第24話 悪夢
少女の目の前で白衣を着た女性がモニターを見てニヤニヤと笑っている。
「うんうん。いい調整なんじゃないかなぁ。体の調子はどう? 違和感はない?」
モニターに示される数値が何を意味するのかということは少女には全く理解できない。
「……はい博士。特に違和感はありません」
「それは重畳。順調に進んでるねぇ。良きかな良きかな。能力の方はどうだい?」
「まだ試していません」
「んー、まぁそりゃそうか。相手がいないとできないしね。発動はできるのかな?」
「できます」
「それじゃあ見せて」
「わかりました」
女性——博士に命じられるままに少女は自身の持つ能力を発動する。それによって、少女の右腕は漆黒に染まった。
「おぉ! いいねぇいいねぇ! 完璧だよ!」
イミテルが能力を発動したのを見て博士は嬉しそうに笑う。
「さ、それじゃあせっかくなら人に向かって使いたいよねぇ。と、思ったので! 準備のいいわたしはちゃーんと用意したんですよ」
じゃじゃーん、と言って博士は部屋の奥から一人の男を連れてくる。連れて来られた男の目は恐怖に染まり切っていた。
「おめでとう人間君! 君はわたしの実験対象として選ばれたよ♪ やったね!」
「な、何が実験対象だ! 人を弄ぶ悪魔め! オレの仲間を返せ!」
「えー、それは無理かなぁ。だってもう……使っちゃったし」
「なっ……!?」
男は驚愕に目を見開き、やがて肩を震わせたかと思うと博士のことを睨みつけて飛び掛かろうとする。男はかなり筋骨隆々で、博士との体格差は明白だった。しかし少女の前にいる博士はヘラヘラと笑ったまま表情を崩さない。そして嘲笑するような声で言う。
「おすわり」
「あがぁっ!」
博士の一言で、飛び掛かろうとしていた男は床に叩きつけられる。起き上がろうとする男だが、何かに抑えつけられているかのように体は動かなかった。
「くそっ、くそぉ!」
「はぁ、どうせ何もできないんだから大人しくしておけばいいのに。犬だってもう少し聞き分けがいいよ?」
「黙れぇ! お前に何がわかる!」
「わからないよ、何もね。だって君のことなんて全然知らないし。使った人間の中に好きな人でもいた? だったら謝るよ。ごめんねホント。知らなかったからさぁ、しょうがないでしょ。ほら、謝ったんだからこれで許してくれるよね?」
「貴様ぁ……バカにしているのか!」
「えー、全然バカになんてしてないのに。心外だなぁ……ま、いっか。謝ったし許してくれたよね。それじゃあ改めて実験に協力してよ。まぁ君に拒否権なんかないんだけどさ」
「くっ……」
男は憎々し気に表情を歪めるが、博士の言葉に逆らえないことは事実。悪態はつけても、その先は無かった。しかし男はそれでも諦めてはいなかった。男は博士の隣に立つ少女に目を向けると必死な声で呼びかける。
「おいあんた!」
「私ですか?」
「そうだ! その瞳を見る限り、あんたは人間なんだろ! だったら助けろ、同族だろ!」
「……よくわかりません」
男の必死な言葉にも、少女の心は揺れることは一切なかった。同族だろ、と言われても少女にとって目の前の男はただの他人、博士の実験対象でしかなかったのだから。
「くそ、裏切り者が!」
「裏切り者……」
その言葉だけが少女の心に深く突き刺さる。しかしそれも一瞬のことで、少女の心は再び凪のように穏やかなものへと戻る。まるでそうあるように設定されているかのように。
「無駄だよぉ。この子はわたしが作ったんだから。さぁ、無駄話はこれくらいにしよう。わたしはやりたいことがいっぱいあるんだ。こんなことに時間を使うなんてナンセンスだよ」
「わかりました」
「ねぇ、君は知ってるかな。聖女の噂を」
「…………」
「だんまりか。まぁいいよ。でもきっと知ってるよね。だって君達人間の最後の希望だもんねぇ」
「くっ……」
「わたしにとってもさぁ。あの聖女って存在だけは看過できないんだよねぇ。あの【魂源魔法】。とっても厄介なんだもの。生意気だよねぇ。人間のくせしてさ。でも天才なわたしは思ったのさ。だったら、わたし達も同じ力を……いや、もっと素晴らしい力を手に入れればいいんじゃないかってね。だから研究した。幸いなことに、データはいっぱいあったからさ。そうして出来上がったのが彼女さ。さぁ、実験開始だよ。始めるんだ×××」
「……わかりました」
なぜか一瞬の葛藤を覚えつつも少女は言われるがままに男へと手を伸ばす。
「ひっ、やめ、やめろ! その手を近づけるなぁ!」
「…………」
漆黒に染まった少女の腕が男の体へと吸い込まれていく。
「あがっ! あぁあああああああああっっ!!」
「おぉ、いい反応」
ビクビクと跳ねる男の体。目を見開き、口からは涎が零れている。
「次の段階へ進もうか。この男に——するんだ」
「わかりました」
「たす……たすけ……」
「ダーメ。さぁ大詰めだ。この実験に成功して初めてわたしは【魂源魔法】を超えたと言えるんだ!」
「あがぁああああああああああっっっ!!!」
少女はさらに深く手を入れる。そして男は一際大きく跳ね、そして絶命した。
「……ありゃ」
盛り上がっていた博士の表情が間抜けなものになる。
「もしもーし……あぁ、ダメだ。死んでる。何がダメだったんだろ」
「……すみません」
「謝ることはないさ。ただ一回実験に失敗しただけなんだから。それよりも大事なのはなぜ失敗したか、ということさ。出力の調整を間違えていたかな。その辺りはちゃんと設定しておいたはずなんだけど。ま、いっか。切り替えていこう。今回のデータも取れてるし。あ、そうだ。それは適当に捨てといてよ」
「……わかりました」
男から手を引き抜き、絶命した男の顔をジッと見つめる少女。なぜだろうか。その顔を見つめていると、少女は大きな間違いを犯してしまったような、決して引き返せない場所へと至ってしまったような。そんな気持ちに襲われた。
「……あ」
その感覚に襲われた瞬間、少女の手が震えだす。
「ん、どうしたの? って……あー、なるほど。思い出しちゃったか」
「はぁ、はぁ……わた、私……私は……」
手の震えはやがて全身へと広がり、少女は立っていることすらできなくなる。そんな少女を博士は優しく抱きしめる。
「大丈夫だよ。何も間違ってなんかいない。だから今は眠るといい。ゆっくりと……そう、全てを忘れてしまえるように……ね」
「あ……」
がくん、と少女の体から力が抜ける。その目が最後に見たのは、黄金色に怪しく光る博士の瞳だった。
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