第32話 ユースティアvs魔人化レイン

 ユースティアがケルジィの作り出した影の世界へとやって来た時に感じたのは二つの大きな気配だった。そしてそれに混じって希薄なカラやフォールとユミィの気配。


「全員まだ生きてはいる。でもこの感じ……あのバカ『魔人化』使ったな」


 チッと舌打ちするとユースティアは気配のした方向へと全速力で走る。もしレインが魔人化していると仮定するならば、その場にいるカラ達の身が危ないからだ。


(レインの魔人化は確かに力は増すけど、あまり深くまで行き過ぎると力に呑まれる。そうなった時あいつは絶対に理性を保てない。ましてや相手にしてるのが魔人だったらなおのことだ)


 道なりの進むとユースティアは魔物の群れに出くわした。侵入者であるユースティアの行く手を阻むように道を塞ぐ魔物の群れ。しかし、魔物がどれだけいたとしてもユースティアの道を阻むことなどできない。


「邪魔だ。退け」


 ユースティアの右手がバチバチと光り、雷を纏う。


「【雷魔法】——『天雷』」


 ユースティアの右手から放たれた極光。それは一瞬で魔物の群れを飲み込むとそのまま消し飛ばしてしまった。抵抗も逃走も許さない無慈悲な一撃だ。その一撃で、視界を埋め尽くすほどいた魔物の群れは一匹残らず消えてしまった。

 そして、そのまま走り抜けた先に見えたのはそれまでと違う巨大な扉だった。飛び込むようにしてその扉を蹴り破るユースティア。

 そして目にしたのは、鋭利で長く伸びた爪を振りかぶり、ユミィのことを襲うとしているレインの姿だった。


「『傀儡操』!」


 目にも止まらぬ速さで魔法を放つユースティア。『傀儡操』の効果でレインはその動きを封じられていた。


「ずいぶんと……楽しそうなことになってるじゃないかレイン」

「ユースティア!」


 襲われかけていたユミィは、ユースティアの姿を見ると泣きそうな顔で名前を叫ぶ。その様子を見るに、相当怖い思いをしたことは明白だった。


「ユミィ、カラとフォールを連れて部屋の隅まで下がれ」

「う、うん……わかった」


 ユースティアの様子が違うことに気づいたユミィだったが、そのことを言っている余裕もなく、言われた通りにカラとフォールを引きずって部屋の隅まで移動する。そこに【防護魔法】をかけたユースティアは改めてレインと対峙する。ユースティアは『傀儡操』を解いていない。だというのにレインは少しずつ動いていた。自分の力で魔法を解除したわけではない。純粋な力でレインはユースティアの拘束を解こうとしていた。


「チッ、馬鹿力め」

「ウゥ、アァアアアアアッッ!!」


 咆哮と同時にユースティアの『傀儡操』を完全に解くレイン。すかさず二度目の『傀儡操』をかけるユースティアだが、先ほどまでよりも力が増しているのか今度はものの一瞬で拘束を解かれてしまった。


(結構深くまで堕ちてるな。私の声も届いてないか。このバカ、馬鹿、大馬鹿め。大方ユミィ達を守ろうとしたんだろうが、それで自分がユミィ達のことを襲ってたら意味ないだろう)


 すでに理性を完全に失ってしまっているレインはユースティアのことすら認識できず襲いかかる。全ての攻撃を紙一重で躱し続けるユースティアは、レインが姿勢を崩したタイミングで懐へと飛び込み、思い切り殴り飛ばす。それだけで端まで飛ばされるレインだが、すぐに起き上がり猛然と襲いかかって来る。ユースティアの打撃でも大したダメージになっていない様子だった。


「まだまだ元気だな。いいだろう。徹底的の叩き込んでやる。どちらが上かということをな。それに私もつまらない相手ばかりで落胆してたんだ。お前が私を楽しませろ!」


 ユースティアとレインがぶつかり合う。ユースティアの至近距離までやってきたレインが拳を放つ。魔力の力をも利用して放たれたその拳は音速を超えてユースティアに襲い掛かる。ケルジィにも確かなダメージを与えた拳だ。しかしユースティアはその拳を避けずに受け止める。ズンッと深い衝撃がユースティアの体を貫くが、そんな一撃を受けてユースティアはニヤリと笑った。


「悪くない一撃だな。だが私を倒すにはまだ遠い。打撃はこうやってやるんだよ」


 ユースティアは全身の力を抜く。そして地面に着くすれすれで全身に力を込める。零から百へと一瞬でギアを上げる。ユースティアの腕が鞭のようにしなり、レインの体を打つ。ドパンッ! と高い音と共にレインの体が宙を舞う。


「ガッ……」

「どうしたレイン。私を倒してみせろ!」


 すかさず追撃を加えるユースティア。まだ宙に浮いているレインに追いつくとレインが受け身を取る前に再び拳を叩き込む。ジリジリとレインは追い込まれていく。このままユースティアにペースを握られるわけにはいかないと思ったのか、レインは防御をしながら地面を思い切り蹴る。弾け飛ぶ床の破片がユースティアへ飛ぶ。ユースティアが破片を避けたわずかな隙、攻撃の手が緩んだ一瞬の隙にレインはユースティアとの距離を取る。


「逃がすか」


 すぐさま後を追いかけるユースティア。魔力を込めた拳が、鋼鉄をも容易く破壊する威力を秘めたそれが再びレインに向けて放たれる。レインはそれを避けることなく、軽く後ろに跳びつつ衝撃を受け流すようにして受け止める。まさか受け止めると思っていなかったユースティアは一瞬ムッとした表情をした。

 レインはそのまま腕を絡めとると、ユースティアの攻撃力を奪うために圧し折ろうとするが、その前にユースティアの蹴りがレインに襲い掛かる。牽制重視だったため、威力はそれほどなかったがレインが腕を離してしまうほどの威力はあった。


「少しは頭を使うようになったな。そうだ。それでいい。もっと楽しませろ!」


 そしてユースティアとレインは真正面から殴り合う。魔力で強化された拳と拳がぶつかり合い、バンッバンッとけたたましい音が鳴り響く。時間が経つ事に速度も威力も増していくレインだが、それでもユースティアには及ばない。レインが一発放つうちに二発。二発放つうちに四発とレインが力を増すごとにユースティアもギアを上げていく。

 これでもまだユースティアは本気ではなかった。このまま殴り合っていても勝ち目はないと判断したレインは、バックステップでユースティアから距離を取る。


「ウォオオオッッ!!」


 両手を上に掲げるとボゥッと火球が現れる。それはどんどんと大きくなり、業火球へと変化する。


「ウラァアアアアッッ!」


 一人程度なら軽く呑み込めてしまうであろうほどの大きさの業火球だ。しかしユースティアには全く慌てた様子もない。肌を焼くような熱気がユースティアに迫る。そして、業火球がユースティアのことを呑み込むその刹那、ユースティアは右手に握った純白の剣を振るう。それだけで忽然と、跡形もなく業火球は消え去った。


「なんだレイン。驚いたような顔して。まさか魔人化して私の【失楽聖女ブラックマリア】のことを忘れたのか? 能力については一通り教えたはずだぞ。銃は加速と減速」


 ユースティアがレインの背後に回り込む。


「そして剣の能力は——吸収と放出だ」


 ユースティアが軽く剣を振ると業火球が現れる。それはレインが放ったはずの業火球。それがユースティアに吸収され、そして今度はレインに向けて放出されたのだ。

 不意を突かれる形になったレインはもろにその業火球を喰らってしまう。魔人としての耐久力があるからか、なんとか耐えきったレインだが、爆炎でユースティアの姿を見失ってしまう。そうして生まれる隙をユースティアは狙っていた。


「捕まえたぞ」


 爆炎の中から現れたユースティアが、レインの手足を抑える。ジタバタと抵抗するレインだが、ビクともしない。


「暴れるなバカ。全く、主である私の手を煩わせるとはな。このバカ、馬鹿、大馬鹿め。だがまぁ……そうまでしてあいつらを守ろうとしたその心だけは認めてやる」


 ユースティアはそう言うと、おもむろにレインに顔を近づける。


「お前の罪は私のモノだ。そろそろ戻ってこいレイン」


 そしてユースティアは、レインに口付けした。


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