第17話 『罪喰らい』

「なぁ、この服ちょっとでかいんだけど」

「確かにちょっと大きいですね。まぁでもぶかぶか過ぎるというわけでもないですし、今はそれで我慢しておいてください」

「むー。っていうかダサい!」

「まぁそれは……同意しますけど」


 レインの買ってきた服を着た少女はあからさまに不機嫌な顔をする。服のサイズが合っていないということもあるが、何よりも一番少女を不機嫌にしていたのは服のデザインだ。中心に大きく熊が描かれているだけの服。しかもその熊が絶妙に可愛くない顔をしているのだから少女が気に入らないのも無理はないだろう。

 その点についてはユースティアも完全に同意だった。


「悪かったよ。子供用の服なんて買ったの初めてだったし。どんなもんがいいかなんてわからなかったんだ」

「だとしてもこれはないだろ!」

「そうか? 結構いいデザインだと思うんだけどなぁ」

「レイン……それはちょっと」

「あんたセンスないんだな」

「その言い方は酷いだろ!」

「こんな服着ることになった私の気持ちも考えろ!」

「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて。服はまた後で新しいものを買って差し上げますから」

「それならいいけど……今度はこいつに選ばせるなよ!」

「言われなくても選ばねーよ!」

「はい。二人ともそこまでです。とりあえず準備も整いましたから。始めましょうか」

「そういえばさっきから何か言ってるけど、私になにするつもりだよ」


 警戒心を露にして部屋の隅に逃げる少女。そんな少女の警戒心を解くようにユースティアは優しい笑顔を浮かべて話しかける。


「そんなに警戒しないでください。私達はあなたの罪を浄化しようとしているだけですから」

「罪の浄化?」

「そうですね。その辺りを説明していきましょう。ですがその前に、あなたの名前を教えていただけますか? その前に改めて私から名乗りましょうか。私は贖罪教の聖女、ユースティアです。彼は私の従者のレイン」

「ふーん、ユースティアとレインね」

「お前なぁ。俺はともかくユースティア様には敬意を払え」

「構いませんよレイン。このままで大丈夫です」

「しかし……」

「この子が自然体でいれることが大事ですから。それじゃあ私達の自己紹介も済んだところで、あなたのお名前を教えていただけますか?」

「……ユミィ」

「ユミィ、いい名前ですね。それではユミィさん。これから何をするかを簡単に説明します。それほど難しいことではないですけどね」

「ん、わかった」

「単刀直入に言うならば、あなたは罪を犯しました。あなたの犯した罪は《強欲》。他者の物を奪おうとした罪です。幸いなことにまだ罪に呑まれてはいない。しかしそれも時間の問題です。このまま放っておけば、あなたは遠からず咎人となり。魔物を生み出す存在となってしまうでしょう」

「私が……魔物を?」

「えぇ。ですからそれを防ぐために私がユミィさんの罪を浄化します」

「ど、どんなこと……するの」

「ふふ、そう身構えることはありませんよ。少し眠っている間に終わりますから。ただ必要以上に身構えられると時間がかかってしまうので。それじゃあベッドに横になってください」

「う、うん……」

「大丈夫ですよ。私があなたを助けます。さぁ、今はゆっくりと……眠ってください」


 ベッドに横になったユミィに手をかざし【睡眠魔法】をかける。

 それだけでユミィは深い眠りの世界へと落ちて行く。後はユースティアが罪を浄化するだけだ。


「良し。始めるぞレイン。今回は咎人じゃないからそこまで大したことはないだろうけど、一応警戒しておけ」

「あぁ。わかった」


 ユースティアはユミィの胸の位置に手を合わせ、目を閉じる。


「“あなたの罪は私のモノ。私の罪は私のモノ”」


 ユースティアの右手が光り、ユミィの胸の中へと溶けるようにして入って行く。ユースティアは目を閉じたまま、何かを探すようにして手を動かし続ける。慎重を要する作業なのか、ユースティアは一言も言葉を発さず、限界まで集中していた。それもそのはずだ。ユースティアが今触っているのはユミィの魂なのだから。


「ふぁ。ふぅ……あぁっ、くぅ……」

「……見つけた」


 ユースティアの手が止まり、カッと目を見開く。ユミィの中に入れていた手を引き抜く。それと同時にユミィの中から黒い靄が噴出した。その黒い靄は何かを形作ろうとしては失敗するという行為を繰り返していた。


「さすがに咎人以外の罪は具現化しないか。警戒する必要は無かったな」

「それでも結構ギリギリだったんじゃないか?」

「確かにな。後少し遅かったからこいつは完全に咎人堕ちしてただろう」


 ユミィの体から噴出した黒い靄の正体。それは『罪』と呼ばれるものだった。黒い靄が部屋を覆いつくさんばかり広がる。まるで逃げ場を探しているように。ユースティアはそれを見てニヤリと笑う。


「逃がすか。お前はここで私に喰われる運命だ」


 ユースティアが黒い靄に手を向けると、広がっていた罪がギュッと凝縮されて小さな黒い球体状の塊になる。それを手に取ったユースティアは何の躊躇いもなく口の中に放り込む。


「やっぱり咎人堕ちしていない奴の罪は美味くないな。味が薄い」

「いや味のこととか言われても俺わからないからな」

「じゃあ一回食べてみるか?」

「嫌に決まってるだろ」

「冗談に決まってるだろ。これが喰えるのは聖女だけだ。普通の奴が喰ったらそいつが罪に呑まれて咎人堕ちするだけだしな」

「毎回思うけど、良くそんなの口の中に入れれるな」

「私からすれば単なる食事だ。罪が深ければ深いほど美味だったりする」

「なんだそれ」

「お前も『罪喰らい』を使えばわかるようになる。まぁ無理だがな」


 これこそが聖女のみに許された【魂源魔法】だ。その中の一つ『罪喰らい』を使うことによって聖女は咎人の罪を浄化する。以前グラトニーワームと戦った際に使った『獄門殺』も【魂源魔法】の一種だ。


「ともあれ、これでユミィの中から罪は無くなった。後はこいつがなぜ強欲の罪に犯されたかを考えるだけだ」

「そうだな」


 ユミィの中から罪が無くなったとしても、その根本的原因を解決できなければまたユミィは罪を犯してしまうだろう。それでは意味がないのだ。なぜユミィが泥棒をしたのかを知る必要があるのだ。

 ユースティアがユミィにかけていた【睡眠魔法】を解くと、眠っていたユミィがゆっくりと目を開く。


「目が覚めましたか?」

「……もう終わったの?」

「えぇ。無事に終わりました」

「何も変わった気しないけど」

「ふふ、そういうものですよ。ユミィさん。教えて欲しいことがあるのですが、いいですか?」

「何?」

「あなたが彼女の鞄を奪った理由についてです」

「それは……お金が必要だったから」


 ユミィは言い難そうにしながらも、理由を話し始める。そうして語られたのはユミィの辛い現実だった。


「一ヶ月くらい前に、お父さんとお母さんがいなくなったんだ。仕事に行って来るって言って、そのまま帰って来なくて……それでもお姉ちゃんがいたんだ。お姉ちゃんがご飯の用意してくれたりしてくれてたんだけど……二週間くらい前にお姉ちゃんもいなくなって。お金もないし、家に食べるものも残ってないし。だから……誰かから奪うしかなかったんだ」

「他の人に助けを求めたりできなかったのか? いくらなんでも子供が一人なんだ。助けてくれる人くらいいただろ」


 しかし、そんなレインの言葉にもユミィは静かに首を振るだけだ。その瞳には悲しみが満ちていた。


「私だって言ったよ。お母さん達のことも、お姉ちゃんのことも。でも誰も助けてくれなかった。私達が……余所者だからって」

「よそ者?」

「私は知らなかったんだけど、私達一家がナミルに来たのは私が赤ちゃんの頃なんだって。だから、元が余所者のお前達を助けるのを領主様は許してくれないって」

「なんだよそれ……」

「それは本当の話なんですね」

「こんなことで嘘なんて言わない! いつも一緒に遊んでた友達も、優しかった近所のおばちゃんも、みんなみんな私のことを避けて……ひぐっ、私達が……何したって、言うんだよ……」


 後半はほとんど涙声になりながらユミィは自分の身に起きたことについて話す。小さな子供が周囲を頼ることもできず誰も助けてくれない。そうして思い詰めて行った結果、ユミィの中に《強欲》が生まれたのだろう。誰も助けてくれないのならば、誰かから奪えばいいのだと。


「なるほど……辛かったですね。もう大丈夫ですよ」

「……ひぐっ、うわぁあああああああっ!!」


 ユースティアに優しく抱きしめられたユミィは心が限界に達していたのか、堰を切ったように泣き始める。ユースティアはそんなユミィのことを優しい手つきで撫で続けた。

 やがて泣き疲れたのか、ユミィはすぅすぅと寝息を立てて眠ってしまう。そんなユミィを起こさないようにベッドに寝かせると、ユースティアは険しい顔でレインの方へと向き直る。


「今のユミィの話が本当なら、このナミルの領主はカラ達が話していた人柄と随分違う気がするな」

「確かにそうだけど。俺はユミィが嘘を言ってたとは思えない」

「私もそこは疑って無い。そういう器用なことができるタイプでもないだろうしな。はぁ、この後の領主との面会は面倒なことになりそうだ」

「あ、そうか。ロイツ男爵に会うのはこの後なのか」

「あぁ。でもこの状態のユミィを一人にするわけにもいかない。レイン、お前が一緒にいろ。私は今からロイツ男爵の所に行く」

「一人で大丈夫なのか? もしあれだったらカラとフォールを呼び戻して」

「いや大丈夫だ。そんなに時間もかからないだろうし。それよりユミィから目を離すなよ。嫌な予感がする」

「嫌な予感って……聖女の予感って大体当たるから不安しかないんだが」

「じゃあ外れるように祈っておくんだな。もしもの時は躊躇うなよ」

「あぁ。わかってる。今度は躊躇わない。使わなくて済むのが一番だけどな」


 そう言ってユースティアはロイツ男爵の元へと向かい、レインとユミィは宿に残るのだった。

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