(7)目的地の前の港町

 何事もなく無事にドゥンゴ国のトウコウという町に着いた灯たちは、これまでの旅の疲れを落とす意味でも数日間この町で過ごすことにしていた。

 そもそも目的地である蓬莱に向かう船は週一度しか出ておらず、タイミングが合わなかったということもある。

 ちなみにこの世界で週一の頻度で違う国へ船が出ているというのは、かなりの頻度だったりする。

 それだけその航路の需要が多いという意味であり、それなりの数の人の往来があるということでもある。

 大陸から島国である蓬莱へと向かう船はここからだけ出ているわけではないということも合わせて考えると、多くの人々が蓬莱と大陸を行き来していることになる。

 その多くは行商人や大手の商会などの関係者なのだが、灯たちのように少なからず冒険者が向かうこともある。

 船で数日かけて行かなければならないほどに離れた場所にある島国には、大陸にはいない魔物なども出現するので珍しい素材などを求めて行く者もいるのだ。

 その逆もまたしかりというわけで、どちらかの国が鎖国をするなんて事態にならない限りは人々の往来が減ることはないだろうと言われている。

 

 町に入った当日は長旅の疲れを癒すために、即宿に入って休息をとるだけで終わった。

 その翌日は完全な自由時間となったので、それぞれ思い思いの行動をとっていた。

 といっても、伸広とアリシアは宿で過ごして、他の三人が外に出て町をプラプラするといういつものパターンになっている。

 灯が女子組と一緒に行動すると宣言したときに、詩織や忍が微妙な表情になったことに気付いたのはアリシアだけだった。

 

 今いるトウコウの町は、普段灯たちが活動拠点にしているリンドワーグ王国とは違った文化が発達している。

 それを具体的にいえば――、

「…………うーん。東アジアと東南アジアを足して二で割った感じ?」

「何をいきなり……って、そういうことか」

 灯が突然言い出した感想に、一瞬何のことが分からずに首を傾げた忍だったが、すぐに納得の表情になった。

 

 文化の面でいえば、魔法が発達して各国の交流が盛んなこの世界では中心地にある建物に大きな違いはない。

 灯たちがいた世界で首都と呼ばれている大きな都市やそれに並ぶ都市が似たような建物になっているのと同じようなことだろう。

 勿論、その地域に住んでいる建築家によってデザインや構造に変化はあるのだが、使われている素材などに大きな違いがないのだ。

 大陸でトップクラスの建築家ともなれば、各国に招聘されてデザイン(設計)することもあるので、全く違う国に行っても同じ建築家によって設計された建物が建っているなんてことは珍しくはない。

 

 このように建築物という面では大きな違いはないのだが、ここで灯が言ったのは食文化に関することだ。

 もっとも今のところ大通りに立ち並んでいる屋台を冷やかしながらの言葉なので、ちゃんとした食堂に入ればまた別の感想が出てくるかもしれない。

 残念ながら人の胃袋には限界というものが存在するので、次々に気になる店を訪れてこの国の食文化を堪能するということはできない。

 というわけで、今のところは屋台で売られている物だけを見ての感想となったというわけだ。

 

 もっとも灯にしても忍にしても、地球にいた時に他国に行って直接食を堪能したことがあるわけではない。

 あくまでも知識で知っている情報とたまに外食していた異国料理からそう判断しただけなので、灯が言ったことが正しいかどうかはこの場にいる三人にはわからない。

 それに灯の感想が違っていたからといって、もはや戻ることができない世界のことなので、だからなんだと突っ込まれれば終わる話でしかない。

 あくまでも町ブラをしている間の話題の一つでしかないので、細かい正確さなど求めていないのだ。

 

「確かに、使われている香辛料? とかはそんな感じがするねー」

「だな。――だが、香辛料であればインドとかも発達していたような……?」

「あそこはカレーというイメージかな」

「それもそうか」

 ――とまあ、こんなざっくりとしたイメージでしかなく、話をしている当人たちも実際に合っているかはそこまで深く気にしていない。

 

 

 そんな感じの会話を繰り広げつつ町ブラをしていた灯たちは、なんとなく進んでいた大通りの先にこの町の象徴でもある大きな港にまでたどり着いていた。

「町の外から見えていた時から思っていたけれど、近くで見ても改めて大きいと思えるね」

「そうよねー。こっちに来てから一つの目的で作られた施設で、ここまで大きなものは見てないからそう思えるのかな?」

「なるほど。それはあるかも知れないな」

 灯の言葉に詩織がそう付け加えると、忍が納得の表情で頷いていた。

 

 船の大きさでいれば、はるかに大きな船――豪華客船などを映像などで見たことがある灯たちからすれば、二本マストが基本のこの世界の船はそこまで大きいとは言えない。

 だが、十数隻を超える木造で作られた帆船が常に港を停泊したり出入りしているという光景は、あちらの世界でも見たことはない。

 これを見ているだけでも『トウコウの港は東洋一!』といううたい文句も嘘ではないと思えてくるから不思議だ。

 少なくとも灯たちがこれまで目にしてきた港の中では一番の大きさなので、わざわざ疑う必要もないのだが。

 

 ちなみに魔法がある程度発達しているこの世界の帆船は、風の力で動くという基本からは外れていないのだが、色々なところで地球で発達してきたものとは違ったベクトルで開発が進んでいる。

 具体的にいえば、魔法の力を使って無風の状態でもある程度進むことができることや多少の嵐に遭遇してもさほど大きな被害を受けることなく進むことができるなどだ。

 そうした技術的なことや航海術に加えて、普通に魔物が出てくる海域を航行することもあって、商材を運ぶ民間船などにも大型の武器が積み込まれている。

 もっとも、それらの武器は襲ってきた魔物を『追い払う』ことか『逃げる』ことを主眼にして作られていて、一撃で魔物を倒せるような威力のものはない。

 人を相手にする場合にはある種のコケ脅しとばれてしまうような装備であっても、魔物相手にはそれで十分なので軍船ではない民間の船には重宝されているというわけだ。

 

 灯たちは、日本でいえば重火器に当たるような装備を見ても心躍るような趣味は持っていないが、それでもそうした装備を積んだ多くの船を見ればなんとなく頼もしいという気持ちはわいてくる。

 結果として港を見ているだけでかなりの時間が経ってしまったのだが、それについて文句を言う者はいなかった。

「――――そういえば、私たちが乗る船はどのタイプの船なんだろうね?」

「確かにな。どれも似たり寄ったりに見えるから、やはり同じような感じになるのではないか?」

 

 灯の問いに忍はそう答えたが、もしこの世界の船大工が耳にすれば表に出すかはともかく、内心ではため息をついていただろう。

 なぜなら彼女たちが見ていた範囲だけでも、古いものから新しいものまで様々な船が停泊したり動いていたからだ。

 あるいは軍に所属する魔法使いであれば、船に詳しくなくてもついている装備を見ただけで理解できる者もいるだろう。

 だが、そうした方面にはまだまだ疎い彼女たちがそんな感想を持つのも無理はないのであった。

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