第55話 因縁 前編



 狂ったように喚く彼女に、これ以上まともな会話は望めないと判断したのか、尋問官はため息をつくと片手を上げてみせた。今日の分は終わりという合図だ。


「……囚人を部屋に戻せ」


「はっ」


「止めてっ。触らないでよ! いやぁっ、離しなさいってば!!」


 激しく抵抗するものの、魔力を封じられたユーミリアはただのか弱い女性だ。女騎士に抵抗するすべはない。力づくで元の牢に戻されたのだった。




 最低限の食事と水しか与えられず、厳しく尋問される日々。


 飢えと乾きが彼女を苛み、悔しくて、悔しくて頭が沸騰しそうだった。


(私をこんな辛くて惨めな状況に追い込んだ、あの公爵令嬢っ。絶対に許さないんだからっ。きっと……きっと復讐してやるわ!!)







 怒り狂い、感情を爆発させたユーミリアが引きずられていった後、静かになった空間には、担当の尋問官を気遣う空気が流れていた。


 それと言うのも、囚人と尋問官の間には割りと深刻な因縁があるからで……まぁ、ユーミリアの方は多分、忘れているだろうが……。




 手元の書類に集中している彼女に、誰が声をかけるか仲間内で目と目を見交わし激しく譲り合った結果、妥当なところで副長に決まったようだ。


 一度息を吐いて気合を入れ直してから、遠慮がちに声をかける。


「お、お疲れ様です、分隊長! その、少し休まれてはいかがですか?」


「あぁ、レイラか……ありがとう。うん、そうさせてもらおうか」



 女性だけで構成された近衛騎士団第二分隊の分隊長の一人、マリエッタ・ソルジュ。


 彼女は書きかけの報告書から顔を上げると、レイラ・スタンフォード副長の気遣いに微笑んで頷く。


「シンディ、リリィ、お前達もご苦労だったな」


「「「はっ」」」


 それから一緒にユーミリアを尋問していた部下たち、シンディ・オーウェンとリリィ・ヴァシリーを労った。




 ――マリエッタたちが所属する近衛騎士団第二分隊、通称『レッドローズ』。



 近衛は実力重視ながらも王族の側に侍り、外国の要人を出迎えたり式典等の警護をすることが多いため、見目良いものが優先して選ばれている。


 そのためここにいる彼女達も皆、目の覚めるような美女揃いであった。主な任務は女性王族の警護である。




 そんな彼女たちではあるが、場合によってはユーミリアのような特殊な囚人相手の尋問を担当することもあった。


 そして、マリエッタ・ソルジュ分隊長の部隊は、エリート揃いの近衛の中で王宮勤務ながらも華やかな表舞台ではなく、皆が嫌がる地味で根気のいる裏方の仕事を割り振られることが多かったのである。


 それには理由があるのだが、ただ彼女たち自身と言うか、分隊長のマリエッタ自身にも少し……と言うかかなり問題があって……?




「しかし魔封じが施されているとはいえ、精神系の魔法の使い手相手の尋問は神経を使うな……」


 長時間の尋問で凝り固まってしまった体をほぐしながらマリエッタが呟く。


「ええ。得体の知れない新魔術かも知れないんでしょう? 対処方法が確立されていないというのは不安です」


 信頼する分隊長の指摘にシンディも心配そうに答える。


「早くゲロってくれるといいんですが……残念ながらこれまでの様子ですと期待できそうにありませんね」


「そうだな……」


「やれやれ。自白させるまではずっと黒の塔勤務ですか。はぁ、堪りませんねぇ」


 副長の意見には皆が賛同し、深く頷く。


 そして、これからも続くであろう尋問の日々を思い、うんざりした気分になったのだった。




「あの囚人ですが……自分はいつか、たらし込んだ男たちの争いに巻き込まれて自爆するんじゃないかと思っていたんですがね」


「……ほう?」


 当てが外れたと苦笑する副長に、その根拠はとマリエッタは目線で促す。


「手当たり次第に誘惑するだけして、後始末を考えてなさそうでしたから。ですが魅了された男達の間で余計な諍いが起きなかったでしょう? 恋情なんて厄介な感情をきちんと管理出来ている。予想外に凄腕で驚きました……」


「なるほどな。副長はこう言っているが、お前達は彼女の人となりをどう見る」


 シンディとリリィの二人に問いかけた。


「同性に嫌われる典型的な女ですね。男の前では可愛い子ぶって分厚い猫を被っているんでしょう」


 先程、女だけしかいない尋問の場では取り繕うこともせず、鬼の形相で怒鳴り散らしていたユーミリアを思い出しながら言う。


「ギャップが酷いです……。見た目が華奢で可憐な美少女なだけに、苛烈で醜悪な中身がより際立つと言うか? 追い詰められて自己中心的な素が出たんでしょうが、なんとも強烈でしたよねぇ」


「リリィが言うように、あれじゃあ百年の恋も冷めそうです。あの豹変ぶりを見せていれば、どんな男でも引いたでしょうに今まで馬脚を現さなかった。中々見事な自己コントロールじゃないですか?」


 つまりシンディは、先ほどユーミリアが晒した醜態もどこまでが演技なのか分かったものではないと指摘しているのだ。


 リリィが言うように、女ばかりと油断して素の部分を出したわけではない、と。















――――――後書き――――――


 読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。


 9月25日(金)に、『第16話 ユーミリアの誤算』~『第19話 まだ、負けていない』までの四話分、10月6日(水)に、『第62話 地下牢にて』の一話の計五話分を新規で投稿済みです。


 よろしければご覧いただけると嬉しいです。



 小説が長くなってきたため今回の加筆・修正に伴い文字数調整をし、全体の話数自体はそのまま、一話辺りの文字数を増やしてみました。

 そのため新着エピソードの通知が行かないので(たぶん)、後書きや近況ノート等で報告させていただいておりました。


 フォロワー登録をしてくださっている皆様の中には、すでに両方とも読了済みの方もいらっしゃるかと思います。

 もう読んだよ、という方、ありがとうございましたm(_ _)m♡ そして、度々のお知らせをすみません……。



 以上、お知らせでした。それでは今後ともよろしくお願いいたします。


                       飛鳥井 真理





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