第43話 ユースティアvsシオン

 シオン・ペンドラド。若干10歳にして聖騎士となり、11歳にして第一席を手に入れた希代の天才少年。否、天才という言葉すら生ぬるい神童だ。その後に打ち立てた記録はまさしく前人未到。常識などというものは知らないとばかりに数々の伝説を打ち立てている。まさしく生ける伝説だ。

 そして何よりその風貌がシオンの評価を高めている。銀髪碧眼。人形のように整った容姿。その微笑を向けられただけで多くの女性は心を奪われるだろう。帝国内にもシオンのファンクラブがあるほどだ。こと人気という点においては、ユースティアと二分すると言っても過言ではない。

 しかしその本性を知る人は少ない。なぜなら、シオンは滅多に表に出てこないからだ。そこも人気を高める要因の一つにはなっているのだが、だからこそ多くの憶測や噂がシオンにはある。

 王の隠し子である。作り出された人造人間であるなどから始まり、その強さの秘訣は秘境で精霊に授けてもらったなど出鱈目なものまである。しかしシオン自身がどれも否定しないことから憶測や噂は止まる所を知らない。しかしその噂の中で一つだけ異彩なものがあった。

 それは『シオン・ペンドラドは東大陸に出入りしている』というものである。この世の地獄。世界の終わり。様々な呼ばれ方をされる東大陸に出入りする人間などいないと信じない者も多いが……端的に言ってしまえば、この噂だけは真実だった。

 シオンは東大陸に出入りする許可を持った、そしてそれだけの実力を持った数少ない人間なのである。





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 ユースティアとシオンがぶつかり合う。

 ユースティアは剣と剣がぶつかり合った瞬間、間髪入れず左手に持っていた銃をシオンの頭部に向けて撃つ。超至近距離で続けざまに三発。避けれるはずがなかった。だというのに、シオンはそれに反応してみせた。ユースティアを弾き飛ばし、左手で鞘を持って銃弾を全て叩き落とした。ユースティアが発砲した位置からシオンに着弾するまでは0.1秒もありはしない。しかしシオンはそれをやってのけたのだ。


「ちっ」

「怖いなぁ。全部急所を狙ってた。ま、だからこそ対処できたわけなんだけどね」

「素直に当たれ。そんで死ね」

「あぁ怖い怖い。でもそう思うなら君がボクを殺してみればいいよ。できるなら……ね」

「……殺す」

「口だけなら何とでも言えるよ。できないことをできると言う人には何度も会って来たけど、ティアもそうだと思わなかったなぁ」

「……殺すっ!」


 猛然と駆け出すユースティア。【失楽聖女ブラックマリア】の持つ《加速》の効果を使い、ユースティアはシオンとの距離を一瞬でゼロにする。懐に潜り込めば長剣を使うシオンは剣を振りづらくなる。だからこそのインファイトだ。もっとも、シオンほどの実力者ではほとんど意味の無い行為だ。しないよりはマシという程度のものだった。


「君もなんだかんだレオンと似たタイプだよね。激情型だ。あぁ、それとも似てるからムカついたのかな。同族嫌悪的な」

「違う。っていうか怒らせてる自覚あるなら余計なこと言うな」

「それはできないな。ボクの口が軽いのは生まれつきだよ」

「知ってる」

「わお。ボク達心が通じ合ってるね。結婚する?」

「死ね」

「愛と憎悪は紙一重。君の憎悪が愛に変わる日も近いかな」

「そんな日は……一生来ない!」


 ちなみにこの会話の間、ユースティアはシオンは絶え間なく剣を交わし続けていた。ユースティアが心臓を狙って剣を突き出せばシオンがそれを弾き、銃弾を放てば斬り落とす。そして逆にシオンが剣を振ればユースティアは加速して避けた。連撃を繰り出せば剣と銃を使って受け止める。目にも止まらぬ攻防だ。しかもその攻防のスピードは徐々に増していく。

すでに周囲の地形は完全に変わっていた。木は切り飛ばされ、大地は抉り取られていた。これでまだ二人とも全力ではないというのだから恐ろしい。


「お前と関わったことは私の人生の最大の汚点だ!」

「君と出会えたことがボクの人生で最大の幸福だよ」


 ユースティアは引き金を引き、さらに加速する。今までよりもさらに一段上の加速。音すらも置き去りにしてユースティアはシオンの背後を取る。


「っ!」

「『凶華閃剣』!」


 首、左腕、右足、胴。シオンが振り返るよりも速くユースティアはその体を切り裂いた。しかしシオンはその顔に浮かべた笑みを崩すことはなかった。


「痛いなぁ、全く。もっと手加減してくれてもいいんじゃない?」

「手加減? ふざけたこと言うな。ここでお前のこと殺して聖騎士の席を一つ空けてやる」

「それは怖いなぁ。じゃあボクもそろそろ本気で戦おうかな」


 斬られて地に落ちていた体がスッと巻き戻るように再生していく。殺しても死なない男。それがシオンだ。


「ボクもさ。少しでも君に近づけるようにって鍛えてきたんだよ。東大陸でね。許可もらうのは大変だったけど。それなりの実入りはあったよ」

「東大陸……」


 東大陸に出入りできるのは一部の限られた人間だけ。多くの人にとっては自殺行為でしかないからだ。そんな多くの人にとっては欲しくも無い資格をシオンは持っていたのだ。


「ティアは今回も却下されたのかな?」

「うるさい。黙れ」


 そうユースティアはまだ東大陸へ向かう許可を持ってはいなかった。実力が足りないからではない、ユースティアの抱える事情のせいだ。


「あそこはこっちで伝えられてる以上に地獄だよ。ボクでも気を抜く暇がないくらいにはね。でもだからこそ……面白い」

「狂人め」

「ティアに言われたくないなぁ。最初に東大陸に行く許可をよこせってダレン教皇に迫ってるのを見た時はおかしくなったのかと思ったよ。でも今ならわかる。あんなに面白い場所は他にないよ。修行の場所としてもピッタリだ」

「私はそんな理由で行きたいわけじゃない」

「へぇ、ならどういう理由なのかな?」

「お前に教える義理はない」

「ふぅん。まぁいいけどね。教えてくれないなら……無理やり聞き出そうかな」

「ふん、できるもんならやってみろ」

「じゃあお言葉に甘えて——【王鋼剣エクスカリバー】!」

「起きろ戦闘聖衣バトルドレス——【聖天明星ルシフェル】!」


 シオンは【罪剣コンデント】に与えられた銘を呼び、ユースティアは戦闘聖衣をその身に纏った。シオンの持つ【王鋼剣】の持つ能力を全て知っているわけではない。しかし全く知らないわけでもない。強力無比な能力が【王鋼剣】には備わっていたのだ。


「【王鋼剣】の持つ《不死》の能力は相変わらずってわけだ。鬱陶しいことこの上ないな」

「あぁ。おかげで助かってるよ」

 

 【王鋼剣】の持つ能力、それは《不死》だった。読んで字の如く、絶対に死なないという能力だ。

レインはユースティアの【失楽聖女】の持つ能力を反則だと評したが、ユースティアから言わせればシオンの持つ【王鋼剣】にこそ、その言葉は相応しいと思っていた。


「その気持ち悪い笑みを一生浮かべれなくしてやる」


 背中に十二の羽を展開し、ユースティアは空を飛ぶ。


「『天雷』!」


 ユースティアは頭上から無数の雷を降らせる。雨あられと襲い来るシオンは避けて、あるいは斬って躱した。しかしユースティアも雷でダメージを与えようとは考えていなかった。雷を降らせたのはシオンの動きを制限するためだ。

 空を駆けてシオンに肉薄したユースティアは素早く剣を一閃。しかしそれはシオンに当たる前に防がれた。


「読めてるよ」

「知ってる」


 ぶつかり合う剣と剣。しかし、不意にユースティアの右手から剣が消えたことでシオンは僅かに体勢を崩す。銃で来ると思ったシオンは咄嗟に腕をクロスして頭部を庇うが、ユースティアの狙いはそうではなかった。


「《零閃》! 《刻限》!」


 呼ぶと同時に左手に純白の剣が右手に漆黒の銃が顕現する。

 そしてユースティアは世界を置き去りにした。加速に加速を重ね、百の斬撃と千の銃弾を放つ。


「『血華銃剣輪舞ブラッディロンド』」

 

ユースティアの動きが止まったその瞬間、全ての攻撃がシオンへと襲いかかった。

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