(2)事前の取り決め

「――では講義は週に一回で約五か月の二十回。最大の定員は六十人スタートで、途中退講はありでその場合は再受講は不可。講師であるシオリ殿が認める場合はその数には含まれない。

 こんなところでよろしいですかな?」

「そうね。大枠では良いでしょう。……っと、あら? 詩織、何か付け足すことはある?」

「特には……そうだ。講義の内容は完全にこちらが決めることで、学院やそれ以外の者からの抗議は一切受け付けられません」

「そうだったわ。それはいれておかないといけないわね」

「……ふむ。確かに途中で横やりが入れば、講義内容も変更せざるを得ない……となると抗議自体が破綻する可能性もありますか。認めましょう」

「それはよかった。あとはない?」

「今のところ思いつくことは無いですね」

「そう。それじゃあ、とりあえずは今の内容を大枠にして細かいところを決めて行きましょうか」

「いいでしょう。こちらとしてもそのほうが安心できますからな」


 詩織とアリシアの前に座っている白髪の男性――ミラージュ学院長であるオレステが頷いたことで、話し合いは大筋で合意することになった。

 何の話かといえば、以前アリシアが皆の前で話をしていた学院講師の依頼についてだ。

 学院で講師をするとなれば、どのくらいの期間、どういう内容で講義をするのかということを決めなくてはならない。

 この場合のどういう内容というのは、あくまでも受け入れる学生の数などのことで、決して講義の中身のことではない。

 詩織がどういう講義をするのかは、あくまでも彼女自身が決めることになる。

 これらの条項から外れるようなことが起これば、詩織は不利益なくいつでも講師を辞めることができる。

 

 詩織の側も今決めたことが守られていれば、好き勝手に講師を止められないという条件が付いている。

 学院としてはいきなり勝手に気まぐれで詩織に抜けられてしまっては、折角の講義が意味をなさなくなるので必要な条件といえる。

 お互いにお互いを守るために必要なことだからこそ、正式決定する前にきちんとした話し合いの場を持っているのだ。

 この辺りは政治的な場ともいえなくはないので、交渉のほとんどはアリシアが行っていた。

 それらの結果、今ようやく合意が結ばれようとしていた。

 

「それから例の魔法についての論文を書くので、禁書庫を開けてほしいということでしたが……」

「それは詩織ではなく、こちらの灯の担当になります。何か問題でもありましたか?」

「いえいえ。実力的には何の問題もないことが分かっているので、解放すること自体は問題ありません。ただ禁書庫にある書物は持ち出し不可となっているので、その点だけはお気をつけてください」

「そういうことでしたか。灯、問題ないわよね?」

「勿論です」


 アリシアの問いかけに、灯は即答しながら頷いた。

 そもそも金書庫にある書物の類は、表に出してはまずいと判断されているからこそ厳重な管理の元で奥に封印されているのだ。

 持ち出し禁止になっていることくらいは、予想の範疇だった。

 

「それは良いのですが、中で書き物をしたりはできますか?」

「それは勿論できますぞ。そうでなくては書庫としての意味を成しませんからな。まあ、わざわざ禁書庫まで行って論文を書くというのも中々珍しいですが」

「そもそも禁書庫の出入りを認められている方は、どれくらいいるのでしょう?」

「さて。私が把握している限りでは十人に満たないはずですが、過去に認めた方がふらりとやってくることもありますから正確なところは何とも」

「いえ、それで大丈夫です。何となく知りたかっただけですから。それにしてもそんな昔に認めた許可を取り消しもせずに認め続けるのですね」

「ハハハ。それはヒューマン……というよりも召喚者らしい意見ですな。こちらの世界には長寿の種族は様々おりますから、一々許可を取り消したりなどはしませんぞ」

「それでもすべての人に対して永続的に認めているわけではないですよね?」

「その通りですな。今言ったのは、まれに永続的に認めている者についての話になります。申し訳ない。少し話を端折り過ぎましたか」

「こちらが勝手に勘違いしたということもありますから謝らないでください」


 何やら最後は謝罪合戦になってしまったが、認識の齟齬により話にずれが出ることはよくあることだ。

 特にこの世界のように多種多様な種族がいて、それぞれがそれぞれの歴史と文化を持っているともなれば、むしろそういうことはよく起こると言っても過言ではない。

 今回の事前の打ち合わせも、そうした齟齬が起こらないように行われている。

 オレステは詩織たちが『ジョウセイ組』のメンバーであると分かっているからこそ、より慎重になっているのだ。

 

 そんなオレステは、少しだけ戸惑った様子で最後の一人へと視線を向けた。

「シオリ殿とアカリ殿はよろしいですが、シノブ殿は本当に学生として入学されるので?」

「完全に学生となるわけではないが、もし認められるのであれば気になった講義は受講してみたいな」

「それは構わないのですが、卒業の資格などは与えられませんが……」

「さすがにそこまで求めるつもりはない。あくまでもこの二人がここにいる間、自由に講義を受けてみたいだけだからな」

「そうですか。そういうことでしたら特に問題はありません。自由に受けてください」

 忍の目的を知ったオレステは納得した様子で何度か頷いていたが、ふと何かを思いついたように握った右手の拳を左手に打ち合わせた。

「そうだ。できれば受けた講義についてのレポートなんかを纏めていただけると助かるのですが? 何。用紙一枚二枚の簡単なもので構いません。契約ではありませんから別に書かなくても構いません」

「レポート……ですか。書いたことは無いですが、それくらいでしたらやってみます」

 初めてのことにチャレンジしようとする忍の心意気が気に入ったのか、オレステは満足げに頷いていた。

 

 これで灯が禁書庫にこもって論文の作成、詩織が講師、忍は気が向いた時に講義を聞きに行くことが決まった。

 あとはその日が来るのを待つだけでいい。

 幸いにして学院ではどこからどこまでが抗議の始まりと終わりと決まっているわけではなく、それぞれの講師が好きな時に初めて好きな時に終わらせるようになっている。

 学院で学ぶ学生たちは、必要な単位を取っていけば卒業できるようになっている。

 一応入学試験がある以上は学年の仕切りもしっかりと存在しているのだが、在籍年数などはあまり気にされることは無い。

 むしろ長くいればいただけ多くの講義を受けていると思われることもある。

 

 日本のきっちりとした単位受講からすれば何とも曖昧ではあるが、これまた寿命が違う種族が多くいる世界だからこその取り決めだといえるだろう。

 学院を卒業するためには必要な単位数というのもあるので、一つだけ講義を受講しただけで「学院出」と名乗ることができないようにもなっている。

 そうした日本と違った点を見て回るだけでも面白いだろうというのが、気まぐれで講義を受ける気になった忍の考えだ。

 とにかく、三人がこれから学院で色々と活動していくことは今回の話し合いで正式に決まった。

 メインはあくまでも講師として働くことになる詩織だろうが、他の二人も楽しみにしていることはあるのであった。

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