第49話 脅迫文

 サレンとロゼが宿を出て行ってからしばらく、イミテルは部屋で一人沈んだままでいた。ロゼに言われた護衛が来ていたが、何を言われたかもろくに覚えていない。ただ一つ、部屋から出ないように言われたことだけは覚えている。

 しかし今のイミテルに何かする気力があるわけがなかった。頭の中にあるのはレインの安否を心配する気持ちと、何もできないそして原因を作ってしまった自分に対する嫌悪感だけだ。


「レインさん……」


 呟いた所でレインが戻って来るわけではない。ロゼに言われた通りだ。イミテルにできることなど何もない。そんな時だった。不意にイミテルの部屋の窓がノックされる。


「っ?!」


 弾かれるように窓の方を見るイミテル。イミテルの部屋があるのは宿の二階。ベランダのようなものがあるわけでもない。ノックする人などいるはずがないのだから。

 警戒しつつ窓を見るとそこにいたのは人ではなかった。


「……烏?」


 外が暗くなり始めているのでわかりづらかったが、そこにいたのは確かに烏だった。若干警戒しつつ、イミテルは烏に近づく。イミテルが近づいても烏に逃げる気配はない。むしろ早く来いと言わんばかりに何度も窓をノックする。


「……何なの?」


 ゆっくり窓を開いたイミテルは烏の足に紙が巻き付けられていることに気づく。イミテルが触ろうとしても逃げる気配もなく、イミテルは恐る恐る足についていた紙を取り外す。イミテルが紙を手にした途端に烏は飛び立ち、去って行ってしまった。


「きゃっ……な、なんだったの?」


 不思議に思いつつ、イミテルは伝書鳩ならぬ伝書烏が持ってきた紙を開く。


「っ?!」


 そこに書かれていた内容にイミテルは思わず目を見開く。書かれていた内容は至極単純だった。


『お前の仲間の男を捕まえた。生きて帰して欲しければ同封した腕輪をつけて山へ来い。誰にも伝えるな。もし誰かに伝えたら男の命はないと思え。我々はずっと見張っているぞ』


 端的に言ってしまえば脅迫文。同封されていた腕輪はゾッとするほどの漆黒。気味が悪くてつけたくないが、しばらく見つめた後に意を決したようにイミテルはその腕輪をつける。


「行くしか……ありませんよね」


 ロゼからは動くなと言われた。動かないことが正しいと理解もしている。だがしかしこれはチャンスでもあるのだ。レインの場所を見つけるチャンス。それもイミテルにしかできないことなのだ。

 行くと決めたイミテルは部屋を出ようとするが、そこで護衛の存在を思い出す。


(素直に伝えても絶対に止められるだけ。賛成してくれるはずがない。でも力づくなんてできないし……なんとか誤魔化す方法を考えないと)


 少しの思考の後、イミテルは思い切ってドアを開く。その扉の先には護衛が二人立っていた。その二人は部屋を出ようとしたイミテルのことを止める。


「どちらへ行かれるつもりですか?」

「あなたの外出は禁止されています」

「わ、わかってます。その、でも……ト、トイレに行きたくて」


 それしか誤魔化す方法が思いつかなかった自分を情けなく思いつつ、しかしながらその言葉はイミテルが予想した以上に効果があった。


「あ、トイレですか。なるほど。それはすみませんでした」

「ですが早くお戻りになられるように」

「は、はい」


 イミテルの挙動が少し怪しいのをトイレに行きたいせいだと思った護衛の二人は特に疑うこともなくイミテルを通す。トイレに駆け込んだイミテルは素早く周囲を確認し、トイレの窓から脱出する。

 護衛の二人がイミテルがいなくなったことに気づいたのは、それから約三十分後のことだった。





□■□■□■□■□■□■□■□■


 サレンとロゼは周囲を警戒しつつレインのことを探して山の中を歩き回っていた。

 少しでも捜索範囲を広くするため、サレンとロゼは別行動である。

 魔人の捜索は二人一組、もしくは三人一組が基本だ。それだけ魔人とは危険な存在なのである。しかし、聖女はその限りではない。一人で魔人を殲滅できる者であるからだ。では同行しているロゼはと言えば、そちらも問題はなかった。その実力の高さゆえに。

 ロゼは贖罪教にいる数少ない単騎で魔人の相手をできる存在なのだ。


「うーん、お兄ちゃん見つからないのです」


 レインの匂い、そして山の中の音。五感の全てを駆使してレインのことを探すが、状況は芳しくなかった。魔獣と戦った際のことを見ていたのか、サレンの超人的な嗅覚と聴覚に対する対策はとっているようである。


「すぐに見つけれると思ったですけど、そう簡単にはいかなさそうなのです」


 ひそひそと隠れる魔人。人質を取るような真似をする魔人。小細工なしの正面突破が好きな自分とは合わなさそうだとサレンは嘆息する。


「魔人も魔人なのです。魔人なら魔人らしく力押しでくればいいものを。ビビりなのです。情けないのです」


 なかなか見つけられない苛立ちは姿知らぬ魔人へと向けられる。この時サレンの中で魔人を徹底的に叩き潰すことが決定事項となった。


「……ん?」


 ふと臭ってきた獣臭にサレンは素早く木の上へと跳び上がる。するとそして簡単な魔法で自身の匂いと音を消した。そしてその直後、小さな魔獣がサレンのいる木の下までやって来る。


「なるほど警備代わりの魔獣ですか。でも匂いと音を消しただけで見失うなら大した魔獣じゃないのです。うーん、でも面倒なのです」


 魔獣を処理すること自体は難しくはない。しかしサレンの一撃はどれも強力で、大きな音を立ててしまう可能性が高い。隠密を心掛けている現状においてそれは避けたかった。


「こういう時ロゼが羨ましいのです。サレンもカッコよくシュピっと倒したいのです」


 派手に暴れられないとなればサレンの取る行動は一つだけ。


「見つからないうちにさっさと移動するのです」


 木から木へと移動するサレン。その時、サレンの持っていた魔導通信機に連絡が入った。ユースティアからではない。短距離通信である。


「はいです」

『私ですサレン様』

 

 通信の主はロゼだった。と言ってもロゼ以外に連絡してくる人などいないので当たり前なのだが。


「どうしたです?」

『取り急ぎ知らせるべきことがありまして。そちらの状況は?』

「特に変わりなしです。お兄ちゃんはまだ見つかってないですし。何か対策をされてるかもしれないです。あ、後魔獣を見つけたです」

『魔獣はこちらでも確認しました。とりあえず黙らせておきましたが。しかしサレン様の鼻でも見つけられないとなると厄介ですね。しらみ潰しで見つけれるほど小さな山ではないですし』

「せめて手掛かりがあれば楽だったですけど……いっそ大暴れしてみるですか?」

『はぁ、それはあまりにも短慮すぎます。リオルデルさんの命を危険に晒したいのですか。こんなこと言いたくもないですが、もしリオルデルさんに何かあれば……魔人も私達も、ユースティア様に消されますよ』

「じょ、冗談なのです」


 それは想像したくもない話だ。本気で怒ったユースティアなど見たくもない。


『もちろんそんなことにはなりませんよ。リオルデルさんのことは必ず救ってみせます』

「もちろんなのです。それで知らせることってなんなのです?」

『……イミテルさんが、宿から抜け出しました』

「……はい?」


 それはサレン達にとって、状況がより面倒なことになったことを知らせる連絡だった。

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