第28話 罪の具現化

 ユースティアは咎人の元へとたどり着いた。しかしそこにいたのはユースティアの想像していたのとは全く違う咎人の姿。巨大な肉塊に包まれた少女の姿だった。


「あれが……リエラルトの娘、咎人か」

「ウォオオオアアアアアアアアッッ!!」

「人間らしい言葉も忘れかけ。魔人一歩手前って感じか。娘がこんなになっても守りたいだなんて笑わせるな。何一つ守れて無い」


 少しだけ不愉快さを感じながら、ユースティアは目の前の咎人を睨みつける。肉塊の中心にいる少女は泣いていた。滂沱の涙を流しながら叫んでいた。救いを求めるように、必死に叫んでいた。


「クワ……セロ、モット、モット……クワセロォッッ!!」

「……暴食の罪に囚われ、欲に意識まで持っていかれてるのか。それでもお前の心は、救いを求めてるんだな」


 ユースティアはまだ救いを求め続けている少女を見て不敵に笑う。そして下ろしたままにしていた髪を後ろで結ぶ。


「咎人に救済を、罪に贖いを。それが私の仕事だ。だから安心しろ。お前が望むなら、私がお前を救ってやる」


 その言葉が少女に届いているかどうかはわからない。しかしそんなことは関係なかった。これは宣誓なのだ。誰にでもなく、ユースティア自身に向けて言った言葉なのだから。


「起きろ【戦闘聖衣バトルドレス】——『聖天明星ルシフェル』」


 ユースティアがそう言うと、純白だった服の色が漆黒へと染まる。ユースティアが本気で戦う時の姿。ユースティアの姿が変化するのに呼応するように肉塊が蠢きだす。


「まずはそいつを返してもらうぞ。肉塊」


 肉塊はそうはさせまいと触手を生み出し、ユースティアに向かって伸ばしてくる。しかしそんな攻撃がユースティアに通用するはずもない。今のユースティアは『失楽聖女ブラックマリア』と『聖天明星』の二つを装備した完全な状態なのだから。左右上下から近づいて来る触手をユースティアは全て撃ち落とす。肉塊に近づくにつれて、どんどん攻撃も激しくなるがどれもユースティアに触れることすらできずにすべて撃ち抜かれる。


「お前が人質を守る砦というわけだ。私から守るには物足りないがな。返してもらうぞ」


 肉塊の目の前まで来たユースティアが剣を一閃すると、それだけで肉塊が弾け飛び中心にいた少女が落ちてくる。しかし肉塊も死んだわけではなく、小さく千切れているというにも関わらず動き続けていて、再び一か所に集まろうとしている。


「ふん、生命力だけは一級品だな。だが、何回も遊びに付き合ってやるつもりはない。消えろ」


 ユースティアが告げた瞬間、ボウッと燃え上がる肉塊。ユースティアが【火炎魔法】を使ったからだ。散り散りになっていた肉塊が全て燃え上がり、塵となる。そこまですれば流石の肉塊も再生はできないようで、ユースティアがその後に起こした風にさらわれて散っていく。


「さぁ、これで後はお前だけだな」

「クワ……セロ……」

「あいにくと、貴様に食わせてやるようなものは何もない。お前は大人しく私に救われていろ」


 暴れようとする少女を『傀儡操』で抑えつけてユースティアは【魂源魔法】を展開する。


「“あなたの罪は私のモノ、私の罪は私のモノ”」


 腕を突っ込み、罪の根源を探すユースティア。ユミィの時は探すのに苦労したが、罪に深く呑まれているこの少女はすぐに簡単に見つかった。罪を掴んだユースティアは、その腕を思いっきり引き抜く。


「アァアアアアアアァアアアアアッッ!!」


 少女の胸から黒い霧が吹きだす。苦しみ、もがき、狂ったように悲鳴を上げながら手を伸ばす少女の手をユースティアは掴む。


「耐えろ。その苦しみはすぐに終わる。私が終わらせる。お前の罪はもう私のモノだ」


 黒い霧はユミィの時とは違い、一か所に集中し形を成し始める。虎の頭と体、豚のひずめにワニの尻尾。その背には蝿の羽が生えている。キメラのようなその姿。その歪さは見る者に嫌悪感を与えるだろう。ユースティアも不快そうな顔を隠しもしなかった。そのキメラが完全に形を成すと同時に少女は意識を失い、脱力する。ユースティアは少女が巻き込まれないように部屋の隅まで運ぶと改めてキメラとなった罪の塊と向かい合う。


「さぁ、始めよう。私を楽しませろよ?」


 ユースティアが挑発すると、キメラは腕を振り上げてユースティアのことを押しつぶそうとする。ユースティアの体よりもはるかに大きい巨腕が振り下ろされる。しかしユースティアは避けようともしない。グッと握りしめるとそのまま左腕で殴りつける。

 ユースティアの腕と、キメラの腕がぶつかる。普通であれば押しつぶされるのは、負けるのはユースティアの方だ。しかし現実はそうはならなかった。ユースティアに殴られたキメラはそのまま後方へと吹き飛び壁にぶつかる。【縛封陣】がなければそのまま屋敷の外へと弾き出されていたかもしれないが、今はその心配もない。


「グガァアアアアアアンッ!」


 壁まで吹き飛ばされたキメラは大きな悲鳴を上げる。その腕はぐちゃぐちゃに潰れてしまっていた。対するユースティアの腕は無傷にままだ。ユースティアはひらひらと手を振ると、呆れたような目でキメラを見つめる。


「なんだ、その腕はみせかけか? 私のような小娘一人の腕にも負ける脆弱さか」

「グルルルゥ……」


 起き上がったキメラの腕はすでに修復されていた。修復された腕は形も変化し、より邪悪に、禍々しい形状になっていた。


「壊れた腕を修復して無理やり別の形に変えたのか。そういう芸当はできるんだな。まぁ、それくらいしてもらわないと面白くないな」


 キメラがユースティアに向かって駆け出す。ユースティアはキメラに向かって二発、三発と銃弾を撃ち込むが傷をつけた先から修復されていってしまう。そして傷をつければつけるほどキメラの体はより禍々しく、強固なものへと変化していく。


(ちまちま攻撃しても効果は薄いか。面倒だな。銃で無理やり倒しきることもできるけど……いや、ここは剣を使うか)


 ユースティアは剣を構えて向かって来るキメラを迎え撃つ。キメラの右前腕を斬り飛ばし、返す刃でもう一方の腕も斬り飛ばす。両前脚を失ったキメラは顔面から地面にぶつかりそうになるが、それよりも早く腕が再生し、地面にぶつかることを免れる。


(っ! さっきまでよりも修復が早くなってる。体が慣れてきてるのか)


 キメラの動きは少しずつ早く、無駄が無くなってきており体も修復されてどんどん凶悪なものへと変化していく。


(傷つければ傷つけるほど強くなるか。それがこいつの特殊能力か。一撃で仕留めない限り無限に回復し続ける怪物。なるほど、絶望的な相手だな。私が相手じゃなければ……の話だが)


 ユースティアは不敵に笑い、銃だけをしまう。


「やっぱりお前は剣一本で十分だ。銃を使うまでもない」


 キメラの腕から針が飛んでくる。それを剣で斬り払うユースティア。それだけでキメラの攻撃は終わらず、背中に生えた蝿の羽を利用して飛んでくる。そしてユースティアの頭上までやってくると腕から棘を生やし、押しつぶそうとしてくる。


「少しは頭を使うようになったじゃないか」

「ガァアアアアッッ!!」


 死ね、と言わんばかりに高らかに吠えるキメラ。しかしそんなキメラのことをユースティアは嘲笑う。


「無理だな。お前に私は殺せない——『凶華閃剣』」


 ユースティアは腰の位置で剣を構える。そしてキメラが間近に迫った一瞬、ユースティアは剣を振りぬいた。一つの剣閃が二つへ。二つの剣閃が四つへ。神速で放たれたその一撃はユースティアの目前まで迫っていたキメラの体を細切れに斬り裂いた。キメラが修復しようとするよりも速く、ユースティアの剣がキメラの体を斬る。


「終わりだ」


 修復が追い付かなくなったキメラの姿が砂のように消え、元の黒い霧へと戻る。再び具現化しようとする罪をユースティアは捕まえ、ユミィの時と同様に小さな黒い玉へと変化する。


「……これは後で使うか」


 小さな黒い玉となった罪の塊をユースティアは懐にしまう。あっけなく終わってしまったことに少しだけ落胆しながらも、そのままの足でユースティアは窓辺へ向かい、剣と銃を構える。


「さぁ、後はリエラルトだけだ。この結界。壊させてもらうぞ——『血雨銃奏ブラッディレイン』、『凶華閃剣』」


 『血雨銃奏』が結界に罅を入れ、『凶華閃剣』がその罅を拡大させ、打ち砕く。屋敷全体を包んでいた結界があっさりと壊れた瞬間だった。


「まだ嫌な予感が治まらない……レイン達に何かあったのか? 面倒なことになってないといいけど」

 

 ざわつく感覚を覚えながら、ユースティアは贖罪官を呼びに向かうのだった。

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