2度目の異世界は周到に

月夜乃 古狸

第1話 ありふれた勇者召喚(ダメなほう)

 多元宇宙論という考え方がある。

 我々の存在する宇宙は、他に無数に存在する宇宙のひとつに過ぎず、平行世界や多次元世界などの無数の世界が存在するという考えだ。

 理論物理学の分野ではテグマーク理論やサイクリック宇宙論など様々な論説が唱えられているが、その想像力をかき立てられる名称は様々なSFやファンタジーで引用されてきた。

 どんな荒唐無稽な世界であってもその世界が存在しないと証明することは出来ない。だからこそ無数の世界が想像され、創造され、語られる。

 

 ジュール・ベルヌは云う。

「人が想像できることは、人が必ず実現できる」

 ならば、人が想像できる世界もまた実在してもおかしくはない。のかもしれない。

 無数に語られる無数の世界。

 そんな中でも、特に数多く語られる、剣と魔法、精霊とドラゴンのファンタジー世界。そんな世界に現代の日本から、連れてこられ、呼び込まれ、迷い込んだ多くの人達の物語。

 これは、そんなありふれた世界のありふれたお話し。

 

 

 

 

 

 

 

 徒歩で縦断するには数年は掛かるという広大な大陸。

 その西部にある、グローバニエ王国、西部地域における中堅国家だが領土欲が旺盛で周辺国との小競り合いが絶えない傍迷惑な国だ。

 その国の中枢である王都、の、さらに中心、王城の一角にある聖堂に数十名の人間が集まっている。

 

 無駄に装飾の多いキンキラリンな服とマント、王冠を被った太った中年の男と髭だけは立派な痩せぎすの男、清楚さを演出しているのであろう純白のローブを着た若い女、戦場では悪目立ちし過ぎしそうなド派手な甲冑姿で偉そうな態度の騎士、黒いローブを着た怪しげな風体の数人の男、そしてその他大勢の騎士達である。

 その面々が注視する先にあるのは石の床に刻まれた巨大な魔法陣だ。

 

 それを同じように注視しながらも忌々しげに睨み付ける騎士が1人。

「クソッ!」

「エータ、しっ!」

 舌打ちと吐き捨てるような呟きに、隣に立っていた騎士が鋭く、且つ小声で叱責する。

 これは別に目の前で行われている行為を尊重するものではなく、誰かに聞きとがめられないようにとしたものだ。その証拠に目線だけを動かして近くの騎士の反応を注意深く見ている。

 

「でもカスミ」

「今は我慢して。どうせ止められない。チャンスを待つしかないわ」

 目線とごく小さな声で反論する騎士に、カスミと呼ばれたもう1人の騎士が同じくエータにしか聞こえない音量で制止する。

 甲冑のヘルム(兜)で顔は見えないが2人とも声がかなり若いようだ。しかもカスミにいたっては女性のようである。

「チャンス、か。あればいいけど」

「…………」

 どこか諦めたようにも聞こえる声でエータが呟くが、カスミはそれに答えることなく魔法陣を睨んでいた。

 

「陛下、準備が整いました」

 黒いローブの男の1人が王冠の豚、もとい、王冠を被った国王らしき人物の前に歩み寄りそう報告する。

「うむ。では始めよ」

 国王は偉そうに頷くと、これまた偉そうに命令する。

 それを受けたローブの男は別の男が差し出した壺に施されていた封印を解き、中に入っていた赤黒い液体を、石畳に刻まれた魔法陣の溝に流し込み始める。

 途端に周囲に吐き気を催すような禍々しい臭気が漂う。

 

 全ての魔法陣に液体が注ぎ終えるのを待ち、黒ローブの男達が呪文の詠唱を始める。

 一小節、二小節、呪文が進む毎に何か、目に見えない異様な力が魔法陣に満ちてくるのが周囲で見ている者達にも感じられた。

 いよいよ術が佳境に差し掛かったのか、黒ローブは一層声を張り上げる。詠唱する全員の額からは大量の汗が流れ、表情には辛労が浮かび、手足は震えている。

 術者に相当な負担が掛かっているのであろう。

 

 やがて、魔法陣の内側の空間が陽炎のようにユラユラと歪み始める。

 そして一瞬揺らぎの中に周囲の景色とは明らかに違う光景が映し出され、すぐに元に戻った。魔法陣の中心に1人の人間を残して。

「……成功です」

「おお! でかした!」

 黒ローブのリーダーっぽい男が、もったいぶったタメの後結果を告げると、国王が喜色を湛えてねぎらいの言葉を掛けた。

 

 魔法陣に現れたのは、30歳前後の男、背は180センチほどであろうか、スポーツマンを思わせる体格と、短めの髪をアップにし無精髭を生やした、少し前なら”ちょい悪オヤジ”などと言われそうな風体で、ストレートのブルージーンズに淡いグレーのシャツ、モスグリーンのブルゾン、肩には少し大きめのショルダーバッグを引っかけている。

 街を歩くちょっとオシャレなオッサンという感じの男だった。

 

「勇者よ。我等の呼びかけに応えてよくぞ参られた。心より歓迎する」

 王はその場から動くことなく声を張り上げる。

 言葉を掛けられた男はというと、ほんの一瞬、王の方に目を向けた後は魔法陣の刻まれた石畳にしゃがみ込んで塗料となった赤黒い液体を観察したり、周囲を歩き回って魔法陣に近づいたり遠ざかったりしながら陣を調べる仕草をしている。

 まさかのガン無視である。

 

「……ゆ、勇者殿? 我等の話をどうか聞いて欲しい。我が国は危機に瀕している。周囲の国は怪しげな術や非人道的な兵器を用いて我が国の国境を蹂躙しているのだ。勇者殿には、その、ゆ、勇…」

 男の態度に変化無し!

 国王としてここまであからさまにスルーされた経験などあるわけがない。テンプレ通りの誘い文句を繰り出すもまるで聞いている様子のない男にこめかみに青筋が浮く。

 

「貴様は耳が聞こえぬのか! 陛下のお言葉を無視するとは何事か!!」

 口髭ので痩せぎすの男、略してヒゲガリ、が不愉快そうに怒鳴る。

 隣に立つ偉そうな騎士も腰の剣に手をやっており、プッツンするのも秒読み段階といえた。

 はっきり言って国のトップと重鎮と思われる人物にしては短気すぎである。

 

「あ、あの、勇者様! 突然このような場所に来られて戸惑われているとは存じますが、どうかお話しを聞いていただけませんか?」

 状況を見かねたらしく、遂に純白のローブの女が進み出て男に声を掛けた。

 そうしてようやく男は女の方を向いて話を聞く姿勢を見せる。

 その様子に、女に一瞬ドヤ顔が覗くが、すぐに表情を取り繕って神妙に言葉を続ける。

 

わたくしはグローバニエ王国の第一王女、セイラ・レ・クローズ・バニエと申します。突然貴方様をこの国に召喚した無礼をどうかお許しください。先程国王陛下がお伝えしたとおり、私達は現在…」

「――――! ―――――――――、―――――――――!」

 男は王女の話を遮り、何やら話しかける。だが、彼女、というか、この国の人間にその内容を聞き取ることは出来なかった。

 声自体は聞こえている。むしろよく通る十分な声量といえる。が、如何せんこの国、いや、大陸で使われているどの言葉とも当てはまらず、理解が出来なかったのだ。

 

「ぐっ! っっっっふ、いっ!」

 微かに参列している騎士の方から咽せたような声が聞こえてきたりもしたのだが、幸いというか、その事に気がつく者は誰もいないようだった。

 

「どういう事だ? 召喚すればこの国の言葉を話すことが出来るようになるのではなかったのか?」

 国豚、失礼、国王が黒ローブに厳しい目を向ける。

「い、いえ、術式には間違いなく言語を習得させるものが含まれているはずです。現に前回召喚した者達は問題なく言葉が通じるようになっておりますし、今回も召喚できている以上、術式に不備はないはず、なのですが」

 黒ローブは慌てて弁明するも、実際に言葉が通じていない様子なのでだんだん口調に自信が無くなって尻すぼみになってしまう。

 

 その間も男は王女に対する態度とは思えないほどフレンドリーに何事かを話しているが、彼女としては言葉がわからないのでどのように対応していいのかわからず絶賛困惑中だ。

 とりあえず、敵対する様子は見られないために曖昧な笑顔を浮かべつつ、少しずつ後ろに下がって行く。有り体に言えば盛大に引いている。

 そんな混乱気味の中でも空気を読まない輩というものはやはりいるものだ。

 とうとう耐えきれぬとばかりに額に青筋を立ててど派手な甲冑の男がずかずかと男に近づいた。

 その騎士の兜の上には赤く染められた巨大な鳥の羽が飾られている。余程沢山のお金を寄付したのだろう。日本では10月はじめから福祉目的で募金を集めているが、異世界にもきっと同じ団体が存在するに違いない。

 

「貴様! 言葉がわからぬとはいえ殿下に対する無礼は許し難い! 処罰は覚悟の上であろうな!」

 アホである。

 言葉が通じない、それも常識も何もかもが違うはずの異世界人に地位だのなんだと言ったところで覚悟もへったくれもあるわけがないのである。

 当然ながら男の態度に変化はない。

 その事でさらにぶち切れる募金騎士。

 

「貴様! まだわからぬか! もう我慢できん! 斬り捨ててくれる!!」

 如何せん色々と考えの足りない人物である。

 が、手に持っているものはシャレにならない。過剰な装飾が施されていて実戦でどこまで耐えられるか怪しいとはいうものの、それでも真剣である。

「待てゼビウス!それは…」

「この度の召喚は失敗だったのです! 奴隷をまた集めてやり直せば良いでしょう。こやつはこの場で! ぬんっ!」

 

 スラリ、というには少々もたつきながら募金騎士が長剣を抜き、上段から男に向かって振り下ろす。

 男はというと、相変わらずの態度のままで何が起こっているのか理解していなさそうな様子だ。

 見ていたもの全てが、男が斬られて床に倒れるのを当然の如く予想する。が、

 ドシャン!

「ふぶぇ!!」

『は?!』

 鈍い音と共に床に叩き付けられて間の抜けた叫びを上げたのは、斬りかかったはずの騎士であった。

 

 何が起こったか。当然戦闘のプロである騎士達には見えていた。が、理解したかどうかはかなり怪しい。

 男は振り下ろした剣よりも早く騎士の身体に踏み込み、振り下ろした腕を両手で掴みながら、低い体勢から腰で騎士の胴体を跳ね上げ、蹴り足で相手の両足を高々と払ったのだ。

 見事な一本背負い。柔道の模範演技にしたいほどの出来映えである。是非嘉納治五郎先生に採点していただきたい。

 次いで男は何故か、そのまま騎士の顔面を掴み、静止する。

「?」

 すわ追撃かと制止しようと駆け寄る仕草を見せていた数人の騎士も状況を見極めかねて足を踏み出せないでいた。

 

「ふむ、なるほどね。いや、失礼した」

 そのままの姿勢で数十秒。

 やがて男がそう呟いて顔面から手を離す。

「言葉が急に分かるようになった。で? ここはどこで、これはどういった状況か教えてもらえない?」

 分かるようになったといっても顔を掴んでから後は誰もしゃべっていないのだが何で分かるようになったといえるのか、その辺は誰もツッコまない。というか気付くこともなく、視線は豚に集中する。

 

「そ、そうか、術が今頃になって効いたのか?」

「えっと、おそらくはそうなるかと、魔法に対する抵抗力が高いと術式の効果が遅れることもある、のかも、い、いえ、多分そうです! はい!」

 確認するように豚が黒ローブを見ると焦ったようにコクコク頷きながら答えた。

 術の失敗となればどんな罰を下されるか分かったものじゃない。原因がどうあれ結果が同じなら良いじゃん、とばかりに押し切ることにした。

 

「え、え~っと、わ、私がご説明致します。そ、その、今この国は危機に瀕しているのです。勇者様、どうかお力をお貸し下さい」

 微妙な空気の中、「オマエが言えよ」と言わんばかりの豚からの視線を受けて第一王女が仕方なく歩み出る。が、先ほどドン引きした影響か端から見るとへっぴり腰である。

 

「危機、ねぇ……。ところでオタクは?」

「っ! 改めて・・・名乗らせていただきますね。私はローバニエ王国の第一王女、セイラ・レ・クローズ・バニエです。勇者様のお名前をお聞かせ下さい」

 一瞬、ピキッと青筋が浮かぶがすぐに取り繕って名乗る。しかし、内心の苛立ちが多分に言葉に表れて些かきつい口調になっている。

 

「勇者ときたか。王女様でしたか、これは失礼致しました。私は上泉伊勢守信綱と申します」

「ぶっ!」

 周囲を囲んでいる騎士達のほうから、何やら吹き出すような品のない音が聞こえてきて、全員の視線が向く、が、騎士達は全員ヘルムの面帯を付けているので誰かは分からなかった。

 

「カミイズミイセノカミノブツナ様、でございますか? あの、何とお呼びすれば?」

「んじゃ、卜伝と呼んで下さい。しかし、こちらは平和な日本という国から来たんで戦うといってもどこまで力になれるか」

「ボクデン様、ですね? 力に関してはご心配には及びません。召喚してここに来られた時点で膨大な魔力をその身に宿しているはずです。魔力は魔法として放出することもできますし、高い魔力があれば身体能力も並の者よりも遙かに高くなるのです。使いこなすには少々の訓練は必要ですが、勇者様であればすぐに戦えるようになるはずです」

 途中でまた騎士の方から「ブヒョ」とかいう音がしたが今度は音も小さかったので誰も気にしなかった。

 

「う~ん、お話は分かりました。しかし、こちらも突然のことなので混乱しておりますし、すこし落ち着く時間を頂きたいのですが」

「ごもっともですわ。お部屋をご用意しておりますので本日はごゆっくりお休み下さいませ。明日にでも詳しいお話をさせていただきたいと思います」

 男が無精ヒゲを撫でながら言うと、ようやくペースを取り戻せたらしい王女が優雅に微笑みながらメイド服姿の案内の女性を呼んだ。

「この者が身の回りのお世話をさせていただきます。どんな事でも・・・・・・お申し付けください」

 やたらと一部分を強調しながら笑みを浮かべる王女。ハニートラップする気満々である。

 

 男がメイド服に先導されてその場から退出すると、豚と王女、ヒゲガリも出て行った。

 一本背負いで床に叩きつけられた騎士はというと、腰でも痛めたのか立ち上がることが出来ずに数人の騎士に手足を持たれて運ばれていく。

 持ち方や運び方が少々雑なのは、普段どのように騎士達に接しているのかが実によくわかる扱いである。

 最後に騎士達も退出し、一連の儀式は終わりを迎えた。

 

 

 

 

「はぁ~~!!」

 参列していた騎士のひとり、佐々木英太ささきえいたは宛がわれている部屋に入ると、身につけていた甲冑を脱ぎ捨てて盛大な溜息を吐きながらベッドに座り込んだ。

「結局また異世界、というか日本から被害者が拉致されて来ちゃったのか」

 栄太が呟いた言葉に、一緒に部屋に入ってきていた、同じく参列していた女性騎士、新城香澄しんじょうかすみが頷く。

「仕方がないわよ。止めるには私達に力が足りないし、それにコレがあるから逆らうこと自体出来ないんだから」

 そう言って、甲冑を脱いでも尚その首に装着されたままの金属製の首輪のような物を指さす。

 

 羈束きそくの首輪。

 多くのラノベに登場する隷属の首輪のような精神まで縛るような効果はないが、登録されている術者が特定の術式を発動させると締め付ける仕組みになっており、術式を解除されるまで絞め続けるものだ。

 孫悟空の頭についている輪っか、緊箍児きんこじと同じようなものである。

 

 2人は高校からの帰り道、突然この国に召喚されて今日行われたのと同様に「勇者」として、謂わば拉致された。

 結局、帰る方法も分からず、流されるまま勇者として扱われるしかなかったのだ。普通の高校生がわけも分からず連れてこられれば無理もないだろう。

 ラノベの主人公のように即座に順応できるはずがないし、権力者達の思惑を見抜くには経験が絶対的に不足しているのだ。

 そして、戦闘訓練をしているさなか、疲れ果ててへたり込んでいる隙に首輪を装着されてしまい、それからは言われるがままに侵略戦争の道具として戦うほかはなかった。

 

 普段は国境近くの前線に配属されているのだが、今回再び勇者召喚が行われるということで、不測の事態が起こった場合を想定して呼び出されたというわけである。

 王女の説明にあったように、召喚された際に膨大な魔力を宿した2人は、戦闘能力だけならばこの世界屈指の実力を持つに至っていた。ただそれでも首輪付きでは流石にこの国を相手に戦うのは不可能だ。

 首輪を発動させられる術者を倒そうにも、術者は複数いる上にバラバラに配置されていて、しかも遠隔で発動できるためにそれも出来ないのだ。

 

「何とか首輪だけでも阻止したいんだけどな」

「多分、私達が接触するのは難しいでしょうね。召喚されたときの態度を考えると、もしかしたら自力で阻止するかもしれないけど」

 香澄がそう言うと、2人は思わず顔を見合わせて吹き出した。

「い、いや、アレはないわ。マジで腹筋死ぬかと思った」

「もう! 私は英太が反応するから焦ったわよ。……確かに少し、いえ、結構面白かったけど」

 

 何の話かと言えば、王女が話しかけたときに男が口走った内容である。

「で、でもさ、1発目に『うっわ、腹黒そう!』ってのは凄くないか? それに『性格の悪さが顔に出てる』とか『豚とカマキリが一緒にいる』って」

「あと、『白いローブが似合ってない』『自分に酔ってる感じが痛々しい』って言ってたわよね。アレ、絶対日本語通じないって分かってて言ってるわよね」

 英太と香澄は笑い転げながら言い合う。

「極めつけはあの自己紹介! 上泉伊勢守信綱って、剣聖かよ!」

「卜伝って、塚原卜伝よね? すっごい剣豪もってきたわよね」

 

 上泉伊勢守信綱と塚原卜伝は共に戦国時代初期の剣豪である。

 信綱は新陰流の祖とされており、柳生流を興した柳生石舟斎の師であったと伝えられている。

 卜伝は鹿島新当流の祖とされ、数十度にわたる実戦でも一度も手傷を負うことのなかったと言われる、こちらも剣聖と称される人物である。

 真面目に名乗る気がないのが明白な自己紹介だ。

 もっとも日本の歴史など知るはずのないこの国の重鎮達にはそんなことは分かるはずもなく、少々呼びづらいと思う程度だろう。

 

 女子高生だった香澄がその名を知っているのは違和感もあるが、彼女は歴史物の小説が好きでよく読んでいた。

 逆に英太は香澄の影響で歴史小説もそれなりに読んではいたが、その手の小説よりも漫画やラノベを好んでいたのだが。

「と、とにかく、何とかして話をしてみたいよな」

「チャンスがあるとすれば戦闘訓練の時だけど、どうかしらね」

 笑いの発作が治まると、今度は2人揃って沈んだ声で考え込んだ。

 

 英太達は何とかして男にこの国の現状を伝えて隷属されないように警告したいと考えているが、それは全部が善意というわけではない。

 2人はとにかく味方が欲しいのだ。

 意思と関係なくいきなり連れてこられ、戦争の道具としてこき使われる。

 今回の召喚を見ても、英太達はまさしく消耗品という扱いなのがよくわかるのだ。死ねばまた召喚すれば良い。

 そんな結末は真っ平御免なので何とかこの国から逃げ出して日本に戻るための方法を探したいと思っている。

 そのためには味方は多い方が良い。

 

 コンコン。

「ん? 香澄、今何か聞こえなかったか?」

「ノック? でも扉は鳴ってないわよ?」

 コンコン……コンコン……コンコンコンコンコンコン。

 最初は遠慮気味、だが次第に無遠慮になっていくノックの音に2人は顔を見合わせる。というのも音が聞こえてくる方向は部屋の入口の扉ではなく、その逆側だ。

「外? でもここ3階よ?」

「いや、でも、確かに」

 

 ガタガタ、カコン!

 とうとう窓にはめ込まれていた戸板が内側に外れる。

 どうやら戸板の留め具が留まっていなかったらしい。

 そして、外れた窓の外から顔を覗かせたのは、

「よう!」

 今日、召喚されたあの男だった。

 

 

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