(19)御大(?)登場
志保と夏目の顔色が揃って変わっただけではなくその中に恐れのようなものが混じっているのを感じた灯たちは、突然現れた女性がグロスターダンジョンに関係しているとすぐに察した。
今このタイミングで彼女たちが恐れるような存在というのが、それくらいしか思いつかなかったというのもある。
ただし、確証のあることではないので、相手が口を開くまで余計なことを言うことはなかった。
女吸血鬼は転移魔法でいきなり現れたのだが、たままた灯たちがいた店内にはほかにお客がいなかったので、そのことで騒がれるようなことはなかった。
カシマ町に定住している吸血鬼はいないが、たまに旅などで訪ねてくる者はいるので吸血鬼だからといって騒がれることはない。
この場合に騒ぎになるというのは、転移魔法で姿を現したことである。
志保と夏目の顔色に気付いているのかいないのか、女吸血鬼はいきなり灯たちを見てニンマリと笑った。
「あらあら。――やっぱりだったわねえ。もしかしてと考えて印をつけていて正解だったわ」
「……な、何故、ここに……?」
唇を震わせながら問いかける志保に、女吸血鬼は小首を傾げながら答えた。
「ああ。別に、あなた方が目的じゃないからそんなに心配しなくてもいいわ。自分のエリアが侵されない限りは、わざわざ追いかけるなんてことはしないから。今回はちょっと別の目的があってね」
志保に向かってそう答えた女吸血鬼の視線は、後半から灯たちへと向いていた。
流石にこの状況で無視を決め込むことはできないと判断した忍が、三人を代表して口を開いた。
「――どうやら私たちに用があるようだが、初対面だと思うのだが?」
ざっくばらんな口調で話しかけてきた忍を見て、女吸血鬼は先ほどの笑みとは違った楽しいと思える笑顔を見せた。
「この私にそんな言葉づかいで話しかけてくる者なんて、何年振りでしょうね。ああ、別に怒っていないからそのままでいいわ。――それで、初対面かどうかだけれど、確かにそのとおりよ。初めまして、私の名前はカルラというわ」
「初めまして。私は――そうだな。シノとでも呼んでくれるとありがたい」
「シノ、ね。わかったわ」
魔法的な観点から敢えて本名を名乗らなかった忍に、女吸血鬼――カルラは特に気にした様子もなく素直に頷いた。
それを見ていた灯と詩織も、それぞれカリン、サトリと名乗っている。
三人が名乗った名前は偽名とかではなく、伸広から魔法を学ぶにあたって通名を決めておいたほうが良いと言われてその時に決めた名前だ。
魔法が使えるこの世界において名前というのは非常に重要で、簡単に真名に当たる名前を他人に教えてはいけないとされている。
ちなみに本名=真名ではなく、そういう意味では志保や夏目も灯たちのそれぞれの真名は知らない。
本名に当たる日本名でも魔法的に縛ったりすることは可能だが、真名ほどに効果が現れることはない。
それほどまでに、魔法を使う上で真名というのは大事な存在なのである。
カルラは灯たちが本名ではない名を使ったことに気付いて、今後は小さくクスリと笑いながら言った。
「ねえ、貴方たちは知っているかしら? 今では、そこまで真名と普段の名前を使い分ける人はほとんどいないのよ?」
「……そのようですね。気に障ったのでしたら謝罪いたします」
そう言いながら頭を下げようとした灯に、カルラは軽く手を振って止めた。
「まさか。そんなことで気にするようなことはないわよ。むしろ、懐かしく思えたくらいだわ。それに、お陰で確信もできたし、ね」
「確信……ですか」
「そうよ。――ああ。別にこれがなかったとしても、貴方たちに会えた時点で大体確信していたからダメ押しのようなものよ。だからそこまで気にする必要もないわ。だから、そんなに警戒しなくていいのよ?」
余計なことを言ってしまったかと考えた灯たちの頭の中を読んだかのように先回りして、カルラはそんなことを言ってきた。
要するに今までの会話があろうがなかろうが、灯たちと会った時点で既にカルラの中で確信めいたものが出来上がっていたというわけだ。
その確信というのが何を指しているのかは、先ほどの志保の会話とこれまでのカルラの態度で灯たちも何となく察することができている。
だからこそ、警戒しなくてもいいというカルラの言葉をそのまま信用することはできない。
目の前にいるカルラが何を目的に自分たちに接触してきたかがはっきりしていない以上、下手に情報を与えることはない。
灯たちはそれをお互いに直接口に出してはいないが、無言のやり取りで既に認識を共有していた。
その雰囲気を感じ取ったのか、カルラはフッと笑みをこぼしてから続けて言った。
「――本当に。あなたたちがこちらに来たのはいつか知らないけれど、よくできた子たちね。それとも、意外にあの人の教えが良かったのかしら?」
具体的な名前は出さなかったが、それでもようやく伸広のことを言及したカルラに三人の緊張もますます高まる。
「だから、そんなに緊張しないでちょうだい。別に取って食おうというわけじゃないわ。それに、そもそも私程度じゃ、あの人をとって食うなんてことはできないわよ?」
「……それは、どちらの意味で、でしょうか?」
ここでようやく疑問を口にしてきた灯に、カルラは『おや?』という顔になった。
だが、長年の経験と灯のとっている何ともいえない態度からすぐに納得の顔になってニンマリと笑いながら頷いた。
「そういうことね。でも、残念ながら恐らくあなたの予想は当たっているわね。……と、言いたいけれど、あの朴念仁は全く気付いていないっぽいけれど」
「…………そうですか」
残念そうな表情で肩をすくめながら言ってきたカルラに、灯も微妙な表情になりながら頷き返した。
妙なところで奇妙な連帯感が生まれそうになったところで、忍が呆れ気味に割って入った。
「二人に共通の認識があるのはわかったが、その話題で盛り上がるのはまた別の機会にしてもらえるか?」
「あら。混ぜっ返すようだけれど、別の機会はあるのかしら?」
「さあ。どうだろうな? ――あるかどうかは、当人に聞いてみたらどうだ?」
少し間を空けてから忍が確信をもってそう宣言をした。
するとそのタイミングを待っていたかのように、再びこの場にいなかったはずの人物が現れた。
勿論その現れた人物は、たった今カルラと灯が話題にしていた伸広当人である。
カルラが現れてからサポート君を通してこのやり取りを聞いていた伸広は、二人の会話に我慢ができなくなって姿を現すことにしたのだ。
この時の灯たちはまだ知らなかったが、彼女たちがやり取りをしていたのがダンジョン内ではなかったということも大きく影響している。
「別の機会は、あるとすれば君の態度次第じゃないか?」
「あらあら。あなたがそんなことを言い出すなんてね。彼女たちのお陰で変わったのかしら? それとも例の話題の彼女のお陰?」
「……ノーコメントで」
「フフ。まあ、いいわ。そのお陰で、引きこもりがちなあなたがこうして姿を見せてくれたのだから」
あえて無表情のまま返答してきた伸広に、カルラは右手で口元を隠しながらそう応じるのであった。
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