肥溜(こえだめ)の王【銀河転戦記1】

青葉台旭

1.

 僕の名は、ヴァサゼフ・スクロ・ソウタ。

 惑星イールドに生まれて、銀河標準年齢十五歳まで暮らした。

 五歳のときに両親を事故で亡くし、以来十年間、祖父のヴァサゼフ・ギロ・デムオンに育てられた。

 ……いや正確に言うと、育ててもらったのは八年間だ。

 僕が十三歳のとき、祖父じいさんは足に重傷を負って、それ以降、猟に出なくなった。

 だから、二人きりで暮らした十年間のうち最後の二年は、僕が猟に出て、祖父じいさんの代わりに二人分の食い扶持を稼いだ。

 惑星イールドは銀河のはしの端の端にある辺境の惑星ほしだ。

 一番近くの異界航路ゲートまで、軍の最新高速船を使っても銀河標準時間で半年、並の民間宇宙船ならタップリ一年は掛かる。

 惑星イールドは、大気中の酸素が薄く、地表は硬い岩石で覆われ、気温は一公転周期を通じて氷点プラス・マイナス二度以内で安定し、植物相も動物相も極めて貧弱だ。

 要するに、僕らのような中型の直立二足歩行知的生命体にとって決して生きやすい環境ではなかった。

 僕らの御先祖さまは、どうして、こんな貧しい辺境の星に住もうと決めたんだろう……と、子供のころは時々思ったものだ。

 俗に古地球種族オールド・テラリアンと呼ばれる僕らの先祖が、何万年だか何十万年前だかに銀河を渡ってこの星に辿たどり着いたって事は、惑星上に点在する遺跡から分かっていた。

 彼らは何故なぜりに選ってろくな資源も無い辺鄙へんぴな星に定住しようと思ったのだろうか?

 子供心に不可解で、夕飯を食べながら祖父じいさんにたずねた事がある。

 確か、九歳か十歳……祖父さんにまだ猟に出る元気があった頃の話だ。

「この惑星に、定住して研究するだけの価値がある〈ウヴェト文明〉の遺跡があったからだ」

 僕の問いに、父さんはこれ以上ないってくらいの素早すばやさで答えた。

 仕事の疲労を溜めてにごっていた祖父さんの目が、急に生気を取り戻し濡れた光を放った。

「ウヴェト文明?」僕は鸚鵡おうむがえしにたずねた。「何だい? そりゃ」

「我々の先祖である古地球種族オールド・テラリアンよりも遙か昔に、この銀河系に存在していた文明だ」

 祖父さんの言葉を聞いて、僕はちょっと混乱してしまった。

 古代の遺跡が惑星上の各地にあるって事は、子供の僕も話に聞いて知っていた。

 それらは僕らの先祖である『古地球種族オールド・テラリアン』がこの星にやって来て以降に、御先祖さまの手によって造られた物だとばかり思っていた。

 テラリアンが来る以前、既にこの星に遺跡があったなんて初耳だった。

「つまり……」祖父さんが続けた。「この星には、元からあった〈ウヴェト文明〉の遺跡と、後から入植した比較的新しい『古地球種族オールド・テラリアン』の遺跡、この二種類があるって事だ」

 そして、小さなテーブルの向こう側から僕の目を見つめた。

「ソウタにも遺跡を見せてやって良い頃かもな」そう言いながら僕を見つめる祖父の両目は、力を帯びてギラギラ輝いていた。

 物心ついて以降、僕の記憶にある祖父の目は、いつも疲れて、乾いて、光が無かった。

 その夜はじめて〈ウヴェト文明〉とかいう古代文明の話を僕に語ったとき、祖父の瞳に生気が宿ったように思えた。

 今にして思えば、そのとき僕が彼の瞳に見たものは、生気というよりはむしろ狂気……熱狂とでもいうべき光だったのだろう。

 疲れ切り、冷え切ってしまった老人が、それでも何とか自分自身を暖めようとして心の奥で燃やしていた狂気の炎が、瞳から外に漏れ出ていたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る