14.街へお出かけ 1

「ね?リリ少しくらいいいでしょ?」


1歩1歩と私に近づくアルに私は壁まで追い込まれていた。

婚約を迫ってきたこの大陸一の大国の王太子がなぜ私なんかにこのようなことをしているのだろうか。


「いえ、ですから今日は家庭教師の先生がいらっしゃるのです。」

「大丈夫だよ。それに、それって私より大切な事…?」

「…それは…」


確かに、王太子であるアルとの予定を優先すべきである。けれど、アビゲイル先生だって忙しい時間を合間ぬって来ていただいている。


「私とデートしたくないの?」


な、なるべくなら……


なんて言えるはずもない。

昨日婚約を申し込まれた後、友達からのスタートをとお願いした。

そして今日、突如として今朝早くに侯爵邸に尋ねてきたアルは父様の許可を得て私の部屋まであがってきたのだ。そして、私室の戸が全開に開いた状態で今この状況に追い込まれている。


「殿下」


ドアの方から聞こえて来たのは父様の声だった。


「なんだい?今いいところなのだけれど…」

「あまり、リリに迫らないで頂きたいのですが。」

「残念。それは難しいな。可愛いリリがいけないのだから。」


アルが言い終わるかどうかのタイミングで、戸を叩く音がした。


「なんだ?」


返事をする父様の後ろにはヴァランガ侯爵家に古くから代々仕えている初老程の年齢の執事ジョセフが立っていた。


失礼します。と一礼し、そのまま続ける。


「アビゲイル・ダグラント様より言伝を預かって参りました。本日の授業は誠に失礼ながらお休みさせて頂きたいとのことです。」


その言伝を聞き、そんな訳ないと思いつつも、もしかしてとアルの方に目を向けた。アルは天使みたいな顔とは裏腹に悪い笑みを浮かべている。


「ふふふ。ね、だから大丈夫だって言ったでしょ?こうなると思って、父上に頼んで彼に少し仕事を回して貰ったんだ。」


そんなっ……


なんてことをしてくれたのか…

アビゲイル先生ごめんなさい、ごめんなさい。


私のせいで先生にまで迷惑をかけてしまった。


「これでリリの用事は無くなったでしょ?私とデートしていただけませんか。」


姿勢を正すとアルはまるで舞踏会でダンスを申し込むように左手を胸に当て、右手を差し出した。

もうこうなってしまっては、断ることはできない。

父様は複雑な顔をしながらも、行ってきなさい。とばかりに視線を送ってくる。袋の鼠とはこういう状況のことを言うのであろう。


「は、はい…」


私は涙目になりながら頷くしかなかった。



______________________________________________



城下に着くとそこはとてつもなく賑わっていた。

横幅5m程にもなる大通りには所狭しと店が並び、この国の中心部と言われるだけに人々は多く、活気づいている。


この国の街は城を中心にして、円形状に広がっている。城の周りを内側から《公》、《侯》、《伯》、《子》、《男》の階級順に住宅が広がる。もちろん城に近い方が、住居の大きさも比例して大きくなる。貴族宅と街の間には大きな壁がそびえ立ち、国家騎士の元、通行が管理されている。


街は、城の正門を北に向け、北に伸びた《ノーダンヴィーク》、東に伸びた《オステンヴィーク》、西に伸びた《ウェステンヴィーク》、南に伸びた《スーデンヴィーク》に別れている。それぞれ売っている物も分類され、ノーダンヴィークにはブティックや本屋が立ち並び、オステンヴィークには雑貨や家具などの店がある。ウィステンヴィークには医療品や貴族の令嬢には欠かせない化粧品などが販売されており、スーデンヴィークには食料品が売られておりや、カフェやレストランも多く展開されている。


城に近いほど高級な物を扱っており、貴族街とも言われている。貴族街との間には明確な線引きはされてはいないものの、やはりそこで商品を買うのは貴族か、屋敷で雇われている使用人が自らの主の為の買い物をしに来るのがほとんどであるため、人通りは多い方ではない。


私達は屋敷を出て馬車で貴族宅と街の間の門まで送って貰っている。街で馬車を使うのは目立つが自宅から門までは少し遠いので馬車を使ったのだ。


「リリ、どこか行きたいところはある?」

「あ、いえ。実は街に出るのは初めてで…」

「そうなの?ふふ。リリは可愛いね。」


街に出たことがないのがそんなに可愛いのだろうか…


「アル…は街に出たことがあるのですか?」

「ふふ。こっそりとお忍びでね。」


私に向かって無邪気に笑った。


ちょうどお昼頃近くになったこともあり、何か食べようとスーデンヴィークの門前で馬車を下ろしてもらった。

後ろには、アル付きの護衛騎士と私付きのメイドであるニケがいる。アルは2人がいいと渋りはしたが、さすがにまだ幼い私たちを2人で出すことはできない。しかもアルは王太子である。

何かあってからでは遅い。


「私が行きたいお店があるんだ。着いてきてくれるかい?」

「はい。」


そう言って着いたのは最近王都で流行りのカフェだった。可愛らしい雰囲気に、華やかな要素が加わり、おしゃれだ。主にスイーツを多く展開しており、メニューも豊富である。ニケ達は私達とは別の席に着いた。アルが邪魔をするなと護衛騎士に行ったらしい。



「美味しそう…」


メニューを見て思わず声に出してしまった私にアルは、リリが気に入ると思った。と楽しそうにしてくれる。


わざわざ私の為に選んでくれたのだろう。カフェの中は女性客が多く、カップルで来ている男性はあまり居心地が良くなさそうだ。


申し訳ない…


なるべく早く食べよう。


そんな思いが顔に出てたのか、雰囲気があったのか分からないが、アルは、私が来たかったのだから大丈夫だよ。ゆっくりでいいよ。と言う。どこまでアルは優しいのだろうと思う。


私はこんなに優しくしてもらっていいのだろうかと不安になる。私には返せるものが何もない。


「食べたいの決まった?」

「あ、はい。」


アルの問い掛けに頷くとアルが店員を呼んでくれた。


注文したものが届くと、本当に美味しそうですぐさま食べ終わってしまった。

アルは私よりも先に食べ終わっていたようで、私が頼んだスイーツよりも蕩けるような甘い顔を向けてくる。

思わず恥ずかしくなり、俯いてしまった。

そんな私を揶揄うようにそのまま見つめ続けてくる。


「ア、アル…あまりこちらを見ないで頂きたいのですが…」

「どうして?」


どうしてって、だってむず痒い。今までこんな視線向けられたことなんて1度もなかったからどうしていいか分からない。


俯いて黙っていると、アルが私の頭にそっと手を置いてきた。


「揶揄いすぎてしまったかな。ごめんね。でも、可愛いリリがいけないんだよ。」


アルはそのまま私の髪を撫で、毛先を弄ぶ。


「そろそろ次に行こうか。」


アルの目を見れず、そのまま小さく頷いた。

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