外なことに。
そいつがみにょーんと伸びました。
「おもちっ!?」
「これ、あたしが探してた食べづらい目玉焼き?」
「……食べづらい」
「じゃあやっぱり!」
「残念なことに、目玉焼きではありませんが」
「…………あ」
あ。
じゃなく。
てへっ。
こつんっ。
でもなく。
さすがに文句を言ってやろうとした俺の耳に。
体育館の中から、マイクを通しただみ声が響きます。
「あー、それではこれから始業式のアンコールを始める。秋山、起立」
起立も何も。
立ちっぱなしですよさっきから。
そんな文句をお餅と共に。
ゴクンと飲み込んだ俺は。
とぼとぼと体育館の中へひとり入り。
三時間にも及ぶアンコールを。
立ちっぱなしで聞かされたのでした。
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