(12)青龍
古代龍が放った青い光の塊は、着弾と共に周辺に小規模な自然災害ともいえる被害をもたらした。
だが、それに対して文句を言えるものはほとんど存在していない。
何故なら祭湖が古代龍の一体である青龍の住処であることは、国内において上位の情報を得られる者たちにとっては公然の秘密であるからだ。
古代龍がこの世界にとってトップクラスの力を持つ存在であることは誰もがしる事実であり、それ故に青龍自身の住処を多少傷つけたところで目くじらを立てるわけにもいかない。
もっといえば、古代龍が国家に対して暴れたところで、それを止める手段は人族には存在していないのだ。
それらの理由から祭湖の一角で何やら普通ではありえない自然災害が起こったとしても、『またいつものことか』と流されるのが通例であった。
もっともそんな通例は、現地で被害にあっている当事者たちにとっては何の解決にもならない。
町に入るなりいきなり呼び出された伸広たちは勿論のこと、青龍から彼らをここまで連れてくるように言われていた神教組もこんなことをされるとは思ってもいなかったからだ。
神教組にとって青龍は、普段は穏やかな性格で国内に暮らしている人々に迷惑をかけるような存在ではない。
人族が青龍に対して直接何らかの迷惑をかけたのであるならともかく、そうでない場合は理不尽な要求をすることもないのだ。
そんな存在が、望みどおりの人材を望み通りの場所に連れてきただけで、普通の人間では耐えられないような攻撃をしてくるなんてことは、欠片も考えていなかったのである。
その結果、青龍を召び出した卑弥呼を筆頭に、盛大な悲鳴を上げることになった。
「「「「「キ(ギ)ャ~~~~~~!!」」」」」
その悲鳴は周辺で起こった災害で出た爆音に対するもので、その次の行動としては恐らく来るであろう土砂などから身を守ることであった。
本来であればあのような攻撃が直接当たれば、身を守るなんて悠長な行動をとることなく、あっという間に別の世に旅立つことになるのだが、そんなことを気にする余裕なんてものはない。
それに青龍が攻撃(?)が当たった時点で反射的に目を瞑ってしまっていたので、正確に状況を確認していたものはほとんどいなかった。
ほとんどの者が突然起きた出来事に気を取られる中、約二名は別の動きをしていた。
内一人は、卑弥呼が青龍を呼び出す前に伸広から話しかけられていたアリシアだ。
アリシアは、青龍がその大きな顎を空けて攻撃(?)の態勢をとった瞬間、伸広に言われたとおりに準備をしていた防御結界を全員が入れる広さに展開をした。
アリシアが結界を張った時に唱えた呪文は周辺の土砂が巻き上がる音にかき消されていたが、防御結界自体は正常に稼働した。
アリシアが張った結界が無事に稼働した結果、悲鳴をあげていた面々は次に来るはずの被害が来なくてキョトンとした状況になった。
とはいえ、その状況になっていたのは非戦闘員の神教三人組だけで、灯たちは既に戦闘態勢になっていた。
来るはずのない被害が来なかったことで、アリシアが何らかの結界を張ったと一瞬で理解できたのである。
ちなみにここまでの時間は青龍が攻撃(?)を仕掛けてからほんの数秒のことで、灯たちの反応が鈍かったということは決してない。
アリシアが張った結界のおかげで青龍の攻撃と土砂の巻き上げやら暴風などの被害を無事にやり過ごすことができた一行は、次の瞬間起こった出来事に再び目を丸くすることになる。
というのもアリシアの隣にいたはずの伸広がいつの間にかいなくなり、彼(彼女)らが気付いた時には青龍の背後にいたのである。
青龍がいるのは湖の中なので、その背後といえば当然湖の上ということになる。
青龍が攻撃を仕掛けてきた瞬間、伸広は一瞬で魔法を使って上空に浮かび上がり背後をついたのだ。
もっとも伸広が青龍の後ろにいると灯たちが気付いたのは、伸広が青龍に対して攻撃(らしきもの)を仕掛けたからだった。
何しろ自分たちに攻撃を仕掛けて結果を見ていたはずの青龍が、いきなり暴風に煽られた大木のようにいきなり横に揺れたのだ。
その直前に伸広が発したらしい何らかの魔法の塊らしきものが青龍に当たったのだから気付かない方が難しいだろう。
とはいえ灯たちは、伸広のこれらの行動をきちんと正確に把握していたわけではない。
あくまでも起こった結果から推測しただけだ。
この一連の流れを見ただけでも、伸広と青龍の間に行われた行為についていけた者は皆無だと言える。
これは別に灯たちの冒険者としての能力が低いというわけではなく、伸広と青龍の動きが突き抜けているだけだ。
いずれにしても伸広の明確な攻撃は、青龍の不意を突くことができた。
ただあくまでも不意を突いたというだけで、青龍に対して致命的なダメージを与えたというわけではない。
そのことを誰よりも理解していた青龍が、ここでさらに追撃をしようとしている伸広に対して話しかけた。
『あ~。待て待て。俺が悪かった。きちんと謝罪するからこれ以上は止めよう』
「謝る相手を間違っていないか?」
端的にそう返してきた伸広を見て、青龍は内心で冷や汗をかいていた。
伸広の言動で、彼が本気で怒っていると一瞬で理解できたのだ。
この世界に住まうほとんどの生物に対して色々な面で優(上)位に立てる青龍だが、この時ばかりは違っていた。
怒っている相手が伸広であるという事実は、古代龍の一体である青龍にとっても簡単にやり過ごすことはできない。
その事実をこの場にいる誰よりも理解している青龍は、その身をもってそれを証明することになる。
『わかってる。きちんと向こうにも謝るから、今は矛を収めてくれないか?』
そう言いながらその巨大な頭を下げた青龍に対して、伸広はしばらくじっと見ていたがやがて一度だけため息をついてあげていた右腕を下げた。
それと同時に事前待機していた魔法の数々を解いた伸広に、青龍もようやく安堵した様子になっていた。
いってしまえば爬虫類系の顔の青龍だが、雰囲気だけでそれが理解できるという貴重な体験をした一行だったが、あまりありがたい出来事出なかったことだけは確かだった。
もっともこんなことを考えられるようになるのはもう少し落ち着いてからのことで、今の灯たちはそこまで余裕があったわけではない。
その一方で、伸広と青龍のやり取りを唖然とした表情で見ていたのは、神教一同であった。
彼らにしてみれば青龍は神にも近い存在で、人族はそれに対して対抗する手段を持っていないと考えられている。
故に青龍に対しては信仰に近い対応をしているのだが、その青龍に対して対等どころか謝罪までさせるというのは普通では考えられないのだ。
それにも関わらず伸広との会話を終えた青龍は、先ほど伸広に対して行ったのと同じように頭を下げてきた。
『すまなかった。我にとってはちょっとしたいたずらだったのだが、この者が言うように確かにやりすぎだった。……こ奴がいるから大丈夫だろうと思い込んだ我の間違いだった』
そう言ってしっかり謝罪していた青龍に、神教一同は慌てることしかできなかった。
まさか本当に青龍が自分たちに頭を下げることがあるとは考えてもいなかったのだ。
その彼らの様子を少し後ろから見ていたアリシアは、苦笑しながらも助言するように声をかけた。
「皆さま。慌てる気持ちはわかりますが、今は謝罪を受け入れるのが先ではないでしょうか?」
そうしないと話が先に進まないと言外に告げるアリシアに、神教一同は一も二もなくコクコクと首振り人形のように頭を上下させるのであった。
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