第60話 王妃の思惑



「あ、隊長。至急、目を通していただきたい書類がありまして……」


「うわっ、びっくりした!」


 今ではこのように同僚にも驚かれている始末だ。


 マリエッタもレイラ同様ビクッとしたものの、努めて冷静に問いかける。


「あ、ああ。カトリアナ、いたのか。どうした?」


「午後から例の囚人のところに闇の神官が訪れるらしいです。面会の申し込みが来ています」


「なんだと?」


 それを聞いて、分隊長は真剣な顔になった。


 ユーミリアが収監されてまだ数日しか経っていないが、その間にもロバート王子達から面会は無理でもせめて差し入れだけでもと、何度も嘆願書が届いていると聞く。


 それらは全て、宰相のところで差止めされている。国王の命令でそうなっていたはずだ。


 しかし今回、面会を申し出てきたのは神殿所属の闇の神官。予想外だった。


 いったい誰が何の目的で送り込んできたのだろう?


「上の許可が下りているのか?」


「あ、はい。内務大臣からの許可証がここに」


 カトリアナは手にした書類を渡す。


「内務大臣? 宰相閣下からではなく?」


「はい、間違いなく」


 確かに書類にはサインがしてあった。


「隊長、これは……」


「ああ。 厄介だな。内務大臣は……王妃様派だ」


「うわぁ、じゃあ十中八九、許可を出したのは王妃様じゃないですか」


「そう言うことになる……」


「はぁ、大丈夫なんですかね」



 近衛騎士団第二分隊の主な警護対象は女性王族で、今代には王女がいないため王妃の警護を担当している。


 実力重視で選ばれる近衛は、表向きは国王に忠誠を誓っている……はずなのだが、王妃付きに選ばれるのは事実上、彼女の派閥に属する隊員であるというのもあって、第二全体が彼女寄りの部隊に見られがちだ。

 ただ、マリエッタ達の分隊は特殊なので王妃派もその他の派閥も扱いづらいらしく、平等に放置されていた。なので今回の任務には適任だった。


 彼女たち近衛の他にも黒の塔に回されてきた兵士の一団もいるが、こちらも国王派から選ばれているはずだ。


 だが、いくら現場の守りを固めても、こうして頭越しに指示されてしまえばどうしようもない。


「政権争いに巻き込まれるのは勘弁ですよ」


「……近衛にいるんだ。そんなことは言ってられないさ」


 許可はもう出ているし、今からでは宰相に相談に行く時間もない。


「闇の神官というと男性ですよね? 面会を許して大丈夫なんでしょうか」


 ユーミリアは男を操る事に長けている。逃亡の手助けをする恐れもある者との接触はなるべく避けるべきだ。


「分からない。申請が通ることはまずないだろうと思っていたんだがな」


 上からの命令とあっては逆らえないが、不安は残る。


「許可が下りた理由は?」


「申請によると、学術研究の為だとか……」


 言われて見てみると、確かにそう書いてある。


「分隊長……」


「仕方がない。面会が防げないのなら、囚人に会わせる前に一度直接面談するか。勝手に動かれても困るし釘を刺しておこう」


 はぁ、と億劫そうに息を吐いて言う。


「そうですね。少しでも、誰にどんな指示を受けているのか、聞き出せるといいのですが……」


「でも、相手は闇魔法の使い手ですよ。難しいんじゃないですか?」


「……分かっているさ」



 闇魔法持ちの人族は稀少でその能力は利便性が高い。しかし、負の誘惑が多い属性としても知られている。


 相手の精神や記憶、影を操れるということもあり、使い方を誤れば即、犯罪者になってしまう。その為、一般的には危険視される能力でもあるのだ。


 だからこそ闇属性持ちと判明した時点で神殿に保護され、誘惑に負けず、正しい使い方が出来るように心身ともに鍛えることが求められる。


 この黒の塔には魔術妨害の魔法がかかっているため心配ないとは思うが、闇の神官は闇魔法の理解を深める為に心理学にも精通しているらしい。


 話術にも優れ、交渉術も上手いと聞く。つまり、魔法なしでも厄介だということ。



(これでは、やり手の外交官を相手にするのと一緒じゃないですか……)



 レイラは部下達に悟られないよう、密かにため息をつく。


 猪突猛進系の分隊長や、融通の効かない性格である自分では簡単に言いくるめられそうだと思って。




 闇の神官対策に頭を悩ませ、考え込んでしまった分隊員達のところへ、伝令兵がやって来てカトリアナに何かを耳打ちしていった。



「ん? どうした?」


「分隊長。それが例の神官がもう、塔の受付まで来ているそうです」


「……悩む時間さえ、与えてくれないみたいですね」


「チッ、仕方がない。皆、面会人から目を離すなよ」


「「「「はっ」」」」




 一応、正規の手続きをして来た人だから、丁重に扱わないといけない。


 囚人への面会に先立ち、幾つか注意点があると言って一度、面会室の一室に来てもらう。


 指示通り大人しく入って来た神官に自己紹介をしてから椅子を薦める。


 彼は、ヒューイット・シモンズと名乗った。


 優秀な者が集まる大神殿に仕えているとのことなので、高い能力を持った術者だと認識しておいた方がいいだろう。


 着席したのを確認してからマリエッタは口を開いた。



「心して聞いてほしい。もし従えないようであれば、許可があっても貴方をこれより奥へは通せないのだ」


「ええ、勿論」


 厳しい表情で告げられた言葉にもにこやかに頷く闇の神官を見て、すぐに説明を始める。


「先ず、囚人は牢から出せないので、神官殿自ら牢屋の前まで足を運んでもらうことになる」


「はい」


「牢の中は勿論だが、この塔全域で魔法は使えない。面会の申請理由が学術研究となっているが、下手な真似はしないように」


「ええ、ここは黒の塔ですからね。分かっております」


 魔法を使う気などないと、返事を返してきた。





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