第21話 宿での朝食
ユースティアがレインの部屋にやって来た時、レインは『反省中』の札を持って部屋の中心で正座している真っ最中だった。
「ずいぶん絞られたみたいだなぁレイン」
「ティア? なんでここに?」
「はいはい。なんでもいいからさっさと立て」
「え、いやでもティーチャルさんに正座で反省しておくようにって言われてんだよ」
「あのなぁ、お前の主は誰だ? ロゼか? 違うだろが」
「いやまぁ、確かにそうなんだけど。いいのか?」
「私がいいって言ってるんだぞ」
「……まぁそうだな。ティアがそう言うなら……ってうわぁっ!」
「っ!?」
立ち上がろうとしたレインは足が痺れていたことに気づかず、そのままユースティアを押し倒す形になってしまった。具体的には、倒れ込んだレインはユースティアの胸に顔を突っ込んでいた。女性らしい柔らかさがレインの顔を包む。男ならば固い胸板で痛い目を見ていたかもしれないなどと場違いなことをレインは考えていた。現実逃避である。
「……いい度胸だ」
「事故だ。足が痺れてたんだ」
「言い訳なんてしなくていい。私もレインの性欲を舐めてたよ。まさかこの私が不意を突かれるなんて……誇ってもいいぞレイン。魔人でもできないことをなし得たんだからな」
素でいる時には滅多に見せない見惚れてしまうような笑顔でユースティアは言う。
「そんなレインにはご褒美をあげないとな」
「いやぁ……別に欲しくはないかなぁ……なんて」
その場から逃げ出したいレインだが、長時間の正座による足の痺れはまだとれておらず、逃げることなど到底不可能だった。
「私が【回復魔法】得意なの知ってるよな?」
「……はい」
「じゃあ、後は言わなくてもわかるよな」
「慈悲は?」
「ない」
【雷魔法】をその手に宿したユースティアの手によってレインはしっかりとご褒美と言うなのお仕置きをもらうことになるのだった。
それから数分後、しこたま【雷魔法】をくらった後に【回復魔法】で治癒されたレインはユースティアと共に食堂へと向かっていた。
「あー、なんかまだ痺れてる気がする」
「気のせいだ。私はちゃんと治したからな。傷跡一つ残ってないはずだ」
「まぁ確かにそうなんだけど……朝からあのビリビリはきつすぎる」
「目覚ましにもなっただろ」
「こんな目覚ましは嫌だ」
「わがまま言うな。元はと言えばお前が無断外出したからだろ。なんでそんなことしたんだ?」
「いやそれはその……」
部屋を飛び出した理由を馬鹿正直にユースティアに話せるはずもなく、レインは言葉を濁す。しかしユースティアがそんなレインの様子を見逃すはずがなかった。
「……怪しい」
「あ、怪しいってなんだよ」
「なんか隠してるだろ。私に隠し事とはいい度胸だ。もう一回【雷魔法】くらうか?」
「それは勘弁してくれ!」
「じゃあ話せ」
「……嫌だ」
「…………」
あくまで拒否するレインにユースティアは無言でバチバチと雷を纏って脅しを仕掛ける。しかしそれでもレインは口を割ることを拒否した。
「なんで話したくないんだ」
「だって話したら絶対怒るだろお前」
「つまり怒られるようなことをした自覚があるのか」
「はっ!? 誘導尋問された!」
「勝手に自爆しただけだろ。さぁ言え。何したんだ。女か、また女なのか! ゆきずりの女とキャッキャウフフか!」
「キャッキャウフフってなんだよ!」
「私に言わせる気かこの変態め!」
「何想像してんだよこの変態が! あばばばばばばばばっ!?」
ユースティアに口答えした瞬間、レインは再び【雷魔法】をくらった。【回復魔法】も合わせてのコンボである。
「ふん、まぁいい。今は許してやる。そのおかげでさっきロゼにちょっとマウントとれたからな」
「……ぜ、全然許してる奴の行動じゃねぇ……」
などと言っている間にユースティアとレインは食堂にたどり着く。食堂までたどり着いてしまえばさすがのユースティアもレインをきつく追求することはできない。
「あ、お兄ちゃんやっときたです!」
レインとユースティアが食堂に入ると、レインの姿を見たサレンが一目散に駆け寄って来て抱き着く。
「サレンもうお腹ペコペコですぅ」
「わざわざ待ってたですか? 先に食べていても良かったのですけど」
「だってだって、ご飯は皆で食べたほうが美味しいです。それに、サレンだけ先に食べるのは気が引けるです」
「サレン様、淑女がみだりに男性に抱き着くのははしたないと言ったはずです」
「こ、これは挨拶ですよぉ」
「挨拶ならば言葉で良いはずです。さぁ、離れてください」
「はぁい……ロゼはケチなのです」
「ケチで結構です。さぁお二人も席についてください。朝食を食べましょう」
ユースティアとレインが席に座ると、ロゼが給仕に合図をする。すでに朝食はできていたので、朝食はすぐにテーブルに並んだ。朝食のメニューはパンとスープと魚という非常にシンプルな作りだ。だが宿泊しているのが聖女ということもあって、宿は持てる最高級の品を用意した。パンはふんわりと軽く、朝食にはぴったりの軽さだ。それに合わせて作られたジャムも一から作られたものだ。本来ならばこれだけ力の入った食事は提供されない。むしろユースティア達に力を入れ過ぎたせいで他の客は固いパンと味気ないスープだけになっていた。全力の接待である。
それを知らないユースティア達はパンを食べて驚きに目を見開いてた。
「美味しいですねこれ」
「すっごく美味しいのです!」
「えぇ、驚きました。ここまでのものが提供されるとは……」
「これは確かに……でもこのレベルを毎日って大変ですね」
「えぇ。きっと並々ならぬ努力をしているのでしょう」
そんな朝食に舌鼓をうちながら、ユースティア達は朝食後の予定について話始める。
「この後は当初の予定通りイミテルさんのもとに行きます。そこで可能であれば彼女の力について見せてもらいましょう」
「はいですぅ! どんな力を持ってるのか見るの楽しみなのです!」
「サレン様。楽しむために行くわけではありませんよ。これはあくまで調査なのですから。しっかりと観察する目を養ってください」
「もちろんわかってるです!」
「本当にわかっているか不安ですが……まぁ、ユースティア様がいるから大丈夫でしょう」
そんな三人の会話を聞きながら、レインは昨夜のイミテルとの会話を思い出していた。
『私は……この力を使うのが怖い』
そう言った時のイミテルの瞳は、確かに恐怖の色を宿していた。イミテルの力に、記憶に何があるのかレインは何も知らない。それでも、何か少しでも力になれることがあるならば力になりたいとレインは思っていた。それは彼女の中に孤独を見て同情したからなのか、理由はレインにも判然としていない。
彼女の持つ力に何が秘められているのか、ユースティア達がどんな判断を下すのか。そしてその時レインに何ができるのか。それはレイン自身にもわからない。
ただこの時のレインは妙な胸騒ぎを感じていたのだった。
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