第47話 激闘のその後

 ユースティアの魔法が発動し、目を焼かんばかりの光が周囲一帯を包み込む。そして光が収まると、そこに確かにあったはずの山が完全に消失していた。木一つ残っていない。

 ユースティアはただ一発の魔法で、長い年月をかけて作りあげられてきた山の形も、廃鉱山に刻まれていた人の歴史も、その全てを無に帰してしまったのだ。

 規格外、常識外。どんな言葉を並べても足りぬほどだ。しかし正真正銘、これがユースティアの持つ力の片鱗だった。


「……はぁ。流石にちょっと疲れる」


 これだけの規模の魔法ともなればさすがのユースティアといえどそれなりに疲弊する。そもそも本当ならば使いたくなかった魔法なのだ。それでも使わざるを得なかったのは、それがシオンに勝利する方法として一番簡単で、被害が少なかったからだ。

 ユースティアはいまだ煙を上げ続ける爆発の中心地へと向かう。あまりの高温で焼かれたそこはマグマのようになっていた。


「ふっ」


 ユースティアが背中の羽をはためかせると風が巻き起こり、煙が晴れていく。そして煙が晴れたとき、そこにあったのはシオンの姿だった。焼け焦げる大地の中心で大の字になって倒れている。しかし死んでいるわけではない。


「はぁ……起きろ」

「うわぁっ!」


 ユースティアは【水魔法】でシオンの頭上に滝を作り出し、容赦なく叩き落とす。


「がぽっ……おぼ、溺れ……溺れる! 起きた、起きたから!」


 慌てて身を起こしたシオンを見てユースティアはようやく魔法を止める。高温の地に冷たい水が落ちて来たことで急速に冷やされ残っていた水がどんどん蒸発していく。


「起きるのが遅い」

「理不尽っ?!」


 躊躇いなく銃の引き金を引き、シオンの眉間を撃ちぬくユースティア。しかし【王鋼剣エクスカリバー】によって《不死》の力が与えられているシオンはすぐに傷が塞がる。


「あのねぇ、いくら《不死》の力を持ってるからって痛くないわけじゃないからね」

「知ってる。だからやった」

「ほんと、惚れ惚れするほど性格悪いね。そういうところ大好きだよ」

「私はお前のことが大嫌いだ。これだけやってもまだ生きてるなんて」

「あはは、さすがだろ。まぁ生きてるというか、生き返ったが正しいけどさ」


 シオンはユースティアの『赫灼焔球』を耐えきったわけではない。むしろ一度しっかり殺されている。業火に焼かれ、灰燼となった。しかしその状態からでもシオンは蘇ったのだ。【王鋼剣】と共に。それは最早権能というよりも、呪いのようだった。死ねないという呪い。


「本当に厄介な剣だな。それは。剣まで私の神経を逆なでするのか」

「そんなつもりはないんだけどねぇ」

「ふん、どうだか。でもその様子だとさすがに動くことはできないみたいだな」

「気づいた? そうだね。少なくとも今は動けそうにないや」


 さすがにシオンの《不死》の力も無条件に使えるものではない。簡単に言ってしまえば、シオンの魔力を消費して復活しているのだ。そして今、シオンの魔力は底を尽きかけている。まるで泥の中を這いずり回るような倦怠感に襲われていた。


「悔しいけど、今回はここまでかな」

「今回も何も、これが最後だ。お前と戦うのは面倒なんだよ」

「そういう割には楽しそうだったけどね」

「全然楽しくない」

「素直じゃないなぁ。君の全力を受け止めれるのはボクだけなのに。本当は求めてるんだろ? 力を吐き出せる場所を」

「いらない。今の私にはそれよりも大事なことがあるからな。あいつは私がいないと何もできない」

「っ……」


 それが一体なんのことであるのか。言葉にされずともシオンにはわかっている。だからこそ余計に嫉妬心を搔き立てられるのだ。ユースティアの心を占めるその存在に。


「それにお前。本調子じゃないだろ」

「……気付いた?」

「戦ってる最中、ずっと左側を庇うように動いてた。無意識だっただろうけどな。どうせ東大陸で呪いでもかけられたんだろ」

「そこまでわかるなんて。もしかしてホントはボクのこと好——」

「死ね」


 再びズドンと撃ちぬかれるシオン。今度は若干復活するまで時間がかかっていた。


「ごめんごめん。もう言わないよ。だから撃つのは止めてくれない? いやホントに」

「じゃあ余計なこと言うな」

「はぁ、わかったよ。そうそう。ちなみに呪いの方はほとんど心配しなくていいよ。完全ではないけど、ほとんど解呪は終わってるからさ」

「ちっ、使えない呪いだな」

「ん? 今すごく不穏な言葉が聞こえた気がするよ」

「気のせいだろ。じゃあな。もう二度と会いたくない」

「また会えるのを楽しみにしてるよ」


 結局最後まで二人の意見が交わることはなかった。ユースティアは殺すほどシオンのことが嫌いなままで、シオンは何度殺されてもユースティアのことが好きなままだった。

 ユースティアが飛び去っていった空をシオンはボーっと眺める。


「もっと強くならないとなー。そのためにも早く解呪しないと。厄介な呪いを残してくれたもんだよ全く……って、ん?」


 シオンが立ち上がろうとすると、空の向こうからユースティアが戻って来る。


「忘れ物してた。こいつのこと最初から気にいらなかったから助けるか迷ったけど、まぁついでに助けといてやった。感謝しろ」

「へ?」


 シオンの頭上に影がブワッと広がる。するとそこからズズズッと何かが出てくる。戸惑うシオンをよそに、ユースティアが落としてきたのはシオンの仲間であるレオンだった。完全に意識を失っているレオンを慌てて受け止めるシオン。


「ついでにこいつらもいらない。情報を得るのは一人でいいからな」


 レオンのついでと言わんばかりに影から落とすのは『降魔救罪』の構成員達だ。全員もれなく意識を失っている。しかもそれなりの高度から落ちているのだ。そのまま地面にぶつかればただではすまない。

 シオンはレオンを地面に降ろすと、残された魔力を振り絞って空中にいる人を捕まえる。


「おぉ、ナイスキャッチ。まぁ、そんなに必死に捕まえなくても地面に近づいたら風でゆっくり降ろすつもりだったんだがな」

「え?」

「当たり前だろ。私をなんだと思ってるんだ。殺すなら最初から助けない」

「あー、そうか。そうだよね」

「そいつらをどうするかはお前に任せる。じゃあな」


 そう言ってユースティアは今度こそ去っていく。その場に残されたシオンは、今度は空ではなく周囲にいる昏倒したままの人に視線を向ける。


「はぁ、どうしよう。レオンは起こせばいいとして……『降魔救罪』の構成員。素直に言うこと聞いてくれるとも思えないしなぁ。せっかく生かして捕らえたのに殺すのも勿体ないし」


 シオンが頭を悩ませていると、レオンの持っていた通信機に連絡が入る。ユースティアが使っていたのもとは違う。ユースティアの持っていたものは遠く離れた距離でも使えるものだが、シオン達の使う通信機は近い距離限定だ。


「もしもし?」

『もしもし、じゃないですよ!! ってその声シオン様ですね!』


 通話が始まる聞こえたのは怒声だ。


『いつまで経っても連絡がこないからこっちから連絡しても二人とも出ないし。シオン様の通信機にいたっては反応がロストして。極めつけになんですかあの馬鹿みたいな魔力! 離れた位置にいた私にまでわかるくらいだったんですけど。それでさすがに心配になって飛んできたら山消えてますし。私もう何から言えばいいのかわかりませんよ』


 怒りと安堵と呆れと、様々な感情がないまぜになった声音で女性は言う。

 シオンの通信機の反応がロストしたのは言わずもがな、ユースティアとの戦いの最中で消し飛んだからだ。


「いやぁ、まぁいろいろとあってね」

『そうでしょうね!』

「でもちょうど良かったよ。人手が欲しかったところなんだ」

『心配してた部下に対して言うことがそれですか。はぁ……いいです。もう。シオン様はそういう人ですもんね。すぐにそっちに向かいます。何があったかきちんと説明してもらいますからね!』

 

 それだけ言って通信が切れる。

 これでなんとかなりそうだとシオンは安堵して、その場に座り込む。周囲には何もない。見えるのは焼けた大地と清々しいまでの青空だけだ。


「あぁ、ティア。ボクは諦めないよ。絶対に……ね」


 ユースティアの飛んでいった方を見つめ、シオンはそう呟くのだった。

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